254話 テセウス
『……おい、起きろ!』
『尾行するなんて舐めた真似をしやがって!』
アリシアは突然、複数の男性の大きな声でたたき起こされた。
何を話しているか分からないが、耳元で大きな声で怒鳴りつけられる。
アリシアが目を開けるとそこは公園ではなく、倉庫のような大きな建物の中だった。
周りを10人ほどの見知らぬ男たちに囲まれている。その男たちの後ろに、あのテセウスが立っていた。
アリシアは両手両足を鎖で縛られていることに気が付いた。
寝ている間に公園から連れてこられたのだ。
運ばれたことにすら全く気が付かなかったということは、遠くから睡眠や意識障害の魔法をかけられたに違いない。
信じられないほどの失態だ。アリシアがイゼリアにいた時、これほどまでの失敗は経験したことがない。
アリシアは寝る前に検知魔法と魔法障壁をかけていた。
しかし、魔力欠乏症の影響で効力が心もとなかったのは事実だ。そのうえ地球にきて魔力が弱くなっている。
アリシアにとって、全てが悪い方向に働いてしまった。
「これはこれはアリシア様、お久しぶりですね。まさかこんな所でお会いするとは思ってもいませんでした」
以前の騎士団長の時のように、テセウスは小馬鹿にしたような礼儀正しさで挨拶する。
「目と髪の色が違ったので気が付きませんでしたが、これだけ近付けば間違えませんな。さてエルトベルクのお姫様が、こんな所まで何の御用でしょうか!?」
アリシアは覚悟を決めると、毅然としてテセウスに向き合った。
「テセウス。あなたはエストラから脱走しただけでなく、ここでも罪を重ねているのね」
アリシアはテセウスを睨みつけたまま、両手両足に繋がれた鎖に魔力を込める。いつもの調子には程遠いほど弱い魔力だが、昨夜よりは回復している。
ピキピキと鎖に亀裂が入り始めた。
「な、なんだと……!? 急に鎖が壊れたぞ……!」
アリシアの魔法を目にした男たちは驚愕して立ちすくむ。
「慌てるな、この小娘は魔術ギルドが警戒するほどの魔法使いだ。この世界の手枷には魔法抵抗が無いのだから、これくらいは簡単だろう」
テセウスが本性を現す。
エルトベルクの崩落の時と同じだ。国王を脅迫した時には敬語すら使っていなかった。
アリシアがさらに集中して魔力を込めると、亀裂が拡大して鎖を破壊する。
「……まだ本調子とは、いかないわね」
普段なら一瞬で壊せる程度の鎖だ。
アリシアは起き上がると、両手両足を動かしながら身体の調子を確認する。どうやら鎖でしばられた以外は拘束されていない。
「テセウス、あなたはどうやってこの世界に来たの? なぜAランク冒険者まで登り詰めたのに人々を襲い続けるの」
アリシアは、かつてから抱いていた質問をぶつける。
「冒険者ランクなどどうでもいい、俺は圧倒的な優位で他者を踏みつぶすのが大好きなのだ。お前こそ、どうやってこの世界に来たのだ!?」
バルザードやステラが話していた通りだ。倫理観や道徳観のかけらもない答えだった。
かつてカズヤやアリシアは、テセウスの行動には何か深い理由や経緯があるのかと思っていた。
しかし、そんなものは微塵もない。自己中心的に弱者をいたぶるのを楽しむだけの男だったのだ。
「違う世界に来てまで、こんなことをするなんて……」
自分だけでなく他者の幸せも願うアリシアには信じられない行動だ。
だがバルザードやステラが言うように、常識がある人間には想像もできない人間は存在している。
テセウスや男たちは、短剣や鉄の棒を手にとる。
大勢の男性たちがアリシアの周りを囲い込んだ。
「今回の事件はなにも俺の好みだけじゃない。多くの事件を起こして、この街に住む奴らの恐怖を煽るように頼まれただけだ。ここの人間どもに暴力で支配されることに慣れてもらうためにな」
自分たちの優位を確認すると、テセウスはさらに饒舌になった。
「そんなことをして、どうするの!? みんな穏やかに幸せに生きたいだけなのに……」
「怯えた奴らほど管理しやすい。治安を悪化させれば、より強固な警備が必要だろう?」
テセウスが不敵に笑う。
より強固な警備……。この街をイゼリアのように武力で支配しようとしているのか。
「とにかく、お前は邪魔だ。ここで死ね!!」
テセウスの手には短剣が握られている。
アリシアは身体をひねってテセウスの攻撃を素早くかわした。
そして密かに溜めていた魔力を放出すると、一気に後ろに飛び退いて距離をとる。
すると男の一人が、遠くからアリシアに向けて武器を構えるのが見えた。
「あの武器は……!」
男が手にする武器が、カズヤやステラが使うブラスターと似ていることに気が付いた。
「ファイア・バースト《炎風爆烈旋》!!」
圧縮された風の塊が男たちを襲い、構えようとしていた拳銃を弾き飛ばす。
さらに炎の渦が男たちを襲う。
風で勢いを増した炎の渦が男たちを包み込んだ。ふだんの威力とはほど遠いが、男たちを無力化するには十分だった。
「さすがだな。だが、その程度の魔法は俺には効かないぞ!」
倒れた手下など気にせず、今度はテセウスが襲ってきた。
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