250話 大道芸
(私がテセウスを捕まえなければいけない……!)
アリシアは家から出ていく決意を固める。
「お婆さん、今までありがとう。私はどうしてもこの男を捕まえなければいけないわ」
アリシアがテセウスを探そうとするのを察知すると、今度は必死で止め始めた。
若い女性が一人で行うことではないからだ。
だが、どうしても行くことをアピールすると、お婆さんは諦めたのか地図や飲み物をリュックに入れて渡してくれる。
「ありがとう。無事に終わったら、またお礼に来るわね」
アリシアは、つばの付いたキャップをかぶりリュックを背負う。
そしてあの因縁のテセウスを捕まえる為、再び街へと出て行くのだった。
お婆さんの家から街へ出てきたアリシアは、まずは新聞記事で目星をつけていた場所へと行ってみる。
人通りが多い場所まで来ると、道行く人々に新聞記事を見せながら尋ねてみる。
だが案の定、全員にギョッとされただけで逃げられてしまった。結局、昼過ぎまで声をかけて回ったが、手掛かりになる情報は全く得られなかった。
「言葉が分からないし、流石にこの方法では無理があるわよね。カズヤやステラがいれば、もっと簡単に見つけてくれるのに……」
カズヤたちを思い出していると、アリシアのお腹がなる。
「それに、食事のことも考えないといけないわ。まずはこの世界のお金を手に入れないと……」
しかし、言葉が通じないアリシアが、この世界でできることは多くない。
途方にくれて繁華街の道端に座り込んでしまった。
そのときアリシアの耳に、楽し気な音色が聞こえてきた。
それは街角で演奏してお金をもらっている男性だ。もちろん大道芸人はエルトベルクにもいる。
「私も真似して演奏したいけど、さすがに知らない楽器をいきなり弾くのは無理ね」
以前、街角でステラと一緒に演奏して楽しかったことを思い出した。
「……そうだ! 楽器じゃなくて、あれならどうかしら」
アリシアは、思い付きをさっそく行動に移してみる。
演奏している男性の隣に陣取ると、かぶっていた帽子を地面に置く。お金を入れてもらう入れ物代わりにするのだ。
「どのくらい楽しんでもらえるか分からないけど……。ねえ、みんな見てちょうだい!」
言葉は通じないが楽しそうな声を張り上げる。美しいアリシアは、ただでさえ人目を引いた。
みんなが注目して集まってくる。
視線が集まってきたのを感じると、アリシアは不意に指先に火をともした。
「おお……!」
辺りに静かなどよめきが広がった。
アリシアは皆の前で魔法を見せることを思いついたのだ。
さらにアリシアは小さな火を空中に留めると、順番にいくつも並べていく。
「この世界で魔力が弱くなると、ちょっと難しいのよね……」
これはアリシアが魔力過剰症を克服するために、母親のアデリーナと一緒に幼少期から訓練していたトレーニングの1つだった。
魔力が大きくなり過ぎないように指先に集中する。魔力を制御しながら小さな火を灯していった。
見たこともないマジックに、観客は騒然とし始める。
「楽しんでもらえているかな? あまり派手過ぎるのは駄目よね。じゃあ、これならどうかしら」
今度は指先から氷を作り出す。
樹氷のように大きく成長させていき、次々と氷の彫刻を生み出していく。どれも微弱な魔力で行なう生活魔法の発展形だった。
「わあ……!!」
観衆から拍手が巻き起こった。
反応に手ごたえを感じたアリシアは、次に手の平から水の玉を作り出す。それを花火のように次々と上空に打ち上げた。
空に上がった水玉は、弾けて雨のように降り注いだ。子どもたちの喜ぶ声が聞こえてくる。
気が付くと、周囲にたくさんの人が集まっていた。
「……それじゃあ、最後に少しだけ派手なのをやってみるからね!」
アリシアは着ていた上着を脱ぐと、風魔法に乗せて宙に浮かべる。
そして、隣のストリートパフォーマーの演奏に合わせて、その上着を踊らせたのだ。
軽やかに風に乗った上着が、まるで意思があるかのように優雅に空を舞う。ふわりふわりと踊るように舞い上がり、近くにある旗やのぼりにも爽やかな風を送ってなびかせる。
見たこともないパフォーマンスに、観衆は大喜びだった。
隣の男性の演奏に合わせて風が止む。
不思議な上着のダンスが終わると、大喝采が起きた。
アリシアは満面の笑顔でお辞儀する。
目の前の帽子の中には、あふれんばかりのお金が入っていた。
「これで、しばらくご飯は大丈夫よね!?」
アリシアは帽子に集まったお金を、大事そうに服の中にしまうのだった。
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