025話 宇宙船と手料理
「テセウスの奴、でたらめの証拠を並べやがって……」
月明かりが照らす夜の廃墟。
王都から追放されたカズヤは、街から少し離れた廃屋の瓦礫の上に腰かけていた。行き場もないまま、この先どうするか考えながら過ごしていたのだ。
怒りと無力感、そして悔しさが胸の奥でくすぶっていた。
「あんな陳腐なものが証拠として成り立つなんて、信じられません」
カズヤの前には、人形のような整った顔に不満げな表情を浮かべたステラが立っている。
「このまま引き下がるわけにはいかない。テセウスの悪事を暴いてやらないと……」
「別に、これ以上関わる必要はないんじゃないですか。他の国にでも行きましょう」
「それじゃあ、アリシアを見殺しにするのか?」
「街に入れないなら、バルちゃんにも会えないんですよ。わざわざ、そこまでする必要はあるんですか」
カズヤの決意とは裏腹に、ステラはまったく乗り気ではない。
(また余計な正義感で暴走してしまったのかな……)
カズヤは心の中でひとり自問する。
よみがえるのは高校時代の苦い思い出だ。
でも昔とは違って、あの場においてもアリシアとバルザードは裏切らなかった。最後までカズヤの味方をしてくれていたのだ。
その経験はカズヤにとって、かけがえのないほど嬉しいものだった。
すると草を踏みしめながら、誰かがこちらへ近ついてくる足音が聞こえてくる。
「……ここにいたのね」
アリシアとバルザードだ。
カズヤを探して、わざわざここまで来てくれたのだ。
「二人とも、俺と会っても大丈夫なのか?」
「お父様の命令は、カズヤが街に入らないことよ。会うなとは言われてないわ」
そうだとしても、普通は命を狙った人間と会いたいなんて思わないはずだ。
カズヤたちを信用して来てくれたのだ。
「あのときのテセウスの証言や証拠は、どれも強引すぎると思うの。是が非でもカズヤを捕らえたいように感じたわ」
「俺様も賛成ですぜ。あのやり取りで誰が得するかを考えたら、この街や俺たちに関係がなかったカズヤよりも、騎士団長として居座るテセウスのほうが怪しいですからね」
アリシアとバルザードは、カズヤを信頼してくれている。
カズヤの胸が熱くなる。
「実際のところ、街から追放されても俺が困ることは特に無いんだ。むしろ心配なのはアリシアだ。テセウスはアリシアの命を狙っていると俺は思ってる。襲撃を三度防いだ俺たちが邪魔になっただけだと思うんだよ」
「たしかに昨晩みたいなテセウスは見たことがなかったわ。カズヤが来てから様子が少し変わった気がするの。お父様の決定にも不服みたいだったし」
アリシアも違和感を覚えていたようだ。
今までは仮面を被って善人を演じていたが、カズヤが関わってきたことで調子が狂い、本性が出てきてしまっているのだ。
「それと……正直にいうと、カズヤにこの街から離れて欲しくないの。助けてもらったお礼だってできていないわ」
アリシアの目が熱を帯び、声はかすかに震えている。
真剣な想いが痛いほど伝わってきた。
「きっと私たちで何とかするから、少し時間をくれないかしら」
カズヤの両手をしっかりと握りしめる。
アリシアは汚名を晴らそうとしてくれている。
ならば、自分だって頑張らなければいけない。
カズヤの心に感謝の思いがあふれてくる。
高校の時は小さな正義感で暴走し、仲間に裏切られたと思っていた。
今回もアリシアを助けようと正義感で突き進んだが、テセウスにはめられて窮地に陥った。
しかし二人は裏切らなかった。
出会って間もないカズヤが無実であると信用してくれている。2年間の実績があるテセウスの訴えや、国王の裁定があるにも関わらずだ。
この信頼に報いたい。
「わかったよ。もう少しこの国に留まってみる。俺たちも他の情報を整理してみるよ」
心に迷いはなくなった。
この世界に来たばかりだから、わからないことの方が遥かに多い。
しかしステラのバグボットは、すでに街全体に行き渡っている。まだ気がついていない情報があるかもしれない。
「ありがとう、カズヤ。私も他の兵士から話を聞いたり、テセウスを任命した理由をお父様に聞いたりしてみるわ」
「俺様も冒険者仲間にテセウスの噂を聞いてみやすぜ。ひょっとしたら奴の違う一面がわかるかもしれん」
あきらめるのはまだ早い。
テセウスの主張を覆せばいいだけだ。
アリシアとバルザードが街に戻ると、カズヤはあらためて情報の精査をステラにお願いするのだった。
*
情報を集めて整理するまで、カズヤとステラは墜落した宇宙船の中で過ごすことにした。
カズヤの眼の前には、以前治療を受けた台が置かれている。まさか再びここに戻って来るとは思ってもいなかった。
滞在することが決まると、ステラの操作でテーブルやソファのような設備が壁や床からせりだしてきた。
宇宙船の内部はすべて金属でできているものの、どこか居心地のいい空間だった。壁一面に埋め込まれた小さなパネルが、穏やかな灯りを放ち全体を優しく照らしている。
「テセウスの証拠が集まるまでは、少し時間がかかります。カズヤさん、その間の食事はどうしますか?」
「そうか、そんなことも考えないといけないのか……」
生身の人間であるカズヤは、現実的な問題に引き戻される。
「かつて、この宇宙船に乗っていたデルネクス人の食事が残っています。それでもいいですか?」
「いいけど、300年前の食べ物なんて食べられるかな」
「当然です。往復を考えて600年以上保つように作られていますから」
「それなら、食べてみようか。……でも宇宙船の食事といったらなぁ」
ステラが持ってきてくれたのは、想像通りの流動食だった。
カズヤはチューブ状の容器をしぼって、口の中に流し込む。かすかな甘みと苦みが同居する、未体験の味わいだった。
「……うーん、まあ美味しいんだけど、味が薄いし歯ごたえが無いんだよな。もっと濃いめの固形物があると嬉しいんだけど」
「まったく面倒くさいことをいいますね。身体をザイノイドにすれば、エネルギーコアだけでいいんですよ」
「いやいやいや! 流石にそんな理由でザイノイドになるのは遠慮するよ」
冷ややかな目つきのステラに、カズヤは必死でかぶりを振る。
ご飯を食べるのを面倒くさいと言われたら、いったい何のために生きているというのだ。
「仕方ありません。外で食べ物を採集してくるしかないですね」
ステラが壁の扉を開いて、何台かのロボットを呼び寄せる。
「何だ、その新しいロボットは?」
「F.A.《フライトアングラー》という調査用のロボットです。バグボットたちでは小さ過ぎて採集出来ないので、この子たちに任せましょう」
縦横1mくらい厚さ30cmほどの座布団型の物体が、音もなく宙に浮いていた。
「元の世界のドローンに近いけど、プロペラが無いのに飛べるなんて初めて見たよ。どんな仕組みなんだ?」
「ただの反重力です。重力調節機構と言ってもいいです。自身にかかる重力を強めたり弱めたりしているだけですよ」
「ふーん……」
相変わらず何を言ってるんだかわからないが、とりあえず音もなく飛べるのは素晴らしい。
ステラが説明し終わると、宇宙船の一部が自動的に開いてF.A.《フライトアングラー》が飛び立っていった。
「ちなみにカズヤさんは動物の肉を食べることに罪悪感は無いんですか? 命あるものを殺してさばいて血まみれの肉を口の中に入れても気にならないんですか?」
「ま、まあ、言い方があれだけど、お肉は大好きだよ。命をもらうのは植物だって同じだし、ありがたく頂いてもいいかなって……」
「それは哲学的な意味ですか、それとも倫理的、環境的、または健康的な意味合いですか?」
「いや、たんに食欲的な考えなんだけど……」
思いがけない追及を受けて、カズヤは苦笑しながら言葉を濁す。
「まあ、わかりました。それではこの辺りで食べられそうな物を探して集めてみます」
ステラは少し腑に落ちないように、軽く肩をすくめた。
しばらくすると何台ものF.A.《フライトアングラー》が、緑色の野草や赤い果物、不思議な形をしたキノコなどを取って戻ってくる。
「見た目はよくありませんが、毒性が無いのは判定済みです。むしろ栄養価が高いはずなので、すぐに料理してしまいますね」
「えっ、ステラが料理してくれるのか!?」
ひとり暮らしをしていたカズヤは、最低限の料理くらいできる。ステラに頼むのは申しわけないので、自分で料理するつもりだった。
そうでなくても、以前使ったベジルレシオ《空中調理機》とかいう調理ボットを使ってもよいのだ。
「別に料理くらいはプログラムされていますよ。カズヤさんの好みは、まだ把握してませんが。それとも私の手料理では駄目なんですか?」
「い、いや、そんなわけないよ! とても有難いんだけど……」
「それなら、黙って待っててください」
そう言うと、ステラは手早く調理を始めた。
料理をする姿がメイド服とよく似合っている。
凄まじい速さで野菜を切る音が船内に響き、たちまち香ばしい匂いが漂い始める。
「……できましたよ、さあどうぞ」
ステラが皿を差し出すと、カズヤは目を輝かせてそれを受け取った。
野草を刻んでキノコと一緒に焼き、果物の甘みをアクセントに加えた炒め物だ。それと野草を煮込んで宇宙船特製のスパイスで味を調えたスープもある。
デザートは赤い果物をふわっとした食感に仕上げたムースで、上には赤い果肉と香草がのっている。鮮やかな赤と緑が目にも美しい。
見た目も香りも、カズヤがこの世界に来てから味わったどの料理よりも美味しそうだった。
「う、うまい! これ、めちゃくちゃうまいぞ!」
一口食べた瞬間、カズヤは感嘆の声をあげた。
「それは良かったですね。落ち着いて食べてください」
「これは技術だけじゃないよ。センスもあるっていうか……。正直、王宮で食べた料理よりもずっと美味しいよ!」
「カズヤさんに合わせて簡単な料理にしただけです。舌が単純すぎるんじゃないですか? しゃべらないで、しっかり食べてください」
注意されたカズヤが黙々と食べ始めると、ステラは目の前で、その様子をじっと見つめている。
「……ああ、うまかった、ご馳走さま! こんな美味しい料理を毎日食べられるなんて幸せだな」
食事を終えたカズヤが大きく伸びをする。
「別に、毎日作るなんて言ってませんけど……そんなことを言うなら次回から少し手を抜きますよ」
ステラはぷいっと顔を背けたが、その横顔は少しだけ満足気だった。
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