249話 旅立ち
続いて、お婆さんにトイレやお風呂など家の中を案内される。
アリシアは家に備えられた便利な道具を見て感激した。
「これはカズヤが作った物と似ているわ! きっとこれを思い出していたのね」
台所でカズヤが作った魔石ケトルと似た物を発見した。それだけでなく明るさを調整できる灯りや、熱で服のしわをのばす魔導具もある。
どれもカズヤが作った物と似ていた。
「冷たい箱ね、不思議……」
特に”れいぞうこ”という魔導具はアリシアを驚かせた。
大きな扉を開けるとひんやりとした空気が流れ出てくる。
なかには新鮮な食材が整然と並んでいて、野菜や肉や魚が保存されていた。食材を長持ちさせることができる魔導具は、アリシアの常識には無かったものだ。
また、台所にある”でんしれんじ”という魔導具と一緒に使うと、冷めてしまった食事を再び温めることができる。
自在に冷たくも温かくもできる道具類に、アリシアは心を打たれた。
”うおしゅれっと”という謎の魔導具は、アリシアの常識を打ち破った。イゼリアでも水を使って洗浄することが多いのだが、手を使わずに洗えるのが画期的だ。
カズヤがいたこの世界は生活を便利にする魔導具が多い。
イゼリアではどうしても、魔物との戦いや戦争での武器や防具に使われることが多かったのだ。
そしてアリシアが一番驚いたのは”てれび”だった。
”りもこん”という突起物を押すだけで、鮮明な映像と音声を楽しめる。
しかも違う場所で起こっている出来事を瞬時に伝えることができるようだ。幻術の魔法とも違っている。どうして映像を見ることができるのか不思議だった。
その”てれび”の中でもアリシアの心を奪ったのは、”あにめ”という番組だ。
鮮やかな色彩の絵が動き回る。生まれて初めて見た表現方法に、アリシアはすっかり夢中になって見入ってしまう。
結局アリシアはお婆さんに誘われるまま、もう一晩お世話になってしまうのであった。
*
「いつまでもお世話になる訳にはいかないし、そろそろ、断らないと……」
さすがに今日こそはお婆さんの家から出て行こうと、アリシアが思っていた矢先。
”てれび”という箱に映っていた映像にアリシアの視線は釘付けになった。
「えっ、これって……!?」
それは最近、桜月市で起こっている連続殺傷事件を報道するニュースだった。他人の目を気にせず白昼堂々と行なわれる惨劇は、桜月市民を恐怖に陥れていた。
警察だけでなく風神セキュリティの警備員が多く出歩いているのも、そのせいだ。
凶悪な犯罪が起きるたびに治安を維持することが叫ばれる。それが風神セキュリティの必要性にも繋がっていた。
連続殺傷事件の犯人と思われる人物の顔が、防犯カメラに堂々と映っていた。その態度は、防犯カメラの存在を知らないか、知っていても構わないという振る舞いだ。
そして、その顔はアリシアが忘れもしない人物のものだった。
銀髪にヘーゼルカラーの瞳。
それはエルトベルク王国元騎士団長――テセウスだったのだ。
テセウスはアビスネビュラの指示でエルトベルクに送り込まれ、アリシアの命を狙っていた男だ。
邪魔をしたカズヤを追い出そうと画策したが逆に追いつめられ、旧首都エストラを崩落させるという暴挙に出る。
バルザードの調査で元Aランク冒険者のヴァルテゼウスという男だと判明した。罪のない村人を皆殺しにした疑いで、冒険者資格をはく奪されていたことも分かっている。
結局カズヤに敗れて牢屋に囚われていたが、アリシアたちが魔石採りで離れた隙をねらって脱獄していたのだ。
「いったいなぜ、テセウスがこの世界にいるの……!?」
テセウスがどうやってこの世界にやってきたのか、アリシアには想像がつかない。アリシアと同じように、いつの間にかこの世界に転移してきたのだろうか。
それよりも、この世界の人たちがテセウスの暴挙を抑えられるのか、アリシアは不安になってきた。
「……とにかく、テセウスを放置できないわ。この世界の人たちが犠牲になるのは私が防がなきゃ」
アリシアは、自分と同じ世界からやってきた犯罪者に強く責任を感じた。魔法が発動しにくいこの世界で、アリシアひとりで何とか出来るのかは分からない。
だが、テセウスの存在を知っていて放置する訳にはいかないのだ。
「あの、お婆さん。私はこの事件がとても気になるの。もっと情報を知らないかしら」
詳しく知りたいことをアリシアがアピールすると、お婆さんは隣の部屋から新聞を何部か持ってくる。
すでにテセウスは指名手配されていて、顔写真と事件が起きた場所がばっちりと載っていた。
「この似顔絵と地図は利用できるわね。お婆さん、この紙をもらってもいいかしら?」
アリシアが、新聞記事を欲しがっていると分かると、お婆さんはその部分を切り抜いて渡してくれる。
そして、テセウスがこの街近辺に潜んでいるらしいことを、地図を使いながら教えてくれた。その場所には近寄らないように注意するためだ。
(私がテセウスを捕まえなければいけない……!)
アリシアは家を出ていく決意を固めたのだった。
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