239話 現地の異変
「このようなものは着慣れないが、どうだろうか?」
「シデン様は何を着てもかっこいいですね……」
鈴木がシデンに様付けするのは変わっていない。元の世界に戻って来ても、鈴木にはシデンが王族である感覚が抜けないのだろう。
「まったく、何を着ても似合う奴はいいよな」
思わずカズヤから、ひがみ根性が湧いてきてしまう。
見た目が格好いい奴は、何を着ても似合ってしまう。カズヤが学生だった時も、似たような気持ちになっていたことを思い出した。
平凡な顔立ちのカズヤは、ぶつぶつ独り言を言いながら平凡な服に着替えた。体形がカズヤと近いフォンも、問題なく着ることができた。
「おい。これじゃあ、ちょっときついぜ!」
しかし、日本人の平均的な体形の鈴木の服は、2mを超えるバルザードには流石に無理があった。長袖や長ズボンが七分丈くらいになってしまう。
「しょうがないから、それで我慢してくれよ。日本のお金は持ってないから、新しく服を買う訳にもいかないんだ」
「……あの、カズヤさん。少ないですけどこれを」
そう言って、鈴木は財布から3万円を抜いて渡してくれた。
「えっ、いいのか!?」
「カズヤさんに出会っていなかったら、俺たちは生きていませんでした。半年間助けてもらった恩は、これくらいじゃ返せないですよ」
「それじゃあ、有難くもらっておくよ。色々とありがとうな」
正直いって日本のお金はかなり助かった。
実は日本円を全く持っていないことは、カズヤにとって不安材料だった。ちょっとしたことに、これから必要になるかもしれないからだ。
日本にいた頃のカズヤのお金は、親族である父親に渡っている可能性が高い。
しかし行方不明になったのは、もう1年半以上前の話だ。部屋の家財道具ごとまとめて処分されているに違いなかった。
「アリシア様が無事に見つかるといいですね。何かあったら協力しますので、ここに連絡して下さい」
最後に鈴木がスマホの電話番号を教えてくれる。
着替えて日本人風になった男性4人は、女性陣との待ち合わせ場所へと歩いていった。
*
「……なかなか来ないな」
「女性の着替えというものは、時間が必要なんだろう」
カズヤたちが約束の場所に戻るが、女性陣はなかなか現れない。
カズヤは鈴木の家を出た足でコンビニに立ち寄り、切手を購入してマキに頼まれた手紙と自分の父親への手紙をポストへと投函していた。
コンビニに入るのは久しぶりで緊張したし、切手が幾らだったのかもすっかり忘れていた。
「……おお。皆さん、ここにいましたか。探しましたよ!」
「あれ、佐藤さん。どうしました?」
別れたはずの佐藤課長が、さっそく自分の車を運転して待ち合わせ場所へ現れた。
「いやあ、家族たちに驚かれて大変でしたよ」
家族に会うと、まるで死人が生き返ったような大変な騒ぎになったらしい。前田たち3人が行方不明になった事件は、カズヤの時よりも大きく報道されていたみたいだ。
3人の公務員が公務中にいなくなったのだから当然かもしれない。役所も神隠しだの失踪だのと好き勝手に報道されて大変だったようだ。
前田たち3人は、『異世界の話は絶対にしない』と、口裏を合わせることを決めている。
異世界の話をしたとしても絶対に信用されないし、公務員のような堅実な仕事を続けられなくなる可能性があるからだ。
そこで、「3人とも車の事故に遭って意識を失い、気が付いたら半年経っていた」というオカルト話を作り上げていた。
かなり無理がある気がするが、確かにそれ以上説明のしようがない。
そんな佐藤課長だったが、再会したばかりの家族を待たせて、わざわざカズヤたちの元に戻ってきてくれたのだ。
「これを、カズヤ君に渡したくて」
カズヤに分厚い封筒を渡してくる。中を見ると30万円ものお金が入っていた。
「いやあ、私も気付くのが遅かったのですが、皆さん日本のお金を持っていないでしょう。何かと必要でしょうから、アリシア様の捜索に使って下さい」
佐藤課長が真剣な顔で渡してくれる。
気持ちはありがたいが、これだけの大金はさすがに申し訳なく感じた。
「とても有難いですけど、この身体ですから食事も必要ないですし、野宿するから大丈夫ですよ。ここには魔物もいませんから」
食事や睡眠が必要なのはメンバーの半分くらいだし、簡易食や野営用テントを持ってきている。普段から冒険者をしているシデンたちにとって、野宿などは当たり前だった。
佐藤課長の申し出を何度か断るが、「世話になった恩返しをしたいから、どうしても」と押しに押されて10万円だけを受け取る。
「……あと、ここの桜月市について家族から少し気になる話を聞いたので、カズヤ君たちにも伝えておこうと思って」
「気になること、ですか?」
差し入れの押し問答が終わると、佐藤課長は真面目な顔でカズヤに切り出した。
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