022話 暗闇の襲撃
突然、部屋の灯りが一斉に消えて真っ暗になる。
視界が失われた給仕たちから驚きの声がもれた。
「カズヤさん、侵入者です! アリシアと床に伏せて下さい」
カズヤの後ろの暗闇から、ステラの短い声が飛んでくる。
「侵入者だって? ステラには姿が見えているのか?」
「暗さは問題ありません。中庭から23人、二階から15人の侵入者がこちらに向かってきています」
今までの経験上、ステラの報告が間違っている可能性は低い。
王宮内を飛んでいるバグボットたちが異変を察知したのだろう。
「アリシア、床に伏せるんだ」
ステラの指示に従って、カズヤは素早くテーブルの反対側に回りアリシアの肩を抱く。
そして床に伏せながら、中庭と反対側の壁に向かってゆっくりと移動した。
「俺様がいるのに襲撃しようなんて笑わせるぜ!」
バルザードの勇ましい声が聞こえてくる。
侵入者たちは音を立てずに、晩餐会の広場へ入り込んでくる。
一瞬の静けさの後。
部屋の中を強烈な光線が飛び交った。
ステラが放ったブラスターだ。それと同時に男たちの悲鳴が聞こえてくる。
続いて、ガラスが割れる激しい音が部屋中に響き渡る。
室内で戦闘が始まり、給仕たちが悲鳴をあげた。
部屋の外にいる兵士たちが、中になだれ込んでくる様子がかすかに見えた。
「暗闇でも夜目が利くことを思い知らせてやるぜ!」
バルザードの全身から雷の魔法が放出される。
断続的に部屋を明るく照らし出し、数人の侵入者の影が部屋の壁に映った。
侵入者たちの荒々しい足音と、光線と打撃のやり取りの音が響く。
ボゴッっと低い打撲音がするのは、バルザードが侵入者を捕まえた音だろうか。テーブルが倒されて次々と料理が落ちてきた。
アリシアも冷静だった。
暗闇を凝視しながら戦況をじっと見つめ、いつでも魔法を唱えられる態勢をとっている。
部屋のあちこちで物と物とがぶつかり合う衝撃や、光線による破壊音や打撃音が続く。
「なんだ!?」
突然。
カズヤの目の前に、侵入者の黒い影が現れた。
文字通り暗闇から突然姿が現れたのだ。これが幻術とかいう魔法なのか。
急な接近に、ステラとバルザードも気がついていない。
アリシアの傍にはカズヤしかいなかった。
黒装束の侵入者はアリシアの姿を確認すると、躊躇なく短剣を閃かせながら斬りつけてきた。
「危ない……!」
カズヤの身体が本能的に動く。
とっさに短剣をもつ侵入者の腕をつかんだ。
アダプトスーツのおかげだ。瞬時に侵入者の腕をおさえこんでいた。
「ぐっ……」
力強く握りしめるカズヤの腕力に、侵入者から思わず悲鳴が漏れる。
ボキッという鈍い音が鳴った。
常人をはるかに超えた握力で、侵入者の腕を再起不能にする。短剣はガラリと音を立てて床に落ちた。
カズヤはそのまま侵入者を片手で投げ飛ばす。軽々と持ち上げられた侵入者は、壁に激しく叩きつけられた。
「まだいるのか」
さらに2人の侵入者の黒い影が、カズヤの目の前に現れる。幻術のせいなのか、またもや不意に姿が現れた。
奴らの狙いは間違いなくアリシアだ。
「やらせないぞ……!」
カズヤは横薙ぎに振るわれた剣を、とっさに右腕で受け止める。
アダプトスーツが瞬時に硬化して、剣を弾き返した。
カズヤは無我夢中だった。
アリシアと自分を守るのに精一杯だ。
日本にいた時に武術を経験したことなんか一度もない。喧嘩や格闘技だって一度もやったことはない。
それでも侵入者の動きに対応できたのは、アダプトスーツのおかげだった。
スーツが動きを補正し、一瞬で行動を最適化してくれる。通常の20倍近くまで引き上げられた腕力と反射スピードの連携で、敵の攻撃を粉砕していく。
侵入者たちの想像を超える、風のような俊敏さで攻撃を跳ね返していたのだ。
カズヤは接近する侵入者に向かって、思いっきり飛び込んだ。
「うわあぁぁ……!!」
カズヤは両手で、敵の身体を思いっきり突き飛ばす。
侵入者の鎧をへこませて軽々と吹きとばした。
その背後から、別の侵入者が忍び寄ってくる。無慈悲な短剣が、カズヤの身体を思いきり突き刺した。
「……!?」
しかし、短剣はアダプトスーツの表面で跳ね返される。
侵入者が想定していた以上の堅さだったのだろう。侵入者も驚きのあまり硬まっている。
カズヤは立ち止まった侵入者を足払いで転ばせると、額に向けて拳を突き出し相手を失神させた。
カズヤの反撃を受けて、敵が次々と倒れていく。
「炎風爆烈旋!!」
接近してきた侵入者に、アリシアも黙っていなかった。
手元から猛烈な炎が噴き出して侵入者を焼き尽くし、部屋全体を明るく照らした。
「姫さん、大丈夫ですか!?」
その頃にはステラとバルザードも、アリシアの傍に戻ってきていた。
突然、ステラを中心に明るい光が部屋中を包み込む。部屋の様子がはっきり見えてきた。
床の上には多くの侵入者たちが倒れていて、もはや立ち上がって攻撃してくる者の方が少なかった。
「オラァァッッ!」
バルザードの鋼鉄のような拳の一撃が、侵入者の胸板を捉えた。
さすが元Sランクだ。
素早い動きと正確な力加減で、的確に敵を無力化していく。動きは無駄がなく滑らかで、敵に一切の隙を与えなかった。
振り下ろされた剣がバルザードの肩口を狙うが、わずかに体をひねるだけで刃を避ける。
即座にするどい回し蹴りを繰り出すと、侵入者は地面に叩きつけられた。
残りの侵入者たちは不利をさとってあわてて窓から逃げ出そうとするが、ステラが冷静にブラスターで撃ち倒す。
やがて立っている者はいなくなり、静けさが部屋のなかを包み込んだ。
カズヤたちの活躍で、無事に侵入者たちを撃退したのだ。
「倒れているのは33人います、残りの5人は早々に逃げ出しました」
メイド服のスカートの中にブラスターを仕舞うと、ステラがカズヤの傍にやってきた。
「カズヤさんの手を煩わせてしまい、申しわけありません。暗い方が侵入者を捕まえやすかったのですが、魔法による移動は想定していませんでした」
さすがのステラも、魔法については想定外のことの方が多かったのだ。
「この程度の実力で襲撃とは舐められたものだぜ。俺様がいるのを知らなかったのか?」
バルザードは両手にぐったりとした侵入者を捕まえている。足元にも何人かのびていた。
「カズヤ。助けてもらったのは、これで3度目ね」
アリシアがカズヤの手を握りしめる。感謝の気持ちを伝える手が、わずかに震えていた。
明るくなった部屋を見回して、他に異常が無いことを確認する。
怯えた給仕たちが、部屋の隅に座り込んでいた。
「王宮の中にまで侵入者を許すなんて……。すぐに彼らを連れて行って徹底的に調べてちょうだい」
アリシアは前代未聞の事件に、いきどおりを隠そうともしない。
部屋の外にいた護衛の兵士たちがあちこち走り回り、王宮内は騒然としていた。
しばらくして、部屋の奥から多くの兵士を引き連れたテセウスが現れた。
今まで何をしていたのかわからないが、服装はまったく乱れていない。侵入者たちと戦っていた様子もない。
そしてカズヤを見つけると、一直線に近寄ってきた。
「貴様がカズヤだな、そこを動くな!! アリシア様襲撃の容疑で、お前を拘束する!」
テセウスの後ろにいた兵士たちが、カズヤとステラをずらりと取り囲んだ。
アリシアとバルザードが驚いた表情で固まっている。
「何を言っているんだ!? アリシアを守っていた俺が、襲うわけがないだろう」
「言いわけは後で聞く。申し開きは国王の前でするんだ!」
それを見ていたアリシアが、テセウスの前に立ちはだかる。
「テセウス、カズヤは私を助けてくれていたのよ。犯人のはずがないわ」
「いいえ、アリシア様。この場は私にお任せください。こいつらが計画していた悪事の証拠があるのです」
テセウスはアリシアの脇を通り抜ける。
「カズヤさん、どうしますか? 蹴散らすことも可能ですが」
「……いや、この場は大人しく従おう。王宮で暴れても、いい結果にはならなそうだ」
見下すように得意げなテセウスの表情を見ていると、今回の襲撃を予想していたようだ。
むしろテセウスが仕掛けた罠だった可能性もある。始めから、カズヤたちを犯人に仕立て上げるつもりだったのだろう。
カズヤは兵士によって腕を縛りあげられると、国王の間へと連行されていくのだった。
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