021話 晩餐会
アリシアは何か考え深げな様子で窓際まで歩いていくと、扉を開けて小さなバルコニーへと出ていった。
赤い髪が風に舞い、ふわりと肩にかかる。
「……カズヤ、私はこのエルトベルクを、もっと元気で幸せな国にしたいの。人々が笑顔で暮らせる国にね」
バルコニーから、エストラの町の灯りが見える。
家々から柔らかな光がもれていた。
「まだ小さくて裕福な国ではないのはわかっているわ。でもこの国なら、もっともっと良くなれると信じているの」
アリシアは王国の現状をあきらめてはいない。何とかよい国にしようと、もがいている最中なのだ。
「アリシアなら出来そうな気がするよ。これだけ真剣な気持ちがあれば、きっと国を変えることができると思う」
アリシアの真剣な眼差しに、カズヤの胸が熱くなった。
揺るぎない決意を知り、応援したい思いが一層強くなる。
「そうね、まずは私が実践しないと。国民が飢えることがないように、農業に力を入れたいの」
アリシアは輝くばかりの笑顔で答えると、カズヤの瞳を見つめた。
互いに通じ合うものを感じ、穏やかな空気に包まれていく。
「……二人とも、食事はいいのですか? 晩餐会の予定から随分過ぎてしまっていますが」
急に背後から、ステラの冷ややかな声が会話をさえぎる。
心なしか、少し怒っているようにも聞こえる。
「そうね、魔法についてはこのくらいにして食事に行きましょう。お父様は体調が悪いから後から来ることになっているの」
国王と会うのが後になったと聞き、カズヤは少しばかりホッとするのだった。
*
研究室を出て階段を下り、入り口のところまで戻ってくる。
1階の廊下の突き当りで案内されたのは、とりわけ広くて立派な部屋だった。大理石の床には毛の長い絨毯が敷かれ、シャンデリアが眩しい灯りを放っている。
部屋のなかには2つのテーブルが向かい合わせに用意されていて、カズヤはそのうちの1つに案内された。
テーブルの上は純白のテーブルクロスで覆われ、上品な花々が飾りつけられている。華美ではないが繊細な装飾が入った陶磁器の皿や、銀製のカトラリーが並べられていた。
食事が必要ないステラはカズヤの後ろに、そして護衛役のバルザードもアリシアの後ろに立った。
向かいに座ったアリシアが、立ち上がってカズヤの方にグラスを向ける。
「あらためてカズヤとステラにお礼を言うわ。二度も私の命を救ってくれてありがとう。友人たちを王宮に招待できて、とっても嬉しいの。ぜひエストラの食事を楽しんでちょうだいね」
アリシアはにこりと微笑んだ。
カズヤは緊張が高まるのを感じながら、給仕によって運ばれてくる料理を見つめた。
最初に、海の幸を使用した魚のムースや、新鮮な野菜たちが運ばれてくる。
そして、すぐにメインとなる鳥の丸焼きがどかんと置かれた。香ばしい匂いが立ちのぼり、緑色の葉や赤いソースで彩られている。
エルトベルクは食糧に困っている状態だが、それでも流石は王宮の晩餐会の食事だった。
カズヤはゴクリと唾を飲み込んだ。
「作法は国によって違うから気にしないでね。冷めないうちに食べてちょうだい」
アリシアが気を遣って声をかける。しかし、ナイフやフォークの持ち方すら怪しいカズヤは、緊張して手が出せなかった。
「カズヤさん。マナーがわからないのなら、とにかく食事を楽しんだらどうですか?」
たとえ王宮にいようと、ステラはいつもと変わらず冷静だった。
ステラの一言で吹っ切れたカズヤは、マナーなど気にせずに、切り取った鳥の丸焼きを口の中に押し込んだ。
「……う、うまい!」
思わずカズヤの口から歓喜の声が漏れてしまう。
素材本来の甘みと旨味を感じさせる料理で、深みのある味わいが口の中に広がってくる。特別に作られたであろうソースは、ハーブの香りと酸味が絶妙だった。
日本で贅沢な食事と縁が無かったせいかもしれないが、カズヤが今まで食べたなかで一番美味しかった。
それを見ていたアリシアも満足そうに笑う。
(こんな食事を食べられるなら、格式ばった晩餐会だろうと何度来てもいい……!)
カズヤはそう思いながら、目の前の食事にかぶりつく。
食べ終わった料理はすぐに下げられて、また新たな料理が運ばれてくる。カズヤには夢のようなシステムだ。
無我夢中で食べ続けていたカズヤは、周りのことなど気にもとめずに、食事を口に運ぶので大忙しだった。
「くっ……」
しかし、しばらく食事を楽しんでいた時。
突然、正面に座るアリシアの苦しそうな声が聞こえてきた。
カズヤがあわてて顔をあげると、アリシアは両腕をおさえてうつむいて座っている。
腕から湧き上がった炎が、生き物のように揺らめいていた。
暴れだした炎は、煌びやかだった赤いドレスに焦げ跡をつけている。
後ろにいたバルザードは冷静にテーブルを前に移動させる。給仕たちも落ち着いてアリシアを見守っていた。
カズヤはどうしていいかわからず、ただアリシアの様子を見つめていた。恐らくこれが、両腕の火傷の原因なのだ。
その後いったん両腕の炎が大きくなったかと思うと、すぐに穏やかに静まっていく。
やがて全ての炎が消えていった。
「また、いつもの魔力過剰症の発作が起こっちゃった……今日は、これでもマシな方なのよ」
アリシアが苦笑ぎみに事情を説明する。
これが、アリシアが話していた魔力過剰症の症状なのか。
バルザードや給仕たちの様子を見ると、いつもの出来事のような冷静さを感じた。大きなテーブルを使わずに、テーブルを2つ用意していたのは、この為だったのかもしれない。
「お気に入りのドレスが焦げちゃったけど、仕方ないわね。私が少しの間、我慢すればいいだけだから……」
しかし、うつむきがちのアリシアの顔は暗く曇っている。
「でもね……本当は、大切な人たちを巻き込んじゃうんじゃないかって、時々怖くなるの。いつかは抑えきれなくなるんじゃないかって……」
アリシアは両手で自分の身体をギュッと抱きしめる。
守るべき人たちに、かえって危害を加えてしまうのでは、という思いがアリシアを苦しめていた。
「心配ないよ、アリシア。だって……」
何とか励まさなければと、カズヤが必死に声をかける。
「今までずっと、その力を抑えてきたんだろ? これからもずっと制御できるはずさ」
魔力過剰症は、昨日今日に始まったことではない。
アリシアはこうやって幼い頃から溢れ出す魔力と戦い、魔力の制御法や魔法の使い方を学んできたのだ。
そんな真面目な努力家のアリシアを見ていたら、暴走する姿が思い浮かばなかったのだ。
「ありがとう。……そうね、今まで頑張れたんだから、これからもきっと大丈夫なはずね。少し自信がわいてきたかも」
アリシアがほっとしたように息をつき、笑みがもどってきた。
「驚かせてごめんなさい。食事を続けましょう」
気を取り直したアリシアが、カズヤに食事を続けるよう促した。
しかし、アリシアがその言葉を言い終わらないうちに、王宮のなかで新たな異変が起こった。
遠くからガラスが割れる音と、女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
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