208話 宇宙へ
その頃、デルネクス人の宇宙船のラウンジでは、たびたび怪現象が目撃されていた。
ほとんどの乗組員は身体の一部をザイノイド化しており、純粋に生身の人間はいない。だが栄養摂取を食べ物で行なっている乗組員はまだたくさんいる。
彼らのために、宇宙船には食事を提供するラウンジが備えられていた。
そこでの食事中に、食べ物が次々と消えていく怪事件が起きているのだ。用意された食事が皿の上から無くなったり、ひどい時には口に運ぼうとした食べ物が消えていく。
また、宇宙船内をうろつく少女の霊も話題になっていた。半透明の少女の姿が、船内カメラにうつったり消えたりしているのだ。
「雲ちゃん、おなか空いたね。うちゅうじんのご飯って美味しくないんだもん」
「ピーちゃんが無茶するからだよ。まさか本当に乗り込むなんて……」
ピーナの苦情に雲助も困り果てる。
もちろん、怪事件の犯人はピーナだった。
お腹をすかせたピーナが、乗組員の食事をつまみ食いしていたのだ。
ピーナは半日は継続して透明化できるが、時間が経つと疲れてくる。だから気分で自分の姿を消したり出したりしていたのだ。
はたから見れば、それは間違いなく宇宙船を漂う少女の霊だった。
ピーナが乗り込んできたのには意味がある。ピーナなりの義憤にかられてやってきたのだ。
言い争っていた銀髪の男がカズ兄を殺してしまった。
ピーナは、その仇を取りに来たのだ。
「あのカズヤもついに死んじまったか。頭は悪かったけど悪い奴では無かったよな。あの間抜けな顔を見れなくなるのは、ちょっとだけ物足りないかもな」
馬鹿にする雲助も少し寂しそうだ。
「ピーナは絶対にゆるさない。カズ兄のかたきは、わたしがとるからね!」
ピーナは勇んで宇宙船に乗り込んできたのだ。
二人が船内をうろついていると、コマンドセクター《指令区画》の外で言い争う声が聞こえてきた。
艦長オルガドが、副官パーセルを一方的に怒鳴っているのだ。
(ピーちゃん、あいつだぜ!)
(見てて、カズ兄のかたき!)
さっそくカズヤの仇である艦長オルガドを見つけると、ピーナの攻撃が炸裂する。
「大体、貴様は……。はは、ははははっ!!」
怒鳴っている最中に、オルガドが急に笑い出した。
透明のピーナが、必死にオルガドの身体によじ登ろうとしているのだ。
オルガドは身をよじって逃げ出そうとするが、透明のピーナには効果がない。船内の床に転がると、ひたすら笑い続けた。
くすぐるつもりなど全くないが、這いまわるピーナの力では笑わせるくらいしかできない。
「か、艦長! ……艦長?」
始めは心配していたパーセルも、笑いながら転げ回るオルガドを見てだんだん白けてくる。
ひととおり笑いつくすと、オルガドは叱責もそこそこにパーセルを置いて気まずそうに去って行った。
「雲ちゃん、あのおじさん逃げたよ!」
もちろん、この程度ではピーナの復讐は終わらない。
オルガドの後を執拗に付いていき、艦長室の中まで入っていく。
「くそ、何だか分からないがおかしな目にあった。ひょっとしたら、あれが最近出没している幽霊なのか。それともザイノイド化した箇所の調子が悪いだけなのか……」
艦長室に入ったオルガドは、ザイノイド化した右手首を交換しようとする。
その手にはカズヤの機能を停止した、あのZ装置が握られていた。
(ピーちゃん、あの右手を奪ってやろうぜ!)
雲助にそそのかされたピーナは、オルガドの手首を持って部屋から出ようとする。
「う、うわあ!! 手が、私の手が浮かんでいる……!!」
オルガドの目には、突然、自分の手首が宙に浮かんだようにしか見えない。
手首はふらふらと漂うように壁の中へと消えていく。オルガドは自分の目を疑い、呆然と見送るしかなかった。
戦利品を手にしたピーナが廊下を戻ると、暗い顔をしたパーセルが自室へ戻るのを見つけた。
パーセルの優しそうな雰囲気を感じ取ったピーナは、何とは無しに部屋の中まで付いていく。
「ふう、まったくあの艦長には付いていけないな……」
誰もいないと思っている個室で、パーセルが大きなため息をついた。
調査前から心配していたが、やはり艦長のオルガドとは性格が合わない。今回ももう少しうまく立ち回れば、現地人と無駄な戦闘をすることなく協力を頼めたのだ。
科学力で強引に支配を進めようとするオルガドのやり方に、パーセルは従いたくはなかった。
「……おじさんも、あの悪い奴にいじめられたの? あのおじさんって駄目だよね!」
「ひいいいっ!!」
突然、パーセルの目の前にピーナの姿が現れた。
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