196話 小さな異変
「シデン様! あの、ご報告したいことが……」
マキの呼びかけに、シデンは足を止めた。
呼吸を整えるとマキは手短に用件を伝える。
報告を聞いたシデンの眉が、ぴくりと動いた。シデンはマキに短く礼を伝えると、部屋に入って席につくやいなや料理長を呼びつけた。
「おい、この料理をお前が食べてみろ」
シデンは自分に出されていた料理を、料理長に突き出す。
「ひ、ひえっ、お許しを……!」
あわてて逃げ出す料理長を、護衛の兵士が取り押さえた。毒見役が食べるまでもない。シデンを毒殺しようとしていたのだ。
「マキが言うように初めて見る料理長だったな。爺、いつの間に変わったんだ?」
「申し訳ありません、若。儂も知りませんでした。儂の許可もなく使用人を変えるなど許せん、すぐに責任者を呼ぶのじゃ!」
宮殿内を取り仕切るゼーベマンの怒りは収まらない。八つ当たりをしながら、責任者を探し始めた。
「マキ、貴重な情報に感謝する。お前のおかげで命を1つひろったな」
暴れるゼーベマンをよそに、シデンは改めてマキに礼を言った。
直接シデンと会話することは滅多にない。マキの顔が恥ずかしさで赤く染まっていた。しかし伝えたいのは、それだけではなかった。
「ありがとうございます、シデン様。でも、これ以外にもお伝えしたことがあるんです」
この日の夜に、シデンが第1皇子ユベスを自分の宮殿に招待することが決まっていた。ユベス皇子の方から、重要な話があるというので会談が予定されていたのだ。
「今晩のユベス様の訪問に際して、先方からシデン様の警護や召使いについての詳細な報告を求められました。他にも不審な点があります。私が言う立場ではないのは重々承知ですが、今晩の訪問がとても心配なんです」
召使いごときが、皇子の行動に言及するのは異例だ。
しかし、シデンの身を案じたマキは忠告せずにはいられなかった。
直接提言するのはこの世界の常識に反するが、マキがこの世界で生まれ育った身ではないからこそ可能な行動だった。
「はははっ。マキ、よくぞ忠告してくれた。だが今回の会談は私にとっても良い好機だと捉えている。心配してくれるのは有難いが何も問題はない」
シデンは、マキの心配をまったく意に介さない。
「あの、リオラさん……」
マキが馴染みのリオラに目をやると、リオラは静かにうなずいた。事前にマキから相談を受けていたのだ。
「シデン様。マキの報告によると、宮殿内の幾つかの隠し通路や隠し扉を、密かに利用していた者がいるようです」
雑用係であるマキは、ここ最近起こった宮殿内のわずかな異変に気が付いていた。
シデンの宮殿には、幾つもの隠し通路や隠し扉が用意されている。
もちろん、マキが全てを把握している訳ではない。しかし、そのうちの幾つかに最近使われた形跡があるのだ。
許可なく利用できるのはシデンだけだが、こそこそと隠れることを嫌うシデンが使うことはほとんどない。
知らぬ間に、隠し通路を使って出入りしている者がいるのだ。
「それに、我々が黒耀の翼として活動している間に、宮殿内の兵士と召使いが入れかわっているそうです」
「なんじゃと!? 警備体制まで変わっているのは聞いておらんぞ!」
憤慨したゼーベマンがさらに騒ぎ立てる。
シデンたちが不在の間に、宮殿内の警備にも変化が起きていたのだ。
そもそも、シデンの宮殿の管理を取り仕切っているのはゼーベマン伯爵だ。ゼーベマンの許可なく警備体制が変わることはありえない。
しかしシデンが冒険者として宮殿を長く留守にしている間に、兵士だけでなく召使いの人員も変わっていた。
召使いの中に、敵が紛れ込んでいる可能性があるのだ。
「なるほど、確かに不審な動きだ。だがユベスの奴など恐れるに足りん。俺に立ち向かってくるほどの気概もない。おおかた今回の会談も自身の保身を考えた浅ましい動きだろう」
たしかに、全ての冒険者のトップであるSランク黒耀の翼のシデンに、武力で立ち向かおうとするのは考えにくい。
だがそんなユベス皇子がわざわざ訪れるのだからこそ、油断は禁物だとマキは心配していた。
その場にいた、第4皇子のプラクトも懸念を付け加える。
「シデン、念のため少し気をつけたほうがいい。ユベスの背後に強力な後ろ盾がついたと、私も耳にした」
「アビスネビュラか?」
「分からないが、それくらいしか考えられないな」
「ふん、むしろ決着をつける良い機会だろう」
シデンの自信は揺るがない。
「……それにしても、これだけの異変を忠告してくれる女中とは逸材だな。マキをカズヤに取られないようにしないとな」
シデンは満足そうに笑うと、廊下を歩いていった。
*
その日の夜。
到着するや否や、第1皇子のユベスが不満をもらした。
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