194話 ピーナの年齢
エルフの里での生活は、とても興味深かった。
普段の食生活は木の実の採集で成り立っている。
狩りをして動物を食べるのは、お祝いごとなどの特別な時しかないようだ。森の果実や野菜、清らかな水源から得られる透き通った水を日々の食事に使っていた。
服装も森の動植物から採れる素材を使った、軽やかで美しい衣服を身に纏っている。色彩は森の色に溶け込むような緑や白っぽいものが多い。
エルフの日常は静かで穏やかだ。
静寂と平和で満たされていて、時間がゆっくりと流れていることを感じる。正直に言うと、人間だったらすぐに飽きてしまうかもしれないくらい、ゆったりとした穏やかな生活だった。
その生活のなかで、カズヤはピーナの母親に幾つか尋ねたいことがあった。
「あの、ピーナが透明になる魔法を使えるんですが、お母さんは知っていましたか?」
その場にいたピーナが、得意気に魔法を使って見せる。
「あらあら……。ピーナ、面白い魔法が使えるようになったのね」
世界を根底からひっくり返すくらいとんでもない魔法だと思うのだが、ピーナの母親は穏やかな笑顔を崩さなかった。
「ひょっとして、こんな凄い魔法を使えるエルフは他にもいるんですか?」
「身体が透明になる魔法は聞いたことがないわね……。でも、子どもの間だけだと思いますよ。エルフの場合は成長とともに消えていくことが多いですから」
以前、リオラが教えてくれた話は本当だった。エルフ族の特殊な魔法は、年齢と共に薄れていくみたいだ。
それとカズヤは、以前から気になっていた質問をなげかけた。
「ピーナの本当の年齢は何歳なんですか? 本人は6歳だと主張しているんですが」
「ピーナが生まれてからどれくらい経ったかしら……。はっきりとは覚えていないけど、23年くらいは経ってるんじゃないかしら」
「に、23歳!?」
度肝を抜かれたカズヤは思わず大声をあげる。それでは、ピーナはカズヤと同じ年齢ではないか。
「で……で、でも、ピーナの姿は、どう見ても子どもにしか見えないですよね?」
「私たちエルフ族の寿命は1000年以上ありますからね。ゆっくりと成長していくので、そう見えるのかもしれません。人間族に合わせたら、確かに5,6歳くらいかもしれませんよ」
だが、ゆっくり成長するにも程がある。
外見はいいとしても、ピーナの知識や能力も幼児レベルだ。いったいこの23年間どうやって生きてきたのだ。
「人間の世界に行って、ピーナは驚くほど成長しましたよ。いなくなった時はもっと幼かったですから」
母親がフォローをいれるが、カズヤは慌ててピーナを問い詰める。
「ピーナ、本当に23年も生きてきたのか? それならもっと、世の中の常識や教養を身につけていてもいいんじゃないか?」
「んー……、じょうしきやきょうよう? カズ兄、それって必要なこと? ピーナは毎日とっても幸せだよ!」
カズヤの常識が崩壊する。
幸せに生きることと、常識や教養は関係していないとでもいうのか。
「マスター、無理に人間に合わせて考えなくてもいいのでは。寿命との割合で考えれば、ピーナちゃんは十分成長しています。これからも6歳の子ども扱いでいいと思いますけど」
頭を抱えたカズヤを見て、ステラがアドバイスする。
たしかに人間の寿命を100歳で考えると、ピーナの6歳というのはエルフの寿命1000歳に対して60歳にあたる。たった23年でここまで成長したピーナを褒めるべきなのか。
「カズ兄は何を悩んでいるの? ピーナはピーナだよ!」
何が問題なのかという風に、ピーナはあっけらかんとしている。
たしかにカズヤたち人間の常識で考えては駄目なのだ。1000年以上生きるエルフの常識を、人間に当てはめてはいけないようだ。
「……そうだな。年齢を聞いたからって、いきなりピーナを大人扱いするのはおかしいよな。別に今まで通り接すればいいのか」
カズヤは理解が追いつかなくなり、ひとまずエルフの常識を受け入れることにしたのだった。
「まあそれはそうとして、もう一つ質問があります。人間界の話で申し訳ないのですが、アビスネビュラという名前に聞き覚えはないですか?」
カズヤは尋ねたかった話題を聞いてみる。
人間よりも遥かに長い寿命を持つエルフなら、アビスネビュラの成り立ちについて何か情報を持っていないかと思ったのだ。
「ごめんなさい、カズヤさん。そのような名前は聞いたことがありません。私たちは人間界の出来事には興味が無くて……。でも、ここ最近の人間界は、殺伐としてきたのを感じますね」
「ここ最近って、いつ頃からですか?」
「600年くらい前からかしら。特にここ300年間はギスギスした空気を感じます。争いごとは増えているようだし、人間たちは無理やり働かされて疲れているように見えます」
この世界では、喜んで働いている人が少ないのか。たとえ大好きな仕事だって、無理やり長時間働かされると嫌気がさしてくる。
他人の命令や慣習に合わせて生活していると、幸せを感じるのは難しいのかもしれない。
エルフの常識にふれて、カズヤはまた新たな疑問を抱えるのだった。
そして2日目の夜。
カズヤは、密かにアリシアたちと確認していることがあった。
「……ピーナとはここでお別れだな」
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