191話 ピーナの故郷
「おそらくアリシアは、木を構成する粒子の結合をほどいてしまったんだと思います」
少し考えていたステラが、ある仮説を口にした。
「えっ!? そんなこと可能なのか?」
「可能だとは思いません。少なくても生身の人間が扱える技術ではないと思うのですが……」
ステラにとっても初めての体験なのだろう。いつもと違って歯切れが悪い。
「とりあえず、この魔法を建物の中で唱えるのは止めておくわ。もう少し実験と練習が必要ね」
そう言いながらも、アリシアの瞳はキラキラと輝いている。
研究者としての気持ちに火がついて、新たな発見に興奮しているようだった。
*
カズヤたちが住むセドナの街では、ある大きな出来事が予定されていた。
いよいよ現首都エストラから、エルトベルク国王夫妻がセドナの新市街にある王宮に移動してくることになったのだ。
国王夫妻というのは、もちろんアリシアの両親のことだ。
移住を希望していた住民の移動があらかた終わったので、いよいよセドナが名実ともに新首都としての機能を発揮する時がやってきたのだ。
無事にアデリーナ王妃がセドナに移って来たことで、一番喜んでいたのはピーナだった。
ピーナにとってアデリーナ王妃は、ただのリナおばさんであり、半年以上一緒に暮らしてきた仲のいい同居人だ。
アデリーナがセドナに到着すると、自然とピーナは王宮を訪れることが多くなった。
そんななかアデリーナは、以前からピーナに聞いておきたかった話を切り出した。
「……ところでピーナ。あなた、そろそろお母さんに会いたくないの? ここはもうスクエアじゃないから、いつでも自由に行動できるのよ」
ピーナがエルフ族の母親から離れて暮らしていることは、アデリーナが以前から心配していたことだった。
「お母さん……。ピーナ、お母さんに会いたい!!」
急に母親のことを思い出したピーナは、大粒の涙を流して泣き出した。忘れていた思いが溢れてきたのだ。
アデリーナは、急いでカズヤを呼び出して一緒に話を聞く。離れ離れになったピーナの母親と、どうやって会わせるのか相談するためだ。
「そうなると、エルフ族が住む場所を調べないとな。ピーナ、お母さんと離れた時の話を詳しく教えてくれるか?」
しばらくして泣き止んだピーナに向かって、カズヤが優しく尋ねてみる。
「……えっとね、森の外で一人で遊んでいたら、おじさんがいい物を見せてあげるって言うから付いていったの。用意された乗り物に乗ったんだけど、結局見せてくれなかったんだよ! 大人が嘘ついたら駄目だよね!」
あまりに単純な誘拐話に、カズヤとアデリーナは頭を抱える。
なぜ子どもはこんな簡単な手に引っかかってしまうのか。警戒心が足りないにも程がある。
「それで、そのおじさんのことや、元の家の場所は知っているのか?」
「全然知らないおじさんだよ。家がどこにあるのか忘れちゃった」
アデリーナは頭を抱えたまま顔を上げられなかった。
これでは埒が明かない。
「雲助、ピーナと出会った時の様子を教えてくれよ」
「いいけど、おいらも大したことは知らないぜ。エルフの里から遠く離れた場所で、一人で泣いているピーちゃんを見つけたんだ。そこから一緒にいるだけだぜ」
「おじさんたち、ピーナが途中で降りたいって言っても降ろしてくれなかったんだよ。だから、たくさん泣いたの」
「リナ、この世界に奴隷制度はあるのか?」
「隣のゴンドアナ王国が有名だね。他の大陸では珍しくないようだよ」
カズヤが尋ねると、アデリーナは眉をひそめた。
エルフの子どもは美しく成長する。ピーナをさらって、高く売るのが目的だろう。
「じゃあ、ピーナはその人間たちの乗り物から、どうやって逃げ出したんだ?」
「うーんとね、ある日どうしても外に出たいって思ったら、身体が急に透明になったの。扉が開いた隙に逃げ出してきたんだよ」
そこで、ピーナの透明化魔法が発現したようだ。この事件をきっかけに身につけたのだろう。
ピーナが持つ不思議な魔法の一端が見えてきた。
「雲助、ピーナと出会った場所はどこなんだ?」
「スクエアの近くだぜ。ピーちゃんが楽しそうな建物があるから、入ってみたいって言ったんだ」
「あんな巨大で怪しげな建物が、楽しそうに見えたのか……」
カズヤにとってのスクエアは、魔導人形に奴隷として捕らわれていた恐ろしい施設だった。
しかし、そこにいつでも自由に出入りできるピーナにとっては、ただの楽しい遊び場だったのかもしれない。
そして、そこでアデリーナやカズヤと出会ったのだ。
「ピーナが住んでいた場所に心当たりはないか?」
「あるけど、オイラの口からは言えないな。エルフの里の場所を口外するのは厳禁なんだ。行ったところで、許可がなければ入れないしな」
どうやら雲助の方は、ある程度詳しい事情が分かっていそうだ。
「ステラ、その周辺にエルフの里は無いのか?」
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