019話 アリシアの研究室
「……カズヤさん、迎えの使者が来ました」
ベッドの脇に立っているステラが、寝ているカズヤに声をかけた。
いつの間にか自分の部屋で寝てしまっていたようだ。窓の外を見るとすでに日が落ちて暗くなっている。
(やはり、この世界は夢ではないのか……)
目が覚めるたびに現実を確認するが、元の日本に戻ってはいない。そろそろ、この世界で生きる覚悟を決めた方がいいのかもしれない。
(戻ることよりも、この世界に適応して生きていかなくちゃな)
もともと日本に未練があるわけではない。家族や友だちが多かったわけでも、仕事が楽しかったわけでもなかった。
過去のことより、いま自分の身に起きている現実に全力で向き合うほうが大切だ。
(それに、テセウスをこのままにはしておくわけにはいかない。自分やアリシアの為にも、奴のたくらみを暴く必要があるんだ)
人知れずカズヤは、この剣と魔法の世界で生きていく思いを強くするのだった。
宿屋の前には馬車が用意されていた。
王家の紋章や木彫りの紋様が通行人の視線を釘づけにしている。
カズヤとステラが迎えの馬車に乗ると、馬車は王宮に向かって街の中をゆっくりと進んでいった。
しばらくして、カズヤたちは王宮の門の前で降ろされる。
あまり豊かではないエルトベルクという小国のお国柄のせいだろうか。
門には細かな彫刻が施されていて威厳があるが、王宮の建物は豪華で壮大な造りという程ではなかった。
兵士の案内に従って門をくぐると、やがて広い中庭が現れる。
すると、こちらに向かって歩いてくる男の姿が、カズヤの目に入った。
「あ、あいつ……!」
それはテセウスだった。手には水晶玉のような物を持っている。
一気に警戒心が高まり、カズヤの身体がこわばった。
テセウスはにこやかな笑顔を見せながら、カズヤに近づいてきた。
「アリシア様に招待されたようだな。せいぜい食事を楽しんだらいい」
口元は上品に微笑んでいるが、目は笑っていない。
「……ただ、気をつけろよ。もし王宮で何かあったら、全てお前の責任になるんだからな」
すれ違いざまに不穏なセリフを残すと、テセウスは建物の中へ入っていった。
「ステラ、今の言葉を聞いたか」
「はい、集音センサーではっきりと聞こえました。全て記録しています」
「奴が王宮にいるのを忘れていたな。待ち構えているなら用心しないと」
「王宮にはボットたちが入れない場所がいくつかあります。何が起こるかわからないので注意してください」
以前話していた魔法障壁のことだろうか。
ここは王宮だから、それくらいの警備がされていても不思議ではない。
二人がそのまま中庭で待っていると、奥からアリシアがこちらに向かって歩いてきた。
その後ろにバルザードが護衛として続いている。
アリシアは晩餐会にふさわしい赤いドレスに身を包み、髪には宝石が輝く髪飾りが優雅に飾られていた。
魔物と戦っていた時の凛々しさとは違った魅力にあふれていて、周囲の視線を引き寄せずにはいられないほどだ。
そして研究室に案内してくれる為なのか、丸い眼鏡をかけていて知的な印象が強くなっている。
「待っていたわ、女の敵さん。……あら間違った、命の恩人さんだったかしら」
アリシアはあいさつ代わりに軽くジャブを放ってきた。
(頼むから、宿屋でのステラとの一件は早く忘れてくれ……!)
カズヤの背筋に冷や汗が流れる。
「二人が来るのを楽しみに待っていたのよ。まずは魔法について教えるんだったわよね、私の研究室に案内するわ」
アリシアに案内されて二人は王宮の中を歩いて行く。
廊下には絨毯が敷かれ、壁には細かな装飾がされていた。国王や王妃の肖像画が飾られており、質素ながらも存在感がある造りになっている。
アリシアのあとに従って階段を上っていくと、3階にある部屋に案内された。小さなバルコニーがついたこぢんまりとした部屋だ。
そこがアリシアの研究室になっていた。
しかし、カズヤが足を踏み入れようと床を見た瞬間、ギョッとして固まる。
部屋のあちこちに、足の踏み場もないくらい書類や魔石が散乱しているのだった。
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