182話 新たな国家体制
「剣聖殿、ふたたび私を呼びつけて何の用ですかな? あなたの方こそ、大人しく新皇帝に従う準備はできましたか。剣聖といえども、ルールには従ってもらわないと困りますな」
勝ち誇ったようなセルゲイ侯爵の横には、5歳ほどの少年が立っている。
おそらくこの少年が、王位継承権第1位にいるグラハムの息子なのだろう。
だがこんな小さな子どもが、広大なハルベルト帝国を治められるとは、とても思えない。
表向きには幼い皇帝を飾りとして立てて、実際の権力はすべてセルゲイ侯爵が握り、実質的に裏から支配するつもりだろう。
しかしフォンは、セルゲイ侯爵の要求にまったく動じていない。
「別にあなたたちの国のルールに従うつもりはありませんよ。私たちは私たちのルールで進めるつもりです」
「な、なんですと!? 上に立つ者が法律を破れば、国民に示しがつきませんぞ!」
「もちろん、それは分かっています。でも侯爵が仰っているのは、旧ハルベルト帝国の法律ですよね?」
「きゅ……旧ハルベルト帝国!?」
訳が分からずに、セルゲイ侯爵が当惑しているのが伝わってくる。
「私はこの地に、新たに新ハルベルト帝国を建国するつもりです。旧帝国とどちらに所属するかは、国民に選んでもらいましょう」
「な、何を言っている!? ここは既にハルベルト帝国が治めているのだ。そんな無法は許されないぞ!」
「それは旧ハルベルト帝国が定めた法律ですよね。私は新ハルベルト帝国の皇帝になって、新たな施策をどんどん実行していきます。それを見てどちらの国がいいか、国民に選んでもらえばいいんじゃないですか」
すでにある国家の中に、新たな国を建設する。
これがフォンとステラが考えていた方法だった。
セルゲイ侯爵が主張する法律や手続きは、旧ハルベルト帝国が作ったものだ。
だから、そことは関係のない新たな国家と法体系を作り、どちらの国に住みたいのか国民に選んでもらう。
それはカズヤの頭には一切浮かんでいなかった方法だった。
「そんな勝手な真似は許されないぞ!」
「セルゲイ侯爵こそ、僕が作った新帝国のなかでは勝手な真似はできませんよ。選ぶのは国民ですからね。あなたたちの旧帝国が国民の支持を得ているなら、別に問題ないじゃないですか」
「そんなめちゃくちゃな論理が通じるはずがない。とにかく、ここはハルベルト帝国の皇帝の間です。今すぐに立ち去らなければなりませんぞ」
「分かりました。それじゃあ、首都にある空いている建物を使って始めましょうか。お互い、国民の為になるような施策を進めましょうね」
穏やかに言い残すと、フォンたちは素直に別の建物へと移っていった。
そして、決して立派とはいえない建物を執務室に据えると、フォンが新たな施策を次々と発表する。
不公正な税制の改正。強制的な徴兵制度の廃止。不公平な身分制度の緩和。
どの政策も、国民からは驚きと喜びをもって受け入れられた。
こうなると、国民の多くがどちらの国につくのかは明らかだった。
利権を持つ少数の者たちは旧帝国に残ろうとするが、大多数は魅力的な制度をもつ新帝国の方へと流れていく。
新たな国に入りたいという民衆が、長い列を作るのも時間の問題だった。
最初のうちはステラが何百人もの手続きを同時にこなしていたが、やがて国民の中から事務手続きをする人物を手配して、新たな公務員組織を作りあげていく。
フォンとステラが組み上げた組織は、無駄がなく効率的だった。
もちろんこれらの施策を進められたのは、背後に剣聖とカズヤたちの武力があったからだ。
列に並ぼうとする民衆を邪魔しようとする侯爵の手下が現れたが、カズヤの一撃で鎮まった。
何度か思い知らせると、妨害する者はすぐにいなくなった。
「それにしても、どんどん集まってくるな。こんなにすぐに受け入れられるとは思わなかったよ」
「それだけ、現状に不満を抱えていた人が多かったんでしょう」
手続きをする民衆を見ながらカズヤがつぶやくと、隣にいるフォンが答えた。
「でもさ、少し疑問に感じていることもあるんだ……」
カズヤは後ろにいるステラに、かねてから思っていたことを尋ねてみる。
「いくら帝国だといっても、皇帝が独断で国を支配してもいいのかな? みんなで話し合って、国の在り方を決めていく方法もあると思うんだけど」
元の世界とはまるで違う専制君主制度に、カズヤはまだ慣れていなかった。
「マスターの話は民主主義のことですよね。残念ながらその仕組みは、国民がある程度賢くないとうまく機能しません。教育制度をととのえて国民の準備ができたら、徐々に移行していけばいいんじゃないですか」
「そうなれば、僕も皇帝の大役から降りることができますしね。まあ数十年はかかると思いますけど」
ステラの意見に賛同するフォンが、変わらない口調で答えるのだった。
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