181話 フォンの統治
皇帝グラハムを倒したあと、すぐさまアリシアたちはエルトベルク王国へと帰還してた。ハルベルト帝国と深く関わる意思がないことを示すためだ。
一方捕らえられたグラハム皇帝は、厳重に拘束されたまま牢屋へと連行される。
そしてグラハムが投獄されたことを確認すると、剣聖フォンは王宮の皇帝の間へと進んでいった。
その両脇には、ベネチアンマスクのような仮面をつけて、顔を覆い隠した男性と女性が続いていく。
女性の方はなぜかメイド服を着込んでいた。
皇帝の間には、すでにフォンによって呼び出された貴族たちが待ち構えている。
今までは皇帝のどんな命令にも忠実に従っていた剣聖が、武力によって皇帝を捕らえる――
この100年間で初めての出来事に、貴族たちは驚きを隠しきれなかった。
落ち着かない様子で、フォンの第一声を待っている。
「諸君、この場に集まってくれて感謝する。国を歪ませて民を苦しめ、戦火をあおった暴君グラハムは私が捕らえた。これからは、私がこの国を統治する!」
フォンの力強い宣言が、部屋中に響き渡った。
「な、なんと……。やはり剣聖が反旗をひるがえしたというのか……」
これまで政治に一切興味を示していなかった剣聖が、クーデターを起こしてまで帝国の統治に乗り出すとは、誰も想像もしていなかった。
帝国の貴族たちは、剣聖の強さに関して嫌というほど理解している。武力にまかせて支配されたら、剣聖にあらがえる者など一人もいない。
フォンの宣言に面と向かって異を唱える者はおらず、このまま受け入れられるかのような空気がただよった。
「おまちください、剣聖殿!」
しかし、沈黙を破る者が現れる。
その男は余裕を漂わせた足取りで、堂々とフォンの前に歩み出てきた。
「グラハム陛下が敗戦の責任を取って辞められるのは無理なきこと。しかし、あなたが皇帝の座に就こうとするのは、決して認められませんぞ!」
低く鋭い声が皇帝の間に響く。
それは、皇帝に次ぐ実力者・セルゲイ侯爵だった。
グラハム皇帝の実弟であり、皇位継承権第二位の有力貴族でもある。
「もし皇帝を変えるのであれば、正当な手続きを踏むべきでしょう。剣聖殿がどれほど強大な力を持っていようと、法と秩序を無視することは許されませんぞ」
説得力のある物言いに、その場にいた貴族たちもうなずいた。
フォンもすぐには反論しない。
一部の貴族による反発は、じゅうぶん予想できていたからだ。
このまま反対する貴族を武力で制圧するのは簡単だが、そのやり方に反発する国民も出てきてしまう。それでは平和に統治しようという目的から外れてしまう。
フォンは、セルゲイ侯爵の発言を黙って聞いていた。
「それにしても剣聖殿。今回の言動は、今までの印象と随分違っていて驚かされましたぞ。まさか、そこの怪しげな連中にそそのかされた訳ではありませんな?」
セルゲイ侯爵の目は、フォンの両脇にいるマスク姿の怪しい男女に向けられる。
「いずれにしても、グラハム皇帝の次には王位継承権第一位の御子がおられます。すぐに次の皇帝に即位する手続きを進めますぞ」
悠然と宣言すると、セルゲイ侯爵は自信たっぷりに皇帝の間から出ていくのであった。
*
「いやあ、慣れない口調で話すのも大変ですね」
全ての貴族たちを退出させると、フォンは苦笑いしながらつぶやいた。
「そんなことないぞ、なかなか堂々としていたじゃないか」
ベネチアンマスクを外した男性が、慰めるように微笑んだ。
「帝国を統治するには、あのセルゲイ侯爵とやらが邪魔になりそうですね」
同じくベネチアンマスクを外した、メイド服の女性が指摘する。
もちろん、二人はカズヤとステラだった。
フォンにハルベルト帝国の統治をお願いしたが、たった一人で治めるのは難しいかもしれない。
そこでカズヤとステラは素性を隠しながら、しばらくの間フォンを手伝うことにしたのだ。
とはいえ、仮面をつけた凡庸な男と、特徴的なメイド服を着た青髪の女性。
見る人が見れば、すぐに正体がバレる程度の変装だった。
「それにしても、侯爵のいうことも一理あるように聞こえてしまうな。法律を無視してフォンが強引に即位したら、国民がついてこないかもしれない。民意に背いて治めるのは、長い目で見ると良くないよな」
侯爵の発言には筋が通っていて、敵とはいえ真っ向から反論しづらい。
さっそく大きな問題に直面してしまい、カズヤは悩まし気に嘆息した。
「別に反対派が現れるのは予期していたことです。セルゲイ侯爵の発言も想定の範囲内です」
しかし、ステラにあわてた様子は見られない。
王位継承権を主張して次の皇帝に即位しようとする動きは、むしろ当然といった口ぶりだ。
「要するに、彼らとは違った方法で国民を納得させられればいいんですよね」
カズヤの心配に対して、フォンものんびりとした口調で返す。
「確かにその通りだけど、何か方法はあるのか? グラハムの次に即位する人物が法律や規則で決まっているなら、覆すのは難しいじゃないか」
「特に問題ありませんよ。明日セルゲイ侯爵をもう一度呼んで、彼に判断してもらいましょう」
特に何でもないことのように、フォンは淡々と答えるのだった。
読んで頂いてありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、このページの下の『星評価☆☆☆☆☆→』と、『ブックマークに追加』をして頂けると、執筆の励みになります。あなたの応援が更新の原動力になります。よろしくお願いします!




