018話 side: アリシア
―― テセウスに心を許すな ――
アリシアはその言葉を改めて思い出した。
父に理由を尋ねても教えてもらえなかった。本当は誰にも話してはいけなかったが、バルザードにだけは伝えてしまったのだ。
その言葉の真意は何だろうか。
もしテセウスが怪しいとわかっているのなら、なぜ父はそのまま騎士団長に任命しなければいけなかったのか。
国の最高権力者である国王が、そんな行動を取らざるを得ない事情がまったく思い浮かばなかった。
「カズヤの言う通りだとしたら、テセウスが私の命を狙っている可能性もあるのね」
「もし本当なら絶対に許せませんが、目的がよくわからないですぜ。裏で何かを企んでいるのか……カズヤの奴はそれを訴えたいのかもしれませんな」
アリシアはおでこに手をあてて、じっと考え込む。
「まあ、姫さん。今日は色々なことがあり過ぎました。考えて答えが出る問題でも無いですぜ。どちらにしてももっと証拠が必要です。念のため信頼できる騎士にもそれとなく聞いておきましょう」
バルザードが労いの言葉をかけると、一礼して部屋から出ていった。
確かに森の中でカズヤと出会ったときから、様々な出来事が大きく動きだしたような気がしていた。
メイドが近寄ってきて晩餐会用のドレスの支度をする。
気がつけば、アリシアは今日の出来事を思い返していた。
*
見たことがない魔物が森にいる。
そんな報告を受けて、私は騎士団と共に偵察に向かった。そこで出会ったカズヤはとても不思議な人物だった。
名前が珍しいのでこの辺りの出身では無さそうだ。そもそも自分がどこにいるかもわかっていない。
だが、記憶喪失かと思ったら共通語を流暢に話している。警戒心が湧かなかったかといえば嘘になる。
しかしブラッドベアに襲われたとき、魔物の注意を引いて助けてくれた。何の武器も持たずにオークから逃げていた人が、ひとりでブラッドベアを倒せていたとは思えない。
カズヤは命をかけて、見ず知らずの人間を助けたのだ。
そんな勇気がある人は決して多くない。その時に私は、この恩には必ず報いたいと心に誓った。
すぐに仲間と合流して駆けつけるが、カズヤを見つけることができなかった。ブラッドベアに襲われて生き延びることは難しい。
実は生きていることを、ほとんど諦めていたのだ。
その後突然、魔物の大群の襲撃を受ける。
大量の魔物に苦戦していた時、再びカズヤが現れた。しかも今度は、一撃でオークを倒すほどの魔導具まで持っている。
一緒にいたステラという女性はもっと凄まじかった。
ブラッドベアをあっさり倒してしまったのだ。彼女の実力はSランク以上かもしれない。
そしてついには、あのカズヤもブラッドベアをひとりで倒してしまった。最初に出会った時とは別人のような動きだ。
この時から、カズヤへの興味は尽きなくなった。
街のみんなと同じ服を褒められたのも嬉しかった。前から一度着てみたいと憧れていたのだ。
カズヤが政治の話を当然のように理解していたことにも少し驚いた。普通の国民は政治や経済の問題を何とかしようとは思わない。
おそらく、ああ見えても育ちがよく教養があるのだろう。
カズヤから両腕の傷痕を褒められたときは、実はとても嬉しかった。
ひどい傷痕を見せれば、相手に不快な思いをさせてしまうかもしれない。それが怖くて普段は見せないように隠していた。
王族の傷痕なんて、誰も話題になんかしたくない。今までは火傷に気がついても、見て見ぬふりをする人がほとんどだった。
でもカズヤは、病と戦った証拠だと褒めてくれた。
おべっかを使ったわけでも気を使ったわけでもない。自然と口からこぼれてきた言葉だ。
この傷痕はお母様と一緒に病と戦ってきた大切な証拠だと、あらためて思い出させてくれた。
これが友だちというものかもしれないと思うと感慨深かった。王女としても、飾り気のない対等な関係が嬉しかったのだ。
それでも、カズヤがテセウスに襲われたという訴えは、私を戸惑わせた。
カズヤのことは気になるし、この世界にはいない種類の人間。彼らの知見から学ぶことも多い。出来ることなら、この国に長く留まっていて欲しいと、心から願っている。
それにしても、カズヤとステラの普通ではない関係とは何なのか。
宿屋では思い切って二人の関係を尋ねてみた。
カズヤの説明には納得していない。
男女の間で私が知らない特殊な関係なんてあるのだろうか。そういう話題に疎いから知らないだけなのか。
とにかく二人のことが気になって仕方ないのだった。
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