177話 追放
鋼鉄の鎧が擦れる音、剣が抜かれる音。
敵の騎士が、一斉にシデンに突撃してきた。
「……遅い!」
だが、シデンは動じない。
騎士が振り下ろした剣を紙一重でかわす。一歩踏み込み、風を切る音とともに一閃。
騎士がもつ短剣が吹き飛んだ。
すぐさまシデンは、剣の柄の部分で相手の胸元を突き上げる。
「ぐああっっっ!」
騎士は膝をついてその場に崩れた。
背後から斬りかかる騎士に、シデンは振り返ることなく剣を振る。
「その程度か!」
鋭い刃先が短剣を弾く。剣撃はそのまま胴鎧に直撃し、相手は後方へ転がり落ちた。
さらに別の騎士が突き出した剣を、シデンは簡単に受け止める。
鍔迫り合いの中で一瞬の隙を突き、相手の腹を柄で打ち抜いた。
「どうした? この程度の実力で俺に向かってきたのか」
涼しげな瞳で敵を見据えるシデンに、騎士たちは誰一人として近付くことができなかった。
「やはり剣では歯が立たぬか、それならば……」
すると、主教が手を胸元に触れた。
それに続くように、周囲のサルヴィア教会の神官たちも同じ動きを見せる。胸元のネックレスに触れるその仕草に、シデンの警戒心が一気に高まった。
「何のつもりだ?」
シデンが問いかける間もなく、主教は薄く笑みを浮かべた。
その瞬間、教会員たちが身に着けていたネックレスがまばゆい光を放ち始めた。それぞれの光が繋がりあい、魔法陣のような紋様が浮かび上がる。
その光が眩しいほどに強まった。
「魔導兵器か! 面白い、防いでやろう」
魔法陣から放たれた魔力の弾丸が、シデンに向かって襲いかかる。
激しい炸裂音が広間に響き渡った。
だが、その一撃はシデンの前でたやすく止められる。
まるでイグドラがいたときと同じように、大盾を構えた重鎧の騎士――兄のプラクトが立ちはだかっていた。
盾に当たった魔力弾は霧散し、周囲に火花を散らして消えていく。
「いやあ、俺がいないと危なかったな。シデン」
盾に走る衝撃が消えると、プラクトはのんきに笑いながら振り返る。
「神官の装飾品は、武器に変形するから気を付けろと言うのを忘れてたよ」
「ふん、お前のことだ、分かってて言わなかったのだろう」
シデンは呆れた顔で突っ込んだ。
「まあ、結果的に問題なしじゃないか。俺がいれば、こういうことも何とかなるんだ」
プラクトは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
最後の切り札を防がれたことで、サルヴィア教会の兵士たちは完全に戦意を喪失した。
神官は肩を落とし、部下に武器を置くよう指示するしかなかった。
「全員拘束しろ!」
シデンの指示により、タシュバーン皇国の騎士団によって教会の兵士たちは次々と捕らえられたのだった。
*
タシュバーン皇都の王宮前広場には、大勢のサルヴィア教信者と民衆で埋め尽くされていた。
その中心に立つのは、タシュバーン皇国の皇太子シデン。その隣には重鎧騎士である兄プラクトと、黒耀の翼のゼーベマンとリオラが控えている。
シデンは冷たい視線を広場全体に向け、不正の証拠である文書を高々と掲げた。
「この計画書は、サルヴィア教会がアビスネビュラと結託し、タシュバーン皇国を支配しようとしていた揺るぎない証拠だ!」
シデンの声は鋭く、広場の隅々まで響き渡る。
群衆のなかで、大きなざわめきが波紋のように広がっていく。
信者たちは動揺し、教会の代表である主教に視線を向けた。しかし主教はうつむいたまま、何も言葉を発しない。
「サルヴィア神への信仰を掲げておきながら、この国の秩序を乱すような行為を許すわけにはいかない。よって、サルヴィア教会およびその騎士団を、皇国から追放することを宣言する!」
その力強い言葉とともに、広場は静まり返る。
信者たちは何か言いたげに口を開きかけるが、提示された証拠の前に反論することができない。教会への信頼は完全に崩れ去ったのだ。
数日後、サルヴィア教会の神官と騎士団は国外へと追放されたのだった。
謁見の間に戻ったシデンは、父である皇王の前に跪いた。
「皇王の勅命、たしかに果たしました。皇国の安寧を脅かす者は一掃されました。これで皇国の秩序は守られるでしょう」
シデンの言葉に皇王は静かにうなずいた。
その眼差しは、成長したシデンに対する深い信頼を感じさせるのだった。
「シデン、俺を黒曜の翼に入れる話はどうなったんだ?」
報告を終えたシデンに、プラクトが近付いてくる。
「お前は本当に物好きだな。黒曜の翼に加わるなら、俺の指揮下に入るんだぞ」
「もちろんだ」
間髪入れずに返答するプラクトに、シデンは観念したようにうなずいた。
「分かった、今日からお前が黒曜の翼の盾役だ。入ったからには、敵の攻撃を俺たちに指一本触らせるな」
「ああ、任せてくれよ」
こうして王族であるプラクトが、黒曜の翼に入ったのだ。
シデンは静かに決意を固める。
「イグドラ……お前の意志は、必ず俺が受け継ぐ」
こうしてシデンと黒耀の翼は、次なる戦いに向けて動き出すのであった。
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