017話 禁句
「あの……ザイノイドにも心ってあるのかな? ステラを見ていたら人間とほとんど変わらない気がするからさ」
しかしカズヤが言い終わるやいなや、ステラの動きが止まった。
「私は……ザイノイドにも心があると思っています。しかし、ザイノイドには人間の心を模倣したプログラムが予め入っています。ですから楽しさや嬉しさを感じたとしても、それが本当に私の心なのかプログラムなのかわかりません」
いつもと違って声が少しかすれていた。
ステラの瞳がまっすぐにカズヤを見つめ返す。その視線には、普段の冷静さとは違う、どこか揺れるような光が宿っていた。
「それじゃあ、メイド服やバルザードが好きだったりというのは……」
カズヤが口ごもりながら尋ねると、ステラは無言のまま小さく頷いた。
その仕草には、不安と迷いが入り混じっている。
ステラ自身、そういった感情が本当に自分のものなのか、ただのプログラムなのかわからずに戸惑っているのだ。
尋ねてはいけないことを、言ってしまったのかもしれない。
カズヤの額から嫌な汗が流れ落ちる。
「ただ、生き物でなくても知能が高くなると、自然と自我を持つ者が出てきます。私は、この感情が自分の心そのものだと信じたいのですが……」
ステラが自信なさげにつぶやいた。
超科学力を持つステラが”信じたい”という願望混じりの言葉をつかうことに、いたたまれなさを感じる。
確かに日本でも、古い人形に魂が宿る場合があるという話を聞いたことがある。これほど精巧なザイノイドなら、魂が宿っていても不思議ではないのかもしれない。
だが、そんな話を口にしたところで、ステラにとって何の気休めになるというのか。
部屋に妙な静けさが漂った。
適切な言葉が見つからず、新たな話題を口にするのもはばかられる。
「……隣の部屋にいますね。何かあったら呼んでください」
静寂を打ち消すようにステラの方から切り出すと、淡々とした足取りで扉を開け隣の部屋へと移動していった。
「ふうっ……」
カズヤは大きな息を一つつく。
思いがけず、重大な領域に足を踏み込んでしまったことを後悔した。
ステラを見ていると、よくわかる。
ザイノイドはただのロボットではないのだ。
椅子に座ると、これまでに起こったことが自然と思い出されてきた。
川辺で倒れていた所から始まって、魔物や見知らぬ男に殺されそうになり、墜落した宇宙船でステラに助けられ、魔物と戦った後にアリシアやバルザードと初めての街を観光した。
あまりの出来事の多さに圧倒されてしまう。
「これは現実なのか、ただの夢なのか……」
カズヤの考えはまとまらない。
吸い込まれるようにベッドの上で横になると、いつの間にか意識を失うように眠ってしまった。
*
護衛であるバルザードは、アリシアの自室の入口に考え深そうに立っていた。
バルザードの頭にあるのは、カズヤとステラのことだった。
「それにしても、あの二人は何とも不思議ですな。世界中を旅してきましたが、今までに出会ったことが無い人種ですぜ」
「本当ね、私も初めてだわ。それよりも、カズヤが言うようにテセウスが襲った可能性はあるのかしら?」
アリシアは、いまだに迷っているといった表情で問いかけた。
「今までの言動を見る限り想像できないですがね。ただ、カズヤが言うようにテセウスには俺や姫さんが知らない一面があるのかもしれません。あいつがなぜ騎士でも無いのにいきなり騎士団長になれたのか、当時は文句を言う奴もいましたから」
「お父様は、強力な推薦を受けて間違いのない人選だと言っていたわ。その後の行動や実力で証明したと思っていたけど、いったい誰の推薦を受けたのかしら?」
「陛下に推薦できそうな人物は、国内では思い当たりませんなあ。まあ、俺が政治に疎いだけかもしれませんが」
陰湿な駆け引きが必要な政治は、バルザードにはもっとも苦手な分野だった。
アリシアはもう一度、カズヤの主張を思い出した。
カズヤはテセウスに襲われたと言っていた。カズヤが嘘を言って、初対面のテセウスを貶めるメリットは無いと思われる。
もし、裏で人を襲ったり脅したりする暴力的な言動が、テセウスの本性だとしたらどうだろうか。
テセウス騎士団長とは二年近くのつき合いがあるが、会ったばかりとはいえ二回も命を救ってくれたカズヤを信じたい気持ちも強かった。
「まあ、誰にでも表と裏の顔はありますぜ、騎士団長にもなる人物なら尚更です。敵と味方で見せる顔は大きく違うでしょうから」
バルザードの言うことはもっともだと思う。
ではなぜ、初対面であるはずの二人が敵対する関係になったのか。カズヤの話している方に、信憑性がある気もしてくる。
「あと、姫さん。あいつらの前では言えなかったのですが、以前の陛下の言葉を考えると……」
「そうなの、そのことを思い出すと猶更ね」
実は二年前にテセウスが騎士団長になったときに、父親である国王からこっそり耳打ちされた言葉があるのだ。
―― テセウスに心を許すな ――
アリシアはその言葉を改めて思い出したのだ。
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