166話 空白の一年
前田たちはこの1年で起きた世界の出来事を思い返すが、特段報告するような大きなニュースは思いつかなかった。
芸能やスポーツで起こった出来事も、興味がない人には取り立てて伝えるような内容ではない。自然災害や戦乱は相変わらず世界中で起こっていたが、明るいニュースは特に思い当たらない。
この1年間は平凡な日常が続いていたといえる。
「……そうか。まあ、俺がいなくたって世の中は変わらず動いているんだから、もう気にすることはないのか。家族も別居している父親くらいしかいないしな」
その男性は一瞬だけ寂しそうな表情を見せたが、すぐに元気を取り戻した。
「あの、キリヤマさんはこの世界では身分が高いんですか? 家来のような女性を従えていたり、お姫様のような人達とも気安く話せているので」
「僕のことはカズヤでいいですよ。この世界でキリヤマって呼ぶ人はいませんし」
この世界では名字を名乗らないのか、それとも友人間では下の名前で呼ぶ関係性なのか。
初めて会った男性をいきなり下の名前で呼ぶことに、前田は少し気恥ずかしさを感じた。
「それと、別に僕の身分が高い訳ではありませんよ。ここにいるみんなは、そういう身分とかを気にしなくてもいい仲間という感じですかね。たとえばこの赤髪の女性は王族なんですけど、身分を気にせず親しくしてくれる人なんですよ」
「※※※※※※、※※※※」
自分のことを話していることに気が付いたのか、赤髪の女性がこちらを見てにっこりと微笑む。
その表情も、やはりとても綺麗だった。同時に「変なことは言わないでよ」とでも言いたそうな雰囲気だ。
「それと、こっちの女性も別に家来ではありません。彼女は、ええと……。説明すると長くなるのですが、普通の人間とは違ってちょっと特殊なんです。今となっては僕もそうですし彼女なりの事情があるのですが、僕にとっては大切な仲間です」
「……話を遮ってすまないが、彼らと会話できるということは、君はこの国の言葉が話せるんだね?」
しばらく黙って話を聞いていた佐藤課長が、耐えきれずに質問した。
「はい、学んで話せるようになりました。わりと時間がかかりましたけどね。英語学習みたいなものです」
「あの、僕からも質問があります。ここからどうやったら日本に帰れるんですか?」
続いて鈴木が質問する。
もちろん、前田も佐藤課長も一番気になる質問だ。全員がカズヤの回答に耳を傾ける。
「ええと、それはですね……」
カズヤは即答しなかった。
どのように答えようか悩んでいるようにも見える。前田は嫌な空気が流れ始めていることを感じた。
「……すみません。皆さんに残酷なことを伝えなくてはいけません。僕はすでに、この世界に来てから1年以上経っているのですが、未だに帰る手段を見つけていません。帰る方法はあるのかもしれませんが、少なくとも今のところ分かっていません」
カズヤの口から出たのは、前田たちにとっては聞きたくもない恐ろしい返答だった。
前田アカリにも佐藤課長や鈴木にも、当然のことながら日本には家族も友人もいる。
彼らに何も伝えずにこんな所に来てしまった。
それは全員同じだ。
当たり前だった日常に急に戻れなくなる恐怖は、これほどまでに冷たく残酷なのか。質問した鈴木も、ショックを受けて言葉を失ってしまう。
「その代わり、と言えるかはわかりませんが、皆さんがこの世界で無事に暮らせるような手配はします。特にここは良い国です。皆さんを悪く扱う人はいないでしょう。悪いことにはならないように僕も協力しますので」
佐藤課長も鈴木君も同じように黙り込んでしまった。
想像したくない1番恐ろしい答えだった。それでいて、1年も前にここに来た人が帰れないと言った言葉には、納得せざるを得ない説得力があった。
「マスター、お話中失礼いたします。緊急でお伝えしたいことがあります」
隣で黙って話を聞いていた人形のような青髪の女性が、なんと日本語でカズヤに話しかけた。
3人にも聞かせるように、わざと日本語を使ったようにも聞こえる。
「彼女も日本語を話せるのかね!?」
この世界でなかなか出会えなかった日本語の話し手が二人もいることに、佐藤課長は驚愕していた。
「彼女も日本語を話せますよ。30分ほどで学習してしまいました。彼女はとても賢いんです」
カズヤはすぐに女性の方へ向き直る。
「それで、緊急の知らせって?」
「ラグナマダラがこちらに向かっています。このまま進んでくると、間もなくセドナ上空に着く計算です」
「なんだって!? もし街が襲われたら大変だ。たとえ倒せなくても最低限追い返さないと、大変なことになるぞ。住民を避難させよう」
それまで冷静だったカズヤは、青髪の女性の報告を受けて慌てて皆に声をかける。
平和だった部屋の中が、急に慌ただしい雰囲気に包まれた。
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