160話 不審な転移物
テッドは妹をかばって地面に伏せると、目をぎゅっと閉じる。
すると二人が地面に倒れ込むとほぼ同時に、ザシュッという何かが肉を突き抜ける音が響いた。
目を開けると、二匹のゴブリンが血を流して地面に倒れている。
そして遠くから、かすかな声量で誰かの声が聞こえてきた。
「……マスター。私が言った通り、さっさと銃で倒せばよかったじゃないですか。いっそのこと、大規模に砲撃でもよかったです」
冷たいが、それでいて凛とした女性の声だ。
その声色を聞いていると、テッドたちも不思議と落ち着きを取り戻した。
「遠くから銃を使って子どもに当たったら危ないじゃないか。森は視界が悪いから、人間や動物が隠れているかもしれないんだぞ」
「周囲の情報くらい、ボットたちから入手していますよ。このくらいの距離で外すなんて、あり得ません」
この状況では不釣り合いなマイペースでどこか優しい印象を与える男性の声と、自信と冷静さが混じった女性の声が聞こえてくる。
「おい、ゴブリンども! こっちだぞ!」
さっきとは違って、はっきりと近くで声が聞こえる。
……声の主は、なんと上空にいた。
テッドが空を見上げると、空飛ぶ馬のような乗り物から、木々の合間を縫って男性が飛び降りてきた。
その姿をはっきりと捉えたテッドは、思わず名前を呼んでしまった。
「カ、カズヤさん……!?」
テッドはその男性のことをよく知っていた。
自分たちが住んでいる新首都セドナ建設の中心的な人物――カズヤだった。
この地方では珍しい黒髪と黒目。エストラの崩落からゴンドアナ王国やハルベルト帝国との戦争のときまで、冷静な判断力と勇敢さでエルトベルクを守った子どもたちの英雄だった。
多くの住人がエストラからセドナへ無事に移住できたのは、国王や王妃、アリシア姫のおかげなのは当然だ。
それと同じ様に、カズヤにも感謝するように両親から何度も聞かされていたのだ。
カズヤは子どもたちのなかでも、特に男の子たちから人気だった。一度挨拶を交わしたことがある少年は、「すごく格好よかった」と、得意気に話していたものだ。
ということは、上空の乗り物に乗ったままの青髪メイド服の女性はステラさんで間違いない。
救国の英雄である二人が駆けつけてくれたのだ。
テッドはすでに、ゴブリンに襲われる恐怖から解放されていた。
もはやキラキラ光る不思議な物やゴブリンよりも、カズヤたちの活躍を間近で見られることに興奮している。
ゴブリンたちが仲間を殺された恨みで襲い掛かってくる。
その攻撃をカズヤは電磁ブレードで楽々と撃退していく。一方的な戦いぶりで、ゴブリンたちは成すすべもなく数を減らしていった。
上空にいたステラも、ウィーバーに乗ったまま正確無比な射撃を披露した。
ゴブリンたちの頭を狙い撃ちすると、生い茂る樹の陰や岩の後ろにいるゴブリンたちをも貫いた。
カズヤたちが助けてくれたお蔭で、30匹以上いたゴブリンの群れはあっという間に散開して逃げていった。
そんなゴブリンたちを、カズヤは深追いしなかった。
「大丈夫か、怪我はないか? 悪い、怖い思いをさせたな。間に合って良かったよ」
「すごい、カズヤさんですよね! 握手して下さい!」
憧れだったカズヤに話しかけられて、テッドは有頂天だ。
「ああ、それはいいんだけど……。どうして、子どもだけで森の中にいるんだ?」
「それは……」
差し出されたカズヤの右手を握りながらテッドが口ごもる。
そして、妹が見たというキラキラ光る不思議な物について話しはじめた。
「……えっと、多分、こっちだったと思うんですけど」
再び妹が先頭に立って森の中を進む。
すると、そこには金属でできていると思われる明らかに場違いな物体が、堂々と樹の前に置かれていた。
大人の男性の胸辺りくらいの高さがあり、横幅は大人二人分くらいの大きさはある。
「……こ、これは!?」
「マスター、何ですかこれは? このような人工物は見たことありませんが」
それを見たカズヤが、驚愕した表情で固まる。
後ろに付いていたステラが、不審な物を見るような目つきでつぶやいた。
「いったいなぜ、こんな所に……!?」
カズヤは絶句して口を開けたまま、ステラの質問に答えない。
この物体の正体が何なのか、カズヤだけが分かっているようだ。
「……とりあえず、これについては後から調べよう。君たちはセドナに住んでいるんだろ。ご両親が心配しているだろうから家まで送ってあげるよ。森の中に入ったことは秘密にしてあげるけど、二度としないようにな」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
思いがけず憧れのカズヤの乗り物に乗れることになって、テッドと妹は大はしゃぎだった。
しかし喜ぶ二人の姿をよそに、ステラが緊張感が漂う顔でカズヤに報告する。
「……マスター、例の魔物が先程よりも近いところを周回しています。鉢合わせしないように、遠回りでセドナに帰りましょう」
「そうか、ついにこんなところにまで現れたのか。分かった、急いで移動しよう」
カズヤのウィーバーの後ろにテッドが乗り、ステラの後ろに妹が乗った。
先ほどまでとは違い、カズヤたちに緊張感が漂っていたことに子どもたちは気付かなかった。
テッドはこの日の出来事を、友達に自慢することだけを考えていた。
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