153話 グラハムの妄想
皇帝グラハムはこの上なく満足げな表情で、ハルベルト帝国へ向かって飛ぶ宇宙船に乗っていた。
「なんて素晴らしい乗り物だ! これがあれば他国を空から攻撃することもできるのではないか!?」
「壊れかけているので飛ぶだけで精一杯です。戦闘に使うことはできません」
グラハムの独り言に、ステラが感情を無くした声で答える。
「ハハハッ、分かっておる。貴重な船だ、無理はさせん。ハルベルトについたら宮殿内で大事に保管しよう。そして、お前たちの”かがく”とやらを全部利用してやるぞ」
望み通りの戦果をあげられて、グラハムは上機嫌だった。
ステラの忠告など気にも留めていない。
宇宙船がもつ能力は、この世界では信じられないようなものばかりだ。
軍事力の増強に人一倍目がないグラハムにとっては、喉から手が出るほど欲しかった戦力だった。
「では、まずは各国の通貨を偽造してみせろ。そうすれば、富を築きながら他国も混乱させられる。賢い作戦だろう?」
「通貨の偽造は星間法で禁じられています。たとえ、その星の現地通貨であってもです」
「黙れ! そんなくだらない法律などどうでもいい。できるかどうかと尋ねているのだ!」
「……可能です」
小さな声でステラが答える。
強制力が働くと、どんな理不尽な命令であっても反抗することができなかった。
「この本船には、フォンが乗っていた船より多くの機能が備わっていると聞いている。反抗的な国には、人工的な災害でも起こしてやろうか。こんな技術を知らない奴らには勝手に起こったとしか思えないだろう」
グラハムは嬉々として下卑た想像を口にする。
「それに、病気になった身体を完全に治療できるというではないか。他の人間の健康な身体を、儂に移植することもできるのだろう? 若さだけなら子どもの身体でも使ってやろうか」
「同意を得ずに、他人の臓器を利用することは星間法で禁じられています。ましてや子どもの身体は最大級の保護を受けています」
「そんな話は聞いていない! 可能かどうかを訊いているのだ」
「……可能です」
唇をかむように、悔しそうな表情でステラが答える。
「まあ、まず実際に移植が可能なのか、他の人間で試してからの方がよいか。儂の身に何かあったら大変だ。他の生物同士をかけ合わせて、より強靭な魔物を造ることも出来そうだな」
グラハムは自身の妄想に、一人悦に入っている。
「……いや、それよりも儂自身がザイノイドとかいう身体に変わる方が有益か。自分自身が強くなれば、恐れる物など何もなくなるぞ」
もはや、ステラは何も言わなかった。
反応することにすら激しい嫌悪感を感じていた。
「これでアビスネビュラでの儂の地位も上がるに違いないぞ。やっとアビスネビュラのトップの顔を拝める。……いや、それとも儂がトップになってやろうか。これだけの力があれば、もはや奴らに従う必要など無いかもしれん」
ここまでの話を聞いていたステラの頬に、一筋の涙がつたった。
下品な男の妄想を聞いて悲しくなったのではない。
かつてマスターだったカズヤが、このような要求を何一つ求めなかったことに気が付いたのだ。
遷都や戦争でエルトベルクの経済が苦しくなっても、カズヤは通貨を偽造しようとは言わなかった。
魔石のリサイクルや魔導具を造って産業をおこし、正当な方法でエルトベルクの経済を建て直そうとしていた。
カズヤは命に関わる大怪我をした時も、他人の身体を利用しようとは考えもしなかった。まして、子どもの命を奪うなんてもってのほかだ。
それどころか、ザイノイドになって強大な戦闘力を手に入れたことに恐怖心を抱いていた。人間としての心が変わってしまうことを何よりも恐れていたのだ。
今のグラハムと同じだけの権限を持っていたカズヤは、グラハムの妄想を全て実現することも可能だった。
しかし、そのどれ一つも望まなかった。
カズヤは自分のことを平凡な男だと言っていたが、そんなことは無かった。
自然とみんなの幸せを考え、自分の欲望を抑える稀有な能力を持っていたのだ。
ステラは、そんなマスターに仕えていたことに改めて気付いたのだ。
カズヤの人間性に好感をもち自ら望んで仕えてきたが、この醜い男との比較によってカズヤの特殊性を再び実感したのだ。
ステラの涙が止まらなくなる。
「貴様は何を泣いているのだ。お前の指揮官が、あのクズのような男から儂に変わったことを感謝するがいい。まずは、フォンの身体を直しておけ。腕が動かないだの目が見えにくいだの、剣聖のくせに使えない男だ」
「……ッ!!」
ステラは目をつり上げてグラハムを睨みつける。
その言葉は、ステラの心を激しく刺激した。
マスターだったカズヤのことを馬鹿にされ、ステラの中に今までに感じたことが無いような強烈な闘争心が湧いてくるのだった。
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