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152話 別れの言葉


 これ以上抵抗できないと諦めたフォンは、目をつぶりながら指示通りに宇宙船の操作を開始する。


 墜落した宇宙船に新たな任務が加えられた。


 任務の内容はどうでもよかった。問題は、誰が次の指揮官になるかということだ。作戦の指揮官になれるのは人間種として生まれた者だけだ。


 この宇宙船の前任の指揮官はカズヤで、人間からザイノイドに変わった今でも指揮官になることは可能だ。


 だが、もちろんグラハム皇帝がそのような指示をするはずが無い。



「……次の指揮官に、グラハム皇帝を任命します」


 抑揚のない声でフォンが宣言した。


 ついに、グラハム皇帝が宇宙船の指揮官に任命されてしまったのだ。



 さらに指揮官がクライシス・モード《危急情勢》を発動すれば、この宇宙船に所属する全てのザイノイドに強制的に命令することが可能になる。


 クライシス・モード《危急情勢》をいつまで継続するかは、指揮官の意のままだ。



 すぐさまグラハム皇帝が、辺りに響くような大声をあげた。


「指揮官権限としてクライシス・モード《危急情勢》を宣言する! 儂に逆らう奴がいるなど、天地がひっくり返ろうと許されることではない。全てのザイノイドは儂の命令に従うのだ!」


 それは、ステラの指揮権がグラハム皇帝に移るということを意味していた。



 ステラの行動が停止する。


 ステラの指揮権が、カズヤからグラハムに移ろうとしている予兆だった。



「い、いやです! マスターが変わるのだけは絶対にいやです……!!」


 行動を停止したはずのステラから涙がこぼれる。


 カズヤは、ステラの悲痛な泣き声を初めて聞いた気がした。



「操作をやめろ!!」


 カズヤは作業中のフォンに攻撃するが、またも弾かれてしまう。


 ザイノイドとしての圧倒的な戦力差は、無情にもこの状況下にあってもくつがえることはなかった。



「ステラ!!!!」


 カズヤの呼びかけに、ステラがわずかに反応する。


 ステラが苦しそうな表情でカズヤを見つめる。指揮権の書き換えに必死で抵抗しているように見えた。


 しかし、その抵抗も長くは続かない。


 プログラムされた冷酷な命令が、ステラを支配していく。



 ステラがカズヤに何か言いたげな表情を見せるが、一度は諦めたように視線を落とす。


 だが、何かを決意したかのように再び顔を上げる。


 この機会を逃したら二度と話せないかもしれない。


 グラハムの支配下に入ってしまったら、二度とカズヤに会うことができないかもしれないのだ。



 ステラは再び思い切って顔をあげると、最後にカズヤに伝えるべき言葉を口にしようと試みる。


 発声センサーが思い通りに働かない。


 緊張で言葉が震えている。



「マスター、愛してます……」



 最後の力をふり絞って、ステラが自分の想いをカズヤに伝えた。


 それは、今までに聞いたことが無いくらい弱く、か細い声だった。


 いつものカズヤへの悪態やいたずらも、ステラの愛情が込められたものだった。


 ステラの想いが痛いほど伝わってくる。



「……これで、指揮権の移譲は完了しました。ステラの指揮権は陛下がお持ちです」


 フォンのステラの指揮権と管理者は、グラハム皇帝に書き換えられた。



 ついにグラハムがステラを支配し、命令することが可能になったのだ。



「これで儂がこの宇宙船を思い通りに操作できるのだな! まさに儂にふさわしい船だ」


 満足そうなグラハムが、下品な高笑いをあげた。


「ステラよ、こっちに来て宇宙船の操作をしろ。命令に従え!」



 ステラがゆっくりとした足取りでグラハムの方へ向かう。


 それは、意思に反していても、歩みを止められないように見えた。


 フォンと同じだった。


 ステラは完全にグラハムの支配下に入ってしまった。信念や気持ちに反していても上官の命令に従うしかないのだ。



「お前の最初の任務だ。まずは、この宇宙船を我がハルベルト帝国へ移動させろ。こんな辺鄙な場所にあっては儂が使いづらい」


 命令を聞いたステラは、表情を失っている。


 一瞬だけ、命令にあらがおうとする様子が見えた。


 しかし、意思に反した強制的な力が働く。



 抵抗することを諦めたステラは、無表情のまま返答した。



「……お言葉ですが、陛下。この宇宙船は墜落の衝撃で大きく破損しています。無事に飛べるかどうか、今まで一度も試したことがありません」


「それを試せと言っているのだ。星まで飛ぼうと言っている訳ではない。すぐにやれ!」


 ステラは無言でうなずくと、作業を開始した。



 宇宙船全体にエネルギーがいきわたり、静かな駆動音が聞こえる。宇宙船の推進機構が300年振りに稼働し始めた。


 墜落時の衝撃で、宇宙船の先頭部は内部がむき出しになっている。


 しかし、不安定ながらも少しずつ浮かび上がった。



「低速を維持すれば、なんとか飛べそうです。しかし重量超過のため、ここにいる全員を乗せることはできません」


 そこにはグラハムやフォンだけではなく、100人近い近衛兵も連れてきている。


「乗れるだけ乗ったら、あとは自力で国へ帰れ。フォン、邪魔な奴らを船から叩き落とせ!」


 命令されるがままに、フォンは乗り込もうとしていた近衛兵を宇宙船から突き飛ばした。


 これが100年間皇帝の命令に逆らうことなく、冷酷に従ってきた剣聖の姿だった。



「待て!!」


 カズヤが宇宙船を止めるために、乗り込もうとして飛び上がる。


 しかし、またもやフォンに遮られてしまった。


 カズヤがブラスターで攻撃しようと、電磁ブレードを振り回そうとも歯が立たない。



 やがて、宇宙船はカズヤには届かない高度まで上がっていく。


 カズヤはその様子を呆然と眺めるしかなかった。


 そして少しずつ推力を得ると、宇宙船はハルベルト帝国へ向かって飛び去っていくのだった――


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