150話 因縁決着
突然、蜘蛛の脚がアリシアに向かって突き出される。
その攻撃を、すぐさまバルザードが槍で受け止めた。
脚の先端には鋭い爪が飛び出していて、毒のような液体が滴っている。
バルザードが防いでいる間に、アリシアがすぐさま魔法の詠唱を始める。アリシアの腕から湧き上がった炎がベルネラに襲い掛かる。
しかしベルネラの八本足が奇妙な動きを見せると、素早く攻撃をかわした。
「次は私の番ですよ、アリシア様!」
外見的には美しい部類に入るベルネラの顔は、攻撃の瞬間に恐ろしい形相に変わる。その口から、憎しみがこもった黒い魔法が吐き出された。
稲妻の魔法が飛んでくる。
一瞬で雷撃が視界を埋め尽くすと、アリシアとバルザードを覆ってきた。
しかしアリシアが準備していた魔法障壁が、稲妻をはじき返す。
「さあ王女様、今度はどんな魔法を見せてくれるのかしらあ!?」
「アイスウェーブ《氷雪旋風波》!」
アリシアが珍しく氷の魔法を地面に向かって唱える。
つるつると滑る足元に、八本足のベルネラの身体が不安定になった。
「ファイア・バースト《炎風爆烈旋》!」
そこに得意の炎と風の魔法が追い打ちをかける。
しかし、今度はベルネラの魔法障壁がアリシアの魔法をはじき返した。
何度も魔法の応酬が続くが、どちらかが優位な情勢に傾くことはなかった。
「このままの攻撃では埒があかないわね……」
ベルネラの魔力の大きさに、アリシアは手を焼いた。
通常の魔法だけでなく、蜘蛛の魔物としての攻撃力も加わってくる。時間が経つほど相手の優位になってしまいそうだ。
「ふふふっ、王女様の手が尽きたかしら?」
「こうなったら、あの魔法しかないわね。……ドラフトバニッシュ《絶風圧殺術》!」
アリシアが唱えたのは、前回ベルネラを追い詰めた魔法だ。
相手の周りに空気の渦をつくり、内部の空気を追い出す真空魔法だ。
その時のベルネラは渦の中に閉じ込められて呼吸ができなくなり、地面へと潜って逃げていったのだ。
しかし、今度はベルネラも魔法の仕組みを理解している。
「あら、この前使った魔法じゃない。同じ魔法が2度も通用するなんて思わないで」
ベルネラは空気の渦から身体を抜け出すように抗いはじめる。
そして、強烈な竜巻の中から人間部分の上半身を抜け出すことに成功した。
「これで私の息を止めることは出来ないわ。同じ魔法にはひっかからないわよ」
真空状態から抜け出たベルネラが、逆境を楽しむかのようにニヤリと笑う。
だが、アリシアの表情は変わっていない。まるで、ベルネラが真空状態から逃れても、無駄だと分かっているかのようだ。
「あら、私がいつその魔法が完成したと言ったかしら。この前あなたを倒したのは魔法の途中だったの、本当の魔法はこれからよ」
アリシアが唱えた竜巻は、さらに回転を速めていく。
やがて真空状態になった渦の中心に、急激にまわりの空気が吸い込まれ始める。
「な、何これ!? 身体が吸い込まれる……。つ、つぶされるうぅっっっ!!」
ベルネラの甲高い叫び声が響いた。
真空の渦に閉じ込められたベルネラの下半身が、急激な空気の圧力で押しつぶされていく。
周りの空気を吸い込んだ竜巻の渦は、すでに2メートルほどの大きさまで圧縮されている。なかに閉じ込められたベルネラの下半身の蜘蛛部分は、すでにズタズタに押しつぶされていた。
最後に、圧縮された空気が外へ解放されると、ベルネラの上半身だけが地面に横たわっていた。
「なんか、”きあつ”って言う技らしいわよ。私もよく分かってないんだけど、ステラが教えてくれたの」
息も絶え絶えとなったベルネラの周りに、エルトベルクの兵士が近寄ってくる。
ベルネラに手枷をつけ捕らえたことを確認したアリシアは、次の戦場へと駆けだしていった。
*
エルトベルクとタシュバーン、レンダーシアの連合軍は、ハルベルト軍の圧倒的な物量を前に苦戦を強いられていた。
連合軍の兵士にとって、戦いとは主に訓練や模擬戦、魔物討伐のことだ。
だが、ハルベルト帝国の兵士は実際の戦争を何度も経験してきており、人間同士の戦いに慣れていた。
エルトベルクやタシュバーンの兵士は軽装歩兵が主体だが、ハルベルト帝国軍は重装歩兵が多い。1体1で戦ったら、装備面でも太刀打ちできない。
そして剣聖フォンの桁外れな攻撃力は、グラハム皇帝の周りに敵をいっさい寄せ付けていなかった。
皇帝自身が最前線にいるという願ってもない好機を、連合軍は生かすことができていなかったのだ。
しかし、連合軍も必死の抵抗を見せていた。
デオによって指示された3万体の魔導人形が、ハルベルト軍の侵攻を阻止すべく立ちはだかっている。
後方に配備していた魔導兵器が、何者かによって全て破壊されたという報告はグラハム皇帝にも伝わっていた。
また、突如降り始めた局所的な大雨により、ハルベルト本国からの増援部隊の到着も遅れている。
自慢の飛竜部隊も敗北し、空中での制空権を握れなかった。
エルトベルク領に入ってからは、セドナ方面でS級モンスターのウミアラシが暴れていて、前に進めなくなっている。
グラハム皇帝自身が、ギルドや傭兵団から高額で雇った戦士たちからも音沙汰が無い。
ハルベルト軍の指揮官たちは、ふだんと異なった戦の様相に少しずつ焦りを感じていた。
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