144話 デオとアデリーナ
「デオ、残念だけどここら辺が限界じゃないかしら。ハルベルト軍には飛竜部隊もいるし、あまり近付いたら彼らの餌食になってしまう」
「でもカズヤさんたちを、まだ助けられていません。戦いに勝利するためには、レンダーシアの魔導人形が絶対に必要です」
デオの覚悟を聞いて、アデリーナは何も言えなくなる。
たしかに、レンダーシアの1万体の魔導人形は、今後の戦いの趨勢を決めるほど大きな要因となる。
しかしこれ以上戦場へ近付くと、自分たちへの被害も覚悟しなければいけなくなる。
「アデリーナ様、もう少し進みましょう。私の魔法さえ届けば、すぐに離脱すれば良いのです」
アデリーナはうなずくしかなかった。
もちろん、アデリーナ自身が戦場を怖がっている訳では無かった。
自分の命は、奴隷としてスクエアに囚われたときに既に一度諦めている。
それとは別に、メンバーの無謀な突進を止めなければいけないのは、部隊のリーダーとして必要なことだった。
やがてアデリーナたちは、少し小高い丘にたどり着いた。
その先にもう一つ丘が見える。せめて、そこまで進むことができれば、レンダーシアまで魔法が届く可能性がある。
しかし丘と丘の間には、まさに行軍を進めているハルベルト軍の姿があった。
これ以上進むのは、どう見ても不可能だった。
「限界ね、デオ。ここで魔法を唱えましょう。たとえ届かなくても撤退しますよ」
「いいえ、アデリーナ様。行進している敵の魔導人形を暴走させて、僕だけ一気に向こうの丘に移動します。これだけの兵士が混乱したら、魔導人形一体の動きに気付く者はいないでしょう」
ハルベルト軍の大部隊を目にしても、デオは諦めていなかった。
たしかにハルベルト軍の魔導人形は自我や知性がない普通の兵士だから、デオのコントロールは効くだろう。
だが混乱する戦場をデオ一体で突っ切るのは、多くの危険が伴う。
「あまりにも危険だから、それは作戦としては認められないわ。あなただけが危険を冒す必要はないでしょう?」
「でも、アデリーナ様。僕がそれを望むと言ったらどうしますか。今回の戦いを決定づけるのが僕の魔法だとすると、ここで使うしか無いんじゃないですか?」
アデリーナは、デオの覚悟の大きさを甘く見ていたことに気付かされた。
「デオ。魔導人形といえども、修理したら直るほど単純ではないのは分かっているわよね。再び動けたとしても、同じ人格のあなたである保証は無いのよ」
器である人形を直すことは簡単だ。
だが、そこに入ってくる自我や魂までは人間がコントロールすることはできない。
「もちろん、分かっています。でも、僕はアデリーナ様に知性と自我を与えてもらいました。その力をここで使いたいんです。自分の命の使い方は自分で決めたい。それが”自由意思”なんじゃないですか?」
アデリーナは何も言えなくなった。
アデリーナが止めたのはデオの身の上を心配してのことだった。
しかし、それを上まわる覚悟を決めた者の気持ちを動かすことはできない。
デオを止める方法は、もはや何もない。あとは作戦の成功を祈るしかなかった。
その場で、デオが支配の魔法を唱え始めた。
すると、たちまち眼下を通過するハルベルト軍に異変が起こる。
突如として、行進している魔導人形が周囲の兵士を襲い始めたのだ。
「な、なんだ。魔導人形どもが暴れ始めたぞ……!」
突然の反乱に、軍隊の統制がとれなくなる。
混乱が戦場をおおい、ハルベルト軍は誰が味方で敵なのか分からなくなっていた。
「……それでは、行ってきます」
デオは何食わぬ顔で、戦場へと身を投じた。
すでに人間の兵士たちは、襲い掛かってくる魔導人形を敵だと認識している。
デオはハルベルト軍の魔導人形の中に紛れながら、戦場を駆け抜けていく。
しかしその場にいる敵の指揮官が、予想外の指示を出すのがアデリーナには聞こえた。
「落ち着け! 敵が魔導人形を操る魔法を使う可能性は伝えられている。土魔法使いどもは事態を収拾せよ!」
デオが敵の魔導人形を操る魔法を使えることが、敵に伝わってしまっているのだ。
考えてみれば当然だった。
デオの魔法に目をつけたのは魔術ギルド総帥のジェダで、アビスネビュラ側の人間だ。ハルベルト軍へ情報が伝わっていてもおかしくはない。
ハルベルト軍の土魔法使いが、暴走する魔導人形の動きを次々と止めていく。こうなることを見越して、魔導人形を抑える方法が事前に教えられていたのだ。
そのなかで、反対側の丘に向かって一体だけ走り続ける魔導人形の姿が見える。
部隊のなかを逆走するデオの姿は、ひと際目立っていた。
「おい、何だあの魔導人形は!? 急げ、止めろ!」
指揮官の指示を受けて、人間の兵士たちがデオを追いかける。
デオの姿も追い掛ける敵兵の姿が、森の影に隠れて見えなくなった。
(……逃げて、デオ!)
アデリーナは息が止まりそうな時間を過ごした。
すると不意に、アデリーナたちの前方の丘の頂上で大きな魔法陣が展開された。
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