128話 出立
剣聖フォンは、一人で一万人の兵力に匹敵すると言われるほど強く、王族でもないのに「ハルベルト」という帝国の名前をもらっているほどだ。
押され気味で不利な戦況だったとしても、剣聖の活躍でひっくり返して勝利に導くことができる。
混乱する戦場に単騎で突撃し、敵の上級将校を討ち取って勝負を決定づけたことは、一度や二度ではないそうだ。
この剣聖のお蔭で、ハルベルト帝国はまさに百戦百勝だった。
この剣聖が歴史上の表舞台に現れたのは100年ほど前で、その時から容貌や実力は変わっていないと言われている。
しかも、その外見は男性でありながら驚くような美しさだという。
おそらく長命なエルフ族か妖精族の血を引いているのではないかと噂されているが、実態を知る者はほとんどいない。
剣聖は歴代のハルベルト国王の命令に対して絶対の忠誠心を示し、どんな残酷な指示にも従順に従った。
敵に対しては容赦が無く、国王の命令であれば弱いものにも徹底して無慈悲な攻撃をするので、近隣諸国からは恐れられている。
そんな剣聖は常に悲しそうな表情を見せて戦うことから、「悲しみの剣聖」との異名で呼ばれることもある。
近年は怪我のために片腕を使えなくなっていて、以前ほどの強さではないと言われることもある。
しかし、それでも圧倒的な強さを誇っていることには変わりなかった。
「今回の条約はうまくやられたわね。ハルベルト帝国から招待されたら、余程の理由がない限り断れないもの」
アリシアは困ったような表情でうつむいている。
「どうするんだ?」
「平和条約なら断れないわよね。私がお父様の代理として、ハルベルト帝国に行くしかないと思っているわ」
「大丈夫かな? 大国のハルベルト帝国なら、アビスネビュラが関係していない訳はないだろう」
カズヤの脳裏には、この世界の支配者であるアビスネビュラのことが浮かんでいた。
「そうなのよ。それで、お願いなんだけど……。カズヤたちにも一緒に来て欲しいの。近年のハルベルト帝国は良い噂を聞かないし、用心は重ねておこうと思って」
確かに、近年の強硬な領土拡大政策や大国主義を隠そうともしないハルベルト帝国の姿勢は、周辺国にとっては脅威だろう。
対抗しようにも、それほどの軍事大国とまともに渡り合える国はそうはない。
「もちろん構わないよ。バルも来るんだろう?」
「おう、もちろんだぜ!」
近くにいたバルザードがドンと胸を叩く。こういう時には特に頼もしい。
カズヤにとっても、以前アリシアからもらったエルトベルクの正装を着る、いい機会だ。
「それじゃあ、出発は1週間後を予定しているからお願いね」
カズヤは新たな旅立ちを控えて、さっそく準備を始めるのだった。
※
予定通りの1週間後。
カズヤたちは、国王代理のアリシアを筆頭に50人ほどの使節団でハルベルト帝国へと向かう。もちろんステラやバルザード、ピーナも一緒だ。
アリシアたち外交使節は馬や馬車に乗っての移動で、カズヤとステラ、ピーナはウィーバーに乗って同行した。
馬の移動はウィーバーほど速くはないので、ハルベルト帝国の首都につくまで3日ほどかかる。
その道中で何回か魔物の襲撃を受けたが、バルザードやカズヤたちの活躍によって事なきを得ていた。
そしてエルトベルクを出発して3日後。
ハルベルト帝国の首都が見えるほどまで近づいた。
近付くにつれ、カズヤはその城壁の高さに驚いた。
首都を取り囲む石造りの城壁は、セドナの新市街に建てられた壁の倍ほども高く、城門も二重になっていて屈強な衛兵が常駐していた。
「セドナの壁も、これくらい高くした方が良かったかな」
「いいえ、この壁は高過ぎです。これほどの高さが必要になる時は滅多にありません。他国から攻められるのが余程恐いのでしょう」
視覚センサーを通して見るだけで壁の高さを測ることができるステラが、冷静に分析した。
外交使節であるアリシアたちは、ほとんどチェックされることなく城門をくぐる。
城門を過ぎて目の前に現れた異国の街に、カズヤは興奮を隠せなかった。
「おお……! こんなに大きな都市はこの世界で初めて見たな。エストラやセドナもそれなりに大きいと思っていたけど、これじゃあ敵わないな」
「すごくにぎやかな街だね! おいしいものがたくさんありそう!」
城門をくぐり、城下町を目にしたカズヤが感嘆の声をあげる。これほどたくさんの人が集まるのを、初めて見たピーナもはしゃいでいる。
すでにピーナの頭のなかは食べ物でいっぱいのようだ。たしかに、街の通りには各国から集められた野菜や果物、香辛料や珍しい小物が並んでいる。
よく見ると、各地方から集まる名産品や高級品ばかりだ。街の繁栄ぶりがよく分かる。
また、武器や防具の店が目立つのも軍事大国らしかった。多様な装備の輸出が、主要な貿易品だと聞いたことがある。
ハルベルト帝国の首都はまさに勢いに乗っている大国の名に恥じない、活気あふれる巨大な都市だった。
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