127話 ハルベルト帝国からの書状
エルトベルク王国と、周辺国との関係性が変わってきていた。
戦火を交えた北西のゴンドアナ王国や、西のメドリカ王国との緊張関係はまだ続いているが、東のタシュバーン皇国と北東のレンダーシア公国とは、この世界を支配するアビスネビュラに対抗するための新たな同盟が結ばれていた。
そのなかでも、タシュバーン皇国が同盟を結んだ理由は2つあった。
皇太子であるシデンを筆頭とした黒耀の翼のパーティーに、アビスネビュラのスパイが紛れ込んでいたということ。
そして、タシュバーンを魔導人形によって支配する計画があったからだ。
レンダーシア公国にいたっては、アビスネビュラやその支配下の魔導人形によって国が支配され、君主が捕らえられていた。
カズヤたちの活躍で君主レンドア公爵が解放されると、当然のように反アビスネビュラとして決起することが決まった。
だが、アビスネビュラも黙ってはいない。
タシュバーン皇国やレンダーシア公国も、すぐさま制裁を受ける。エルトベルクと同じように他国との取り引きが禁止され、自国の通貨が貿易で使えなくなった。
さらに大きな制裁は、魔術ギルドと契約していた戦闘魔法を三か国に所属する魔法使いたちが使えなくなることだ。
実際には、変わらず魔法が使える者もごく少数存在する。どうやら魔術ギルドと魔法契約をした地域によって違いが出てくるようだった。
しかしこのような制裁も、同盟国である三か国の結びつきを強める方向にはたらいた。
三か国の通貨は同盟国の中では今まで通り使えるし、同盟国内での貿易も活発だ。
今まで通り魔法が使える見通しは立っていなかったが、アリシアによる魔術ギルドを介さない新たな魔法――古代魔術が他国へも少しずつ普及していったのだった。
※
そんななか、一通の書状が旧首都エストラにいる国王の元に届いた。
すでに首都機能のほとんどは新首都セドナへ移転していたが、希望する全ての住人の移住が完了するまでは、国王と王妃は旧首都エストラに滞在している。
残っている住人の動揺を避けるためだ。そのため外交関係の使節は、まずはエストラへとやってくる。
送られてきた書状は一見すると平穏なものだったが、予想外の国からもたらされたことによって、エストラの宮殿を賑わせた。
そしてその知らせは、セドナにいるアリシアにも届いた。
書状の内容に目を通したアリシアは、すぐにカズヤを呼び出して相談する。
「アリシア、エストラから急使が来たらしいな。どうしたって言うんだ?」
「ハルベルト帝国から、平和条約を締結しようという打診がきたの」
「何だハルベルト帝国って? 名前は聞いたことがある気がするけど……」
「レンダーシア公国の北にある大国よ。3大国の一つで、軍事力や国土の広さといった国力ではこの辺りで一番だわ」
「なんだい、3大国って?」
「この近辺で最も強い3ヶ国のことよ。ハルベルト帝国にサルヴィア神聖王国も入っているわ」
その3大国の一つであるハルベルト帝国が、エルトベルクと平和条約を結ぼうと打診してきたのか。
「でも、平和条約なら問題ないんじゃないのか?」
「そうも言えないのよ。断ったら友好関係を台無しにしたと騒がれるし、締結するためにはハルベルト帝国に出向いてこいと書いてあるの。やっかいよね」
「何で、わざわざこちらから出向くんだ。向こうからの提案だろ?」
「こっちから出向くくらい国力の差があるからよ。基本的には友好関係を維持したいから、余計な問題は起こしたくないの」
そう言いながらも、アリシアの表情は暗かった。
友好関係を築くための平和条約を断れば、批判する口実を与えることになる。
締結するために出向くとすれば、行くのは次期国王と目されているアリシアだ。
高齢で身体が弱い国王が遠い国まで出かけるのは負担が大きいし、いざという時の対応を考えるとアリシアの方が適任だった。
「それにしても何でなんでこのタイミングに、しかもエルトベルクなんだ?」
「怪しいわよね。しかも、この書状が届いたのは同盟国の中でもエルトベルクだけなんだって」
「タシュバーン皇国やレンダーシア公国には届いていないのか。同盟国の切り崩しを狙っているのかもしれないよな」
「もちろん事情は説明するし、情報は共有するわ。それでもね……」
アリシアは、はあっと大きなため息をついた。
アリシアがあからさまにため息をつく様子は初めて見た。それだけ重大な話だし、普段は努めて明るく振る舞っているのだろう。
アリシアの話によると、ここ100年間ハルベルト帝国は戦争では負け知らずの強国だ。周辺の小国を侵略しては領土に組み込み、今ではこの辺りで最大の領土を誇っている。
そのハルベルト帝国が、戦争に強い理由は幾つかある。
統率された重騎兵団の精強さや、戦争を何度も繰り返していることによる実戦経験の差が大きい。
しかし一番の理由は、個人戦力として最高の武力を誇る、剣聖フォンフリード=ハルベルトという男の存在だった。
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