124話 星祭り
「ピーナ、それは何ていう魔物なんだ?」
「ババンガだよ! カズ兄、知らないの!? すごく恐ろしい化け物なんだよ!」
ピーナは、魔物の恐ろしさが衣装のかっこよさに繋がっているとでも言いたそうだった。
ピーナの温かみのある明るいオレンジ色の髪の毛は、着ぐるみのなかで無造作にカールを描いている。
純粋で無邪気な瞳は大きくクリクリとしていて、新たな世界を見るのに夢中になっていた。
元気いっぱいでよく笑い、頬はぷっくりとして赤みがかっている。
「カズヤもなかなか格好いいじゃねえか。”野草にも金の花瓶”だな」
「なんだよ、それ?」
カズヤの仮装を見て、ピーナの相棒である口の悪い雲の精霊――雲助が茶化してくる。
見た感じは、目と口が付いた綿アメが空を飛んでいるみたいだが、カズヤに対してはいつも辛辣だ。
「お前が野草で、その衣装が金の花瓶ってことだよ。大したこと無い野草でも、立派な器で飾ると綺麗に見える、って言葉を知らないのか? 学が無いやつだなあ」
要は、馬子にも衣装と言いたいわけか。
似たようなことわざは、どこの世界にも存在しているみたいだ。
「ババンガはB級モンスターで、油断できない危険な奴だぜ。尻尾の一振りで人間なんか軽々と吹っ飛ばしてしまう。家畜を襲うから田舎の村の天敵なんだよ」
ババンガの生態を、バルザードが具体的に教えてくれる。
日本だったら、「恐竜」や「怪獣」の一言で済んでいた魔物の説明が、ここでは生態や攻撃方法まで現実感をもって語られる。
そのバルザードは頭に色鮮やかなターバンを巻いており、いつもと違った異国風の衣装を身につけていた。
遥か遠い砂漠の国からやってきた旅人みたいなゆったりとした服装で、足元には頑丈なブーツを履いている。ベルトには機能的なポーチが幾つも並んでいた。
バルザードは狼のような顔をした二足歩行の獣人であり、紫色の毛並みが柔らかくなびいている。
そのモフモフを狙い、ステラが隙あらば撫でに来ようと近付いてくる。
筋肉質な身体は獣人特有のしなやかな動きを見せていて、人間よりも鋭敏な聴覚を持つ耳は、わずかな音一つも聞き逃さないほどだ。
かつて、冒険者としての最高位――Sランクであった経験のおかげだろう。バルザードの全身からは強靭な精神力と自信があふれていた。
「バルの衣装は実用的な感じがするな。そのまま旅に出かけられそうだ」
「昔、冒険者の依頼のときに使った異国の衣装さ。カッコいいだろう? ただ、カズヤの衣装もいいな、今度俺様にも貸してくれよ」
「これは日本の侍という戦士の服装なんだ。来年、試してみればいいよ。……それで、今日は何ていうお祭りなんだっけ?」
「もう、”星祭り”って何度も言ったじゃない。エルトベルクでは一年間で最も大きいお祭りよ。この前後の夜空の星が、とってもきれいなの」
実際にアリシアからも、ずっと楽しみに待っていたという思いが伝わってくる。
ザイノイドになってからのカズヤは夜に外に出かけることもあるのだが、空に注目したことなんかほとんど無い。
星空が綺麗だなんて、気が付きもしていなかった。
*
陽が沈んで全員の準備が整うと、みんなで旧市街で開かれるお祭りへと出かけていく。
「……うわあ、すごい綺麗だな!」
外に出て改めて空を見上げると、カズヤは見たことがないような星空の美しさに驚いた。
空の中央に薄い緑色をした大きな天体が居座っており、その周りをたくさんの星たちが動いている。
文字通り、かなり速いスピードで動いているのだ。地球では、こんな動き方をする天体を見たことがない。
動き方はバラバラで、真っ直ぐに進んでいるものや、一定区間を往復している星もある。
「星がダンスしているように激しく動いて見えるから、星祭りっていうのよ」
アリシアが星祭りの由来を、得意げに教えてくれる。
「ステラ、なんで星が動いて見えるんだ?」
「あの薄緑色した巨大な天体の重力が不規則なので、周りの天体が影響しあって急激に動いているようです。また強力な重力場のせいで、光が屈曲しているのも関係しています」
「お、おう……そうなんだな」
相変わらず何を言っているか分からないが、あの薄緑色したやつが原因であることは何となく分かった。
人の波に沿って歩いて行くと、お祭りのメインとなる旧市街のほうへ自然と向かっていく。
道中も、さまざまな衣装を着た市民たちとすれ違い、いつもとは違った華やかな雰囲気が感じられた。
旧市街の市場に着くと、普段は見たことがない新しい屋台が増えていた。
色とりどりの透明な薬品が入っている魔法のポーション屋や、しゃべりだすお面を売るお店。本格的な水晶を使った占い屋もあった。
「おお、これはきれいだな……!」
なかでもカズヤは、”幻夢蝶”というお店に心を惹かれた。
魔法によって生み出された透き通った蝶が、店の周りを飛んでいる。カラフルな蝶たちがひらひらと舞っている様子は、幻想的でとても美しかった。
日常とは違う市場の風情に、カズヤは日本の縁日を思い出してワクワクした。
「ねえ、あっちの方にも行ってみましょうよ!」
少しばかり浮かれたアリシアが、カズヤたちを先導する。
道なりに歩いていくと、舞台となったステージの前に結構な数の人だかりができていた。
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