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119話 イグドラ

 

 シデンは腹部から大量の血を流していた。


「流石だな、シデン。今までの付き合いで苦しまずに殺してやろうと思ったが、この距離の攻撃をかわされるとはな」


「イグドラ、貴様何をしておるのじゃ!」


 ゼーベマンがイグドラに攻撃魔法を唱える。イグドラは予期していたように距離をとると、素早くかわした。



「リオラ、すぐに若の治療をするのだ!」


 すぐさまリオラが駆けつけて、シデンに回復魔法をかける。


「イグドラ、お前どういうことだ……」


 苦しそうな呼吸を整えて、シデンが声をふり絞る。



「黒耀の翼結成当初から、お前の行動を監視していた。シデン、お前にはがっかりだ。アビスネビュラに逆らうなんて、無謀な判断をする奴だとは思わなかったぞ」


 黒耀の翼の重戦士イグドラ。こいつが敵のスパイだったのか。



 スクエアを襲うときのカズヤたちの行動が、敵にバレていた理由もこれで分かった。


 移動手段をウィーバーに切り替えたことも、こいつが漏らしていたに違いない。仲間だと思っていた奴が情報をもらしていたなら、筒抜けになっていたのも当たり前だ。


 こんな近い所にスパイが隠れていたとは。



「お前が情報をもらしたんだな……!」


 敵となったイグドラをカズヤが攻撃するが、咄嗟に気付かれて防がれてしまう。


 防御に関しては重戦士のイグドラの得意技だ。やっかいな相手が敵に回ってしまった。



「ゼーベマン伯爵。貴様もアビスネビュラの一員のはずだ。我らに逆らうというのか?」


 ジェダが、今度はゼーベマンの意思を問う。


「若を殺そうとしておいて何を言うのじゃ。儂は若が赤ん坊の頃から世話をしてきたのじゃ。ふざけた真似をしおって、絶対に許さんのじゃ!」


 ゼーベマンの魔法があられのようにイグドラに降り注ぐ。


 しかしイグドラは魔法の盾を使い、落ち着いて攻撃を受け止めた。



「……イグドラ、お前の真意を聞かせてくれ……。お前は本当に、アビスネビュラの目的に賛同しているのか……?」


 リオラの回復魔法を受けながら、シデンは声をふり絞って問う。



「現実主義のお前らしくないぞ、シデン。相手は世界を支配するアビスネビュラだ。タシュバーン1国だけが逆らったところで何になるというのだ。黙って支配を受け入れた方が国民の為だろう」


「嘘をつくな……お前の剣先にいつもの鋭さはなかった……」


「な、なんだと……!」


 シデンの追及に、イグドラが動揺する。



 たしかに、あの至近距離で不意をついたのであれば、本来の実力なら一突きで終わらせることができたはずだ。


 しかし、シデンの急所は外れている。


 イグドラの心に、迷いでもあったのだろうか。



「イグドラ……お前は、俺たち黒耀の翼がアビスネビュラに勝てないとでも、本当に思っているのか?」


「な、何を言っている。たった4人で何ができるというのだ。この世界の仕組みをひっくり返すことなんてできやしない。冷静に考えるんだ、シデン!」


 リオラの回復魔法が効いてきたのか、シデンの顔色が少しずつ良くなってきている。



「イグドラ、俺たちがどれだけの試練を一緒に乗り越えてきたのか忘れたのか? 蒼龍と戦った時はどうだ。俺は何度も死を覚悟した。あれはお前の活躍無しでは倒すことができなかったんだぞ。そんな俺たちがアビスネビュラごときに膝をつくと、本気で思っているのか!?」


「馬鹿な、魔物とは相手が違う。アビスネビュラはこの世界の支配者だぞ!」


 シデンの言葉にイグドラが狼狽える。


 たとえスパイのつもりで入ったとしても、黒耀の翼の一員として何度も死地を乗り越えてきた仲間だったのは間違いない。二人の間には、言葉にできない絆が存在するはずだ。



「シデン、考え直せ! ジェダにひざまずくんだ。今なら俺の命をもってお前の地位を取り戻してやる。アビスネビュラに戻るんだ!」


 イグドラは、今までにない熱を帯びた言葉を発した。


「逆だ、イグドラ! お前こそもう一度黒耀の翼に戻るんだ。俺たちの力を忘れたのか。俺たちが手を組めば、相手が邪神だろうと負けはしない。アビスネビュラなんかを恐れるな。俺たちには、一緒に語り合った理想の世界があるだろう!!」



 シデンの叫びを聞いてイグドラは沈黙した。


 剣を構えていた腕は、力無くだらりと垂れ下がった。顔には苦悩がにじんでおり、どちらの立場につくか悩んでいるようにも見える。



 イグドラは、アビスネビュラに勧誘された時のことを思い出していた……



 *


 個人の武力では、どうすることもできない圧倒的な権力。全てを思いのままに動かす経済力と支配力。


 その全てを兼ね備えたアビスネビュラに入ることが、国や家族を救う手段だとイグドラは信じていた。


 乱暴な手法に疑問を感じることもあったが、力を持つ者に管理支配されることが民衆の幸せだと思っていた。


 個人の武力には限界がある。民衆を幸せに導くには、より大きな力に頼るしかないのだ。



 そんな折り、次期タシュバーン皇王であるシデンの見張り役を頼まれた。


 そこで出会ったシデンに、イグドラは驚いた。


 シデンは他のどんな人間とも違っていた。権力に媚びず信念を曲げない。誰よりも国民を想い、指導者としての責任感を持っていた。


 シデンもアビスネビュラの一員となっていたが、その思想を共有していないことは明らかだった。



 シデンの思考や行動はアビスネビュラとは真逆だった。


 大きな力に頼らずとも、誰だって自分自身の力で生き抜くことができる。民衆が自由で幸せに生きるために、支配者が血と汗を流す。


 シデンは口先だけでなく、それを実践していた。


 イグドラは同じ男性として、シデンに尊敬の念を持たざるを得なかった。黒耀の翼として一緒に戦っていくなかで、かけがえのない信頼関係も生まれていた。



 それと共に、間近で見ていたイグドラの心に、アビスネビュラへの疑問が少しだけ湧いてきているのも事実だった。


(果たして権力者に管理されて生きることが、本当の幸せだといえるのか?)


(自分たちは本当に、安全な環境のなかで支配されることを望んでいるのか?)



 イグドラの頭に、幾つもの疑念が浮かび上がってきた。


 自分は黒耀の翼の一員で、シデン皇太子を監視するという特別な任務にあたっている。私人の感情や思想は排除しなければいけない。


 イグドラは何度も自分に言い聞かせた。


 だが、生まれてきたアビスネビュラへの疑いの心は抑えることができない。黒耀の翼としてのシデンや仲間との結束が、今までの想いを変えていたことも間違いなかった。


 その抑えようもない懐疑心と友情が、イグドラの剣先を鈍らせたのだ。


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