117話 ジェダ
カズヤは、その男の顔に見覚えがあった。
かつてカズヤがスクエアからの脱走に失敗した時、記憶を奪った魔導士だったのだ。
整った鋭利で美しい顔立ちだが、瞳は深い暗赤色。見つめていると正気をはぎ取るかのような、底知れぬ憎悪と冷徹さを宿している。
首には装飾が施されたアミュレットをさげていて、不気味な笑顔からは悪意と狡猾さが滲み出ていた。
「おしゃべりはそこまでだ、アデリーナ。なぜお前がサークルにいる。スクエアにはベルネラを行かせたはずだが」
「久しぶりね、ジェダ。魔術ギルドの総帥様。以前の総帥様は、元気にされているのかしら?」
「相変わらず口が減らないな。魔術ギルドには、お前のような存在が一番目ざわりだったのだ……!」
ジェダと呼ばれた男は、さらにアリシアを見つけると舌打ちする。
「娘までいるのか。貴様たち一族はいつも私の邪魔をする。エルトベルク全土の魔法を止めたはずなのに、勝手に古代魔術など広めおって」
「魔術ギルドの魔石を操作したのは、やっぱりあなただったのね」
「小娘! なぜ、本部にある魔石の存在を知っている!? ……やはり危険な娘だな」
魔術ギルド本部に魔法契約を管理している魔石があると、かつてアリシアが言っていたことがある。
その魔石を見たことがあるのかと思っていたが、そういう訳ではなさそうだ。
「おい、ジェダといったな。お前が俺の記憶を無くしたことは忘れてないぞ」
カズヤはジェダという名前を聞いて思い出した。
スクエアのトップであるギムが、敬語を使いながら話していたあの魔法使いだ。
「なんだ、貴様。スクエアから逃げ出した魔導具造りではないか。川に飛び込んで死んだと思っていたが」
しかし、カズヤをただの魔導具造りとしか見ていないのか、興味はなさそうだ。
「ジェダ、あなたたち魔術ギルドの目的を知っていて、私が協力できるはずがないでしょう。ただでさえ、攻撃魔法を契約して管理されているのに。エルトベルクで魔法が使えなくなっていると聞いたわ」
「ふん、自由に使わせてやってるではないか、生活魔法をな」
ジェダは馬鹿にするように笑う。
「あなたは私がいなくなってから、人間と魔導人形の融合実験を進めているそうね」
「何か問題でもあるのか? 創造主が被造物の命を利用して何が悪い。私たちが作り出した人形だぞ」
「自我と知性を持たせるために、人間の魔石を利用しているじゃない。あなたには犠牲になった人の気持ちが分からないの?」
「魔導人形の能力を上げるためだ。スクエアの実験場はその為に存在している」
ジェダは魔石の人体実験に対して、何の後ろめたさも感じていない。
そんな人間が魔術ギルドの総帥を務めているのだ。
「そんなことを言うのならアデリーナよ、もっと面白いことを教えてやろう。魔導人形が役に立つことが分かったのに、私がいまだにスクエアにいる、たった30人の土魔法使いどもに作らせているだけだと思っているのか?」
「どういうこと……ひょっとして、他の場所でも魔法使いを捕らえているの!?」
だが、アデリーナの答えが、まるで的外れだとでもいうようにジェダは嘲笑した。
「その程度の話ではない、人間どもに人形を作らせるのは限界があると思わないのか? 人間は飯だの睡眠だの手間がかかる。お前にスクエアで魔導人形を作らせていたのは、お前の土魔法の技術を盗むためだ。お前はいまだに、魔導人形を作れるのは土魔法使いだけだとでも思っているのか?」
「ま、まさか、魔導人形が土魔法を使えるというの!?」
「やっと気付いたか。すでに魔導人形は自分自身を作ることができるのだよ。奴らには食事や休息も必要ない。自分で修理や改良もできる。昼夜休みなく働ける分、お前たち人間よりも遥かに優秀だ。もはや人間の土魔法使いなど用済みなのだよ」
なんてことだ……。
人間と違って疲れ知らずの魔導人形が、休みなく造り続けたとしたら、いったいどれだけの数になるというのだ。
人の手によらない自己増殖。
これが可能なら爆発的に増えてしまう。機械をつかって無限増殖しているようなものだ。人間に勝てるすべが無くなってしまう。
「驚いているようだな、アデリーナ。貴様のそんな顔を見るのは気分がいい。せっかくだ、そこの窓から見下ろしてみるがいい」
ジェダが部屋の片方の窓を指さした。
カズヤたちはジェダに警戒しながら、窓に近付いて外を見下ろした。サークルは陸上の競技場のように内側が大きな広場になっていた。
「こ、これは……!?」
なんとサークルの広場には、無数の魔導人形が立錐の余地もないくらい、ずらりと並べられていた。
「なんて数の魔導人形だ……!」
何体いるのか数え切れないほどの魔導人形が並んでいる。もしこれが全て兵士だとしたら、人間の部隊ではとうてい勝ち目はない。
「すでに3万体の魔導人形が完成している。まずは我らに逆らったエルトベルクを標的にするつもりだ。予定より早まったが問題ない。ゴンドアナやタシュバーン、メドリカの馬鹿どもは何の役にも立たなかったからな」
他国を操っていることを、当然のように認めている。
この男にとって、国家すらも道具の一部としか思っていないのだろう。
ジェダはデオの方へ振りむいた。
「デオよ、貴様の魔法を存分に使わせてもらうぞ。こんなに素晴らしい能力を隠していたアデリーナを恨むがいい」
ジェダは首に掛けていた魔導具を握り締めた。
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