105話 カズヤの苦悩
「大丈夫ですよ、マスター。それを恐ろしいと考えている以上、正常な人間の心を持ち合わせています。本当に心が変わってしまったら、そんな気持ちや後悔は湧いてきませんから。マスターはまだ人間です。ザイノイドの私が言うのだから間違いありませんよ」
ステラが笑って励ましてくれる。
それでもカズヤの不安は収まらなかった。
「……奴隷時代の記憶がよみがえってきたことで、余計に心の整理がつかないんだ。あの時は毎日脱走したいとばかり思っていて、自分の無力さにうんざりしていた。いつも体調が優れず、生きる気力がわかなかったんだ」
「奴隷として無理やり働かされていれば、体調を崩すに決まっています。健康と余裕が無ければ力を発揮することなんてできません。身体を鎖で縛られていなくても、思考と心が縛られてしまっていたんです」
深刻なカズヤを心配したステラが、いつもと違って優しく慰めてくれる。
「自分がこんな身体になるなんて想像もしていなかった。嫌な臭いや、マズい食べ物すら愛おしく感じるんだ。今はステラが整備してくれているからいいけど、いつかは自分の機械の身体を他人に任せるかと思うと嫌になる。
もし、この前の魔導人形のように勝手に暴走して、自分の意思に反して話したり身体が動いたら、もはや自分ではない気がするんだ」
ステラは言葉をはさまなかった。ただ静かにカズヤの話を聞いていた。
カズヤの葛藤はステラは経験したことが無いものだが、いつかステラが感じるものかもしれなかった。
ステラには、そんな予感めいた思いもあった。ザイノイドは、人間の手によって1から作ることができる。
自分がいなくなれば、また新たなザイノイドを組み立てればいい。簡単に複製できてしまうことが、自らの価値を下げてしまっている気もする。
ザイノイドには人間ほどの強固な人権が無いので、最終的な決定権を他人に委ねる場面も出てきてしまう。
最後は強制的に決められてしまうため、独自の考えを持つことに魅力を感じなくなっているのかもしれなかった。
「だんだん人間だった頃の、身体の感覚を忘れてきてしまっているんだ。確かに味覚や触覚のセンサーは機能している。でも、それは数値としてのデータだけで、実感をともなっていない。身体の痛みが分からなくなると、他人の痛みにも気付かなくなりそうで怖いんだよ」
「……やはりマスターは、ザイノイドには向いていないのかもしれませんね。元の星でも、心や感覚的な問題からザイノイド化を拒む人はたくさんいました」
カズヤの意思を確認せずに身体をザイノイド化したことは、ステラもずっと気になっていることだ。
カズヤを救うために仕方がなかった行為ではある。しかし、人間にはその治療すら拒む権利があるのだ。
「マスターの想いは分かります。でも、……それでも、私はマスターに生き延びて欲しかったんです。私の我がままだったかもしれません。でも、マスターは私を300年の孤独から救ってくれました。もっと一緒にやりたいことが、たくさんあるんです」
ステラは溜め込んでいた想いを打ち明けた。
ステラにとってのカズヤは、ただのマスターだけではなく、すでに特別な存在になっているのだ。
「……そうだな」
ステラの熱い言葉に、カズヤの心が揺さぶられた。
自分が必要とされている。
ザイノイドとして生き延びたことを後悔することもあった。だが、そんな自分でも誰かの役に立ち、いて欲しいと思われている。
ステラの真摯な想いが、カズヤの気弱さを振るい立たせた。
「ありがとう、ステラ。少し気持ちが晴れたよ。これからも悩むことはあると思うけど、頑張って前を向くよ。今日のことは忘れない」
二人は夜が明けるまで、その場所に黙って座っていた。
たった1日の葛藤や慰めで解決するような問題ではない。しかし、吐き出した悩みステラに理解してもらえた。
深刻な問題を、二人で共有できたのだ。
次の日の朝、カズヤはいつもの快活さを取り戻していた。
起きてきたメンバーに、カズヤは何ごともなかったように挨拶する。夜に一人で悩んでいたなんて誰も気付かないような、はつらつとした様子だった。
そして皆の旅の支度が整うと、スクエアを目指し、再び黒耀の翼たちと共に進み始めたのだった。
*
「ムルダ、スクエアまでどれくらいあるんだ?」
「ここから徒歩となると結構かかるぜ。2日は必要だ」
「2日か……」
スクエアまでの距離は事前に聞いていた。だが、いざ実際に2日もかけて歩くとなると長く感じる。
囚われている仲間を、一刻も早く救いたいのだ。
「ステラ、全員がウィーバーに乗って進むことはできるか? できればレンダーシアの街や街道を通らずに直行したい」
「1台につき3人くらいまでなら問題ありません。ウィーバーを使えばお昼前には目的地に着けます」
もちろん2日かかるだけの準備はしてきたのだが、時間がかかるほど、相手にこちらの行動がバレる可能性も高まってしまう。
「シデン。予定をかえて、ここからウィーバーを使って一気に進みたいんだけど大丈夫か?」
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