010話 激突
森の中でカズヤを襲った、あの黄色い目の男だ。
褐色の髪に黄色の眼。整った顔立ちも身につけている鎧も、間違い無かった。
男はカズヤの存在には気がつかずに、何事も無かったようにアリシアの方に近づいてきた。
手前で立ち止まると、うやうやしく一礼する。
「これはこれはアリシア様、無事にブラッドベアを退治されたようで安心しました。心配のあまり、持ち場を離れてここまで駆けつけて来てしまいました」
「テセウス騎士団長、出迎えありがとう。あなたが報告してくれた魔物の正体がわかったわ。ブラッドベア3匹とオークの群れよ」
「3匹とは意外ですが、お役に立てて本望です。アリシア様と国民の為になることが、私にとって何よりの幸せですから」
テセウス騎士団長と呼ばれた男は、まるで何も無かったかのように平然と現れた。
アリシアに対して丁寧な言葉を遣い、芝居がかった様子で頭を下げる。鎧の意匠が一般の騎士と違ったのは、騎士団長と呼ばれる地位だったからだ。
「以前の魔物の襲撃でも、あなたの情報で助けられたことを思い出したわ。旧臣たちが王都を離れて心配だったけど、魔物が街に近づくのを未然に防ぐことができた。ありがとう」
「もったいないお言葉です。たとえ我が身が果てようと、いつでも陛下とアリシア様をお守りする覚悟です」
「これからもお願いね。あなたが来てからまだ2年足らずだけど、仕事ぶりには感心しているわ」
テセウスが歯の浮くような台詞を言い放つと、アリシアも満足げにうなずいた。
（何を言ってやがる、こいつの本心は真逆じゃないのか……！）
このテセウス騎士団長という男は、カズヤに邪魔をされたと怒っていた。
それは、アリシアをブラッドベアに襲わせていたのにカズヤが邪魔をした、という意味だ。アリシアを陥れただけでなく、邪魔をした俺を殺そうとしていたのではないか。
「実は、私の持ち場の村で魔物が出没したので救援に行っておりました。かなり手強かったので時間がかかってしまい、すぐにお助けできなかったことをお詫びします」
「そうだったのね。でも、あなた程の実力で苦戦したのだから仕方ないわ」
アリシアはテセウスを優しくねぎらう。
テセウスへの評価は高そうだ。二年前に来たばかりだと言っていたが、奴は短い期間でここまでの信頼を築きあげたのだ。
「そうそう、ブラッドベアの内の二匹はこの人たちが倒してくれたのよ」
アリシアは思い出したように、カズヤとステラを紹介する。
カズヤにとってはそんなことより、この男に襲われた事実の方が重要だ。
「おい、俺のことを忘れたとは言わせないぞ！」
我慢できなくなったカズヤは、テセウスと呼ばれた男を睨みつけた。
「おやおや……」
テセウスもカズヤに気づくと、少しだけ目を見開いた。
しかし皮肉っぽく薄く笑うと、何事も無かったようにアリシアに向かって話を続けようとする。
「何を知らないフリをしているんだ、お前は俺を殺そうとしただろう！」
カズヤは目を逸らさず、テセウスをにらみつける。
「はて、何のことでしょう。あなたとお会いするのは初めてですが……。このような珍しい服装の人と出会ったら、忘れたくても忘れられないと思いますが」
奇抜な外見のアダプトスーツを持ち出して、しらじらしい口調でやり過ごそうとする。
明らかにカズヤに気がついているが、知らないフリを貫くようだ。
「何を言ってる、それどころかアリシアの命を狙っていただろう。お前の顔は忘れもしないぞ！」
「やれやれ、誰かと人違いされているのでしょう。何か証拠でもお持ちですか？」
「……！」
あんな場面で、カズヤが証拠になる物を持っているはずはない。
ステラに出会う前だったので、ボットたちの力も利用できない。周りから見るとカズヤの方から因縁をつけているように見えてしまう。
「ちょっと、いったいどういうこと。カズヤを襲った男性というのがテセウスなの？」
剣呑な空気を感じ取ったアリシアが間に入る。
「残念ながら、この方は私を誰かと勘違いしているのかもしれません。恐ろしい体験をした時には記憶があやふやになることが多いですから」
テセウスは優雅に眉をひそめ、困ったような口調で返事をする。
立派な身なりをした男が丁寧なふるまいをすると、ことさら説得力が増す気がする。
「そう……。でもカズヤが、そんな勘違いするかしら」
アリシアは複雑な表情で、テセウスとカズヤを見比べる。
「アリシア様。ちなみに彼らは何者ですか？」
「知らない場所から来たお客様よ」
「我が国の人間ではないのですか！？ ……アリシア様、窮地から助けた演技をして近づこうという輩もいます。彼らのことを少し疑った方がよいのではないですか？」
今度はテセウスから反撃が飛んでくる。
カズヤたちを怪しむ空気を作り出そうとしてきた。
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