001話 紅い髪の魔法使い
初投稿、新作の連載スタートです!
※1章ごとにいったん完結する、連続した長編シリーズものです。
「……ここはどこだ?」
目を覚ましたカズヤは、自分が知らない場所に横たわっていることに気がついた。
近くでゴウゴウと水の流れる音が聞こえる。上半身を起こすと横には大きな川が流れていて、反対側には深い森が見えた。
「痛ててっ……なんで俺は、こんな所にいるんだ」
必死に思い出そうとするが、頭に鋭い痛みが走って邪魔をされた。
深く考えようとするほど、痛みで集中できない。
「ええと……たしか仕事が終わって、家で寝てたんじゃなかったっけ?」
かすかな記憶をたぐり寄せると、日本での生活を思い出してきた。
仕事と家を往復する平凡な会社員生活だ。
霧山 カズヤ、23歳男性独身。
昨晩も会社からひとり暮らしの我が家に帰宅したあと、録りためていたテレビ番組を見て、そのまま眠ってしまったはずだ。
それが何の間違いで、こんな場所で寝ているのか。
「こんな頭痛持ちでは、なかったはずだけどな……」
カズヤはよろよろと大きな川の方へ歩き、脇でたまった水に自分の顔を映してみた。水は綺麗に澄みわたり、鏡のように映し出てくれる。
そこには見慣れた平凡な顔が映っていた。
黒い髪に黒い瞳。
いつもより頬がこけて髭が伸び、やつれているようにも見えた。
身長170cmほどの中肉中背。手足にはたくさんの擦り傷があって、泥で汚れたボロボロの服を着ている。
とくに左手の外側には、心当たりのないくっきりとした傷痕がついていた。
「おっかしいな、変な夢でも見ているのかな」
カズヤは辺りを見回した。
「ん……何だこれ?」
すると視界の隅に、異様なモノが飛び込んできた。
斜め後方の数m先。
高さ10m幅20mほどの自然では絶対にあり得ない人工的な造形物が、崖に食いこむように半分ほど埋まっている。
苔とツタに覆われているが、むき出しの金属部分に複雑な模様が見えた。
カズヤの喉がごくりと鳴る。
「遺跡か、それとも何か別の……」
無意識のうちに足が動く。
引き寄せられるように、ゆっくりと近づいていった。
「うおっ、なんだこれ!?」
ぽっかりと開いた開口部から中を覗きこんだカズヤは、思わず息を呑んだ。
ひび割れたパネル。崩れた座席。無数のコードの残骸。壁面に埋まった謎の装置群。
扉や窓のような構造物が、かろうじて形を残していた。
「ひょっとして……これは乗り物なのか!?」
長い年月が経過してすべてが朽ち果てていたが、何らかの乗り物の操縦室のようにも見える。
少なくとも、単なる遺跡ではないことは明らかだ。
「飛行機かな? いや、でもちょっと形が違うか……」
いずれにしても、まともに着陸した形跡はない。
両脇のけずれた崖を思い出すと、墜落したか無理やり不時着した感じもする。
気がつくと、カズヤの指先は壁のパネルに触れていた。
指先に乾いた砂埃がこびりつく。
そのときだった――
「※※※※、※※※※※※※!?」
耳の奥を突き抜けるような“声”が響いた。
まったく聞いたことのない言語。
「なんだ……!?」
カズヤの心臓が跳ね上がる。
周囲を見回すが、誰もいない。
生き物の気配もない。
「誰かいるのか!?」
おびえながらも声を張りあげた。
次の瞬間。
――ブルンッ!!
突然、地面が震えた。
低いうなりのような振動音が足元から響いてくる。
崩れかけた操縦室がかすかに揺れる。
「ッ……!? やばいっ!」
思考が追いつく前に、身体が勝手に反応する。
カズヤは外へ飛び出した。
転がるように地面に着地すると、そのまま振り返らずに森の中へと走り出す。
緩やかなのぼり坂を必死に駆けのぼった。
「な、何なんだ、あれ……」
ややしばらく走ってから、ようやく足を止める。
後ろを振り返るが、身に迫るような危険は感じられない。不気味なほど静かな森が広がっていた。
「あんな廃墟みたいな物が、急に動き出すなんて」
まるで眠っていた乗り物が目を覚ましたかのようだ。
聞こえてきた言葉の意味はわからなかったが、女性の声に近かった気もする。
呼吸ははげしく乱れ、心臓は爆発しそうなほど鼓動を打っていた。
カズヤはいったん冷静になろうと、大きく息を吸い込んだ。
そのとき、上空に見たことのない天体が目に入った。
月のような丸み。
しかし一部が欠け、青緑の光を帯びている。
視線をずらすと、さらに別の天体がいくつも空に浮かんでいた。
「ここは地球じゃ……ない?」
謎の人工物や耳に響いた未知の声。動き出す乗り物、そして見たことのない空。
地球の面影は感じられない。
少なくとも、すぐに家に帰れるような場所ではなかった。
カズヤは急に不安になってくる。
「こんな得体の知れない場所で、ひとりきりだなんて……」
そう言いかけたときだった。
ツンと鼻をつく、刺すような悪臭が漂ってきた。
続いて、興奮した牛のような荒い息づかいも聞こえてくる。
背中にゾワッと悪寒がはしった。
「――っ!?」
振り返ると、見たこともない化け物が3体。
カズヤに向かって歩いてきている。
2mを超える二足歩行、豚のような顔、筋骨隆々としたオレンジ色の胴体、肩には鉄屑のような鎧。
肩には、人間など一撃で砕けそうな太い棍棒をかついでいた。
オークだ。
凶暴で知性はなく人間を狩る存在。
漫画やゲームで見たあの姿が、現実に目の前に存在していた。
「う、嘘だろっ……!」
カズヤは咄嗟に逃げようとする。
だが、焦りで足がもつれた。
バランスを崩し、その場で派手に転倒する。
あわてて地面に手をつきながら、必死に顔を上げる。
するとオークの一体が、笑い声のようなうなり声を上げ、棍棒を大上段に構えていた。
「うわぁっっ……!!」
ズドンッ!!
爆音とともに、大地が揺れる。
顔すれすれ――ほんの数センチ隣に、巨大な棍棒がめり込んでいた。
「ちょっと待ってくれ……!」
休む間もなく、即座に2撃目が襲ってくる。
間一髪、カズヤは転がるように身をかわした。
呼吸が荒い。
肺が焼けるように熱い。
焦れば焦るほど、身体が言うことをきかなかった。
「グヒィィィッ!!」
他のオークたちも歪んだ笑みを浮かべて迫ってくる。その目には、カズヤは完全に獲物として映っているようだ。
たちまちカズヤは化け物たちに取り囲まれた。
「も、もう駄目だ……」
仰向けになったまま、思わず目を閉じる。
その瞬間――
「頭を押さえて!!」
背後から凛とした女性の声が聞こえた。
「えっ?」
わけもわからずに、カズヤは言われたとおり頭を押さえる。
ゴオオオオッ!!
突然、頭上で風がはじけた。
鋭い風の刃が、オークの腕ごと棍棒を切り裂いてく。
「ブギャアアアッッッ!!」
血飛沫とともに、叫び声が森に響き渡る。
嵐の勢いは衰えず、さらに魔物たちを引き裂いていく。すさまじい勢いで肉体を切り刻み、大量の血しぶきを辺りに飛ばした。
吹き飛ばされたオークは地面に転がり、樹や地面に叩きつけられる。
衝撃でこと切れたのか、起き上がってくるものは1体もいなかった。
「これは……魔法?」
目に見えない風で敵をなぎ倒す様子は、カズヤが思い描く魔法そのものだ。
凶悪な姿をしたオークたちが、たった一撃で倒されてしまったのだ。
カズヤは声のした方に目を向ける。
そこには20歳くらいの美しい女性が立っていた。
肩にかかるくらいの赤い髪は絹のような美しさで、陽の光を受けて輝いていた。瞳も髪と同じような深い赤茶色で、肌は色白で透明感がある。
身長は165cmくらい。
頬はほんのり赤く染まっていて、やわらかそうな唇は淡いピンク色。小ぶりな鼻が滑らかに通り、整った顔立ちだ。
漫画やゲームでよく見る、魔法使いのローブのような物を羽織っていて、その内側には複雑な刺繍が施された服を着ている。
先端に宝玉がついた金属製の杖を持っていて、腰には短剣をぶら下げていた。
「怪我はない? 動ける?」
「ああ、大丈夫だけど……」
放心していたが、ようやく声を返す。
カズヤは彼女が話している言葉を、自然と理解できたことに驚いていた。
今更ながら、さっきの「頭を押さえて」という言葉も咄嗟に聞き取れていたことに気がついた。
「助けてくれてありがとう、死ぬかと思ったよ……さっきのは魔法?」
「そうよ、間に合ってよかったわ」
晴れやかな笑顔で、女性が返答する。
もちろん、魔法を見るなんてカズヤは生まれて初めてだ。
オークのような化け物すら信じがたいのに、それを魔法で打ち倒す者までいるとは。
しかも廃墟のような乗り物まで存在している。
(ここは、いったいどこなんだ……)
胸がざわつく。
自分はどんな世界に迷い込んでしまったのか。
女性は倒れたカズヤを助け起こそうと、手を差し伸べてくれた。
カズヤは気持ちを整理すると、体を起こしながら女性の手をつかもうとする。
すると――
「あっ……」
カズヤの口をついて言葉が出た。
女性の両腕の指先から肘まで、炎に焼かれたような火傷の痕があったのだ。
腕全体が茶色く固くなっていて、激しい裂傷が残っている。
どんな状況で生まれた傷なのか想像すらできない。常人には耐えられぬほどの痛みであったことは、想像に難くない。
「あ、あの……驚かせて、ごめんなさい……」
思いがけず傷痕を見せてしまったのか、女性はあわてて腕を隠した。普段は隠しているのに、急な戦闘で袖がめくれてしまったのだろうか。
カズヤは少し驚いたが、もちろんいきなり言及するつもりはない。
できるだけ何もなかったかのように、ひとりで立ち上がった。
「いや、その……気がついたら、この森の中に倒れていたんだ。さっきの化け物たちに急に襲われてしまって」
「ひょっとして何も武器を持っていないの? この辺りで丸腰は危険よ」
女性も傷痕のことにはそれ以上触れない。
カズヤが何も装備を持っていないことに気がつくと、心配そうな表情に変わった。
「武器どころか、なぜ自分がここにいるのかもわからないんだ」
「ここはエストラの北東の森よ。私はこの辺りで見かけない魔物が現れたと聞いて、調査に来たんだけど」
「さっきの豚みたいな魔物のこと?」
「いいえ、あれはただのオークよ。この辺りで出没するのは珍しいことじゃないわ。もっと大きな魔物だと聞いていたけど」
(やはり、あいつの名前はオークというのか……)
カズヤはゲーム知識が当てはまったことに驚いた。
だが、それどころではない。
この女性の話によると、この森にはもっと恐ろしい魔物がいる可能性があるということだ。
「それよりも、この辺りで小さな女の子を見なかったかしら? 森の中へひとりで入って行くのが見えたから、あわてて追いかけて来たの。そのせいで仲間とはぐれてしまったわ」
「いや、俺はこの近くにいたけど、出会ったのは君が最初だよ」
「そう……でも当然よね。そもそも、こんな所に小さな子供がひとりでいる方が変なのよ。幻術の魔法でもかけられたのかしら」
女性はブツブツと独り言をつぶやきながら、考え込み始めた。
だから、この女性は単独行動をしているのか。
いくら強いとはいえ、森の中にひとりでいることに疑問を感じていたところだった。
ただ、危険をかえりみずに女の子を助けようとしていたなんて、優しい人物であるのは間違いない。
「……私はもう少し女の子を探してみることにするわ。あなたも一緒に来る? 武器も持たずにここにいたら、命の保証はできないわよ」
軽いタッチで、さらりと恐ろしいことを口にする。
「そ、それじゃあ、人が集まっている場所まで連れて行ってくれないか。こんなところに置き去りにされたくない!」
カズヤの必死な訴えが届いたのか、女性はにこりとほほえんだ。
「ふふ、わかったわ。私はアリシア、あなたの名前は?」
「俺はカズヤっていうんだ。もともと違う場所にいたはずなんだけど……俺はなぜこんな場所にいるんだろう」
違う場所どころか、違う世界にいたはずなんだが。
カズヤがそう心の中で愚痴りながら、アリシアについて行こうと歩き始めたとき。
グオオオオオォッッッッッッ!!
突然、凶暴な唸り声がカズヤの耳に飛び込んできた。
先ほどのオークよりもはるかに重く大きい咆哮が、鼓膜を荒々しく震わせる。
「この声は……!?」
ふたりは周りを見渡すが、姿は見えない。
カズヤの身体がギュッとこわばる。
アリシアは持っていた杖を両手で強く握りしめた。
その直後。
バキバキバキッ!
衝撃とともに、近くの樹木がなぎ倒される。
樹々の隙間から、茶色の毛をした巨大な熊のような生物の姿が見えた。
「ブラッドベア!! まさかB級の魔物がいるなんて……!」
魔物の姿を認めたアリシアが、声を抑えながら叫んだ。
その声色はかすかに震えている。
「まともに戦うと危険よ。急いで森の外に出て、仲間と合流しましょう」
B級というのがよくわからないが、口ぶりからするとかなり危険な魔物のようだ。
もちろんカズヤは戦うつもりなんて、最初からない。
逃げられる方向がないか、辺りを見回す。
「……伏せて!!」
突如、アリシアが叫んだ。
カズヤは反射的に身をかがめる。
ブオンッッ!
その頭上を、大木が丸々1本飛んでいった。枝葉の先がカズヤの頭をかすめ、轟音を立てて周囲の草木をなぎ倒していく。
あまりの破壊力に、カズヤは背筋が凍る。
アリシアが声をかけてくれなかったら、間違いなく頭を直撃していた。
警戒しつつ頭を上げる。
大木が飛んできた方をゆっくりと見ると、カズヤは巨大な魔物と目が合ってしまった。
(でかい……!)
近くで見ると、よりその凶暴さが伝わってきた。鋭利な牙と太く尖った爪、頑強な筋肉。体長5mはありそうだ。
こんな熊は今まで見たことがない。
「2人で逃げるのは無理ね、私が気を引くからあなたは逃げて!」
アリシアはカズヤを背にして仁王立ちになる。
ふたたび杖を握りしめると、早口で何かを詠唱し始めた。
アリシアの腕に発光した紋様が浮かび上がり、光輝く小さな球体が形成されていく。周囲に光の陰影をえがきながら、炎の塊がさらに輝きだした。
「ファイア・バースト《炎風爆烈旋》!」
大きく杖を振ると、バレーボール大の炎の塊が魔物に向かって放たれた。
ブラッドベアの顔へと、まっすぐ飛んでいく。
バシイイイイッッッ!!
しかし直撃する寸前。
まるで弾かれたように、炎の塊がブラッドベアから逸れる。
外れた炎が横の樹に当たり、激しい光と音をあげて爆発した。樹の表面が一瞬にして燃え上がり、焦げついた臭いが充満する。
魔物は何事もなかったかのように、こちらを向いて立っている。
「弾かれたっ!? 魔法が効かないなんて……すぐに逃げて!」
アリシアが後ろにカズヤに向かって鋭い声を発した。
しかし、ブラッドベアはその隙を見逃さない。
一瞬だけ背を見せたアリシアに向かって、横殴りに激しく腕を振る。
かわそうとするアリシアの杖に、ブラッドベアの腕が直撃した。杖を握っていたアリシアも弾き飛ばされる。
受け身を取れずに、地面に叩きつけられた。
アリシアはすぐに立ち上がろうとするが、足がふらついて起き上がれない。
激しくせき込み、苦しそうに息を吐きだした。
獲物を痛めつけて満足したのか、ブラッドベアはアリシアの方にゆっくりと近寄っていく。
(まずいぞ、このまま俺だけ逃げ出すのか!?)
戦闘を凝視していたカズヤは、どうするべきか逡巡する。
何もしなければ、アリシアの命が危ない。
自分を助けようとしてくれるアリシアに、なんとか加勢したい。
でも武器もなく魔法も使えないのに、魔物を倒すなんて不可能だ。それどころか傷ひとつつけられる気がしない。
(どうしよう……)
躊躇しているうちに、アリシアの目の前に魔物が迫ってくる――
「おい、クマ野郎! こっちを見やがれ!!」
とっさにカズヤは大声で叫んだ。
地面に落ちていた石を手に取ると、ブラッドベアに向かって投げつける。
グオオッッ!
傷つけることなどできないが、魔物の注意を引きつけるには十分だった。
ブラッドベアは何の装備も身につけていない弱々しい男の存在に気がつくと、視線を移動する。
そして身体の向きを、ゆっくりとカズヤの方へと変えた。
その隙にアリシアが立ち上がる。
一瞬、ふたりの視線が交差した。
「危険よ、早く逃げて!」
この状況になっても、アリシアはカズヤを逃がそうとしてくれている。
だが、もちろんカズヤは見捨てるつもりはない。挑発したブラッドベアを別の場所に誘導してやればいい。
「……じゃあ、幸運を!」
カズヤは背中を向けると、森の奥へと一気に走り出す。
「カズヤッ……!」
悲鳴のようなアリシアの叫び声が、空に響いた。
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