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ユウキの望み


◆◆◆


<バタン>


 僕は自分の部屋を出た。

 部屋の扉には「ユウキ」と、僕の名前が書かれたプレートが掛けられている。


 真新しい服に袖を通して、自分の部屋を持つ。待ち望んでいた生活だ。


 だけど……。


 念願の『都市』の中に入れたというのに、僕の心は何かざわついていた。

 環境が変わったこと、それもあるけど……。


 一番の不安は、これから何をすれば良いのか?

 それが何もわからないことだ。


 僕は他の人達と一緒に、国際展示場の上層に送られた。

 てっきり、働き手として南の職人区に送られると思っていたんだけど……。


 都市の上層は富豪や上位の探索者が住む、静かできれいな場所と聞いている。

 まちがっても、僕のような人間が立ち入れる場所じゃない。


 門前町で動物と変わらない生活をしていた僕がなんでこんな所に?

 僕と一緒に送られた人たちは、これで人生をやり直せると喜んでいた。


 だけど、嫌な予感がしていた。形のない何かが腹の奥から登って来て、胸を締めつけてくる。何かが間違った方向に進もうとしている。そんな不安があった。


 こんなことでは、落ち着いて椅子にも座っていられない。

 僕は気分を変えるため、外に出たのだが……。


「ふぅ……外もあんまり落ち着かないな」


 部屋を出た僕の前には、灰色のカーペットが敷き詰められた廊下が広がっている。だが、夜になって日が完全に落ちた今、不十分な照明しか無い廊下には、沼地のような黒色が広がっていた。


 (やわ)らかいカーペットに足が沈み込む感覚は、本物の沼を歩いているようだ。

 僕は目的もなく上層の廊下を歩いていた。すると――


 


「歌?」


 どこからか、歌が聞こえてきた。


 耳に触れるだけでも心が安らぐ、心を預けたくなる。

 そんな優しい声が旋律を奏でていた。


 僕は歌声のもとを探して廊下を歩いて、それをみつけた。


 窓の前で、黒いコートを着た人が歌っていた。


 その人は夜の真っ黒な空で塗りつぶされた窓の方を向き、聞くものも居ないのに、ただ自分のために歌い続けているようだった。


 真っ黒な夜を浸す声はどこか物悲しい。

 歌声は僕の頬に触れると、じんわりと(しび)れのような物を残す。


 これは歌のせいなのか?

 それとも、これを耳にした僕の心のせいなんだろうか?


 歌は僕の耳、体、肉をすり抜けて魂に届く。

 余計な道具も使わず、自分の体一つでどうしてこんな事ができるんだろう。


 すっと歌声が止んだ。


 その人が僕に気づいて、振り返ったからだ。


 振り返った顔を見て、僕はギョッとした。その人のマスクがドクロを象っていて、まるで死神のように見えたからだ。


「これは失礼。驚かせるつもりはありませんでした」


 彼はそう言って、マスクの上に上げていた保護カバーを降ろす。

 すると死神からのっぺらぼうに変わって、少し話しやすい印象になった。


「あの、貴方は……?」


「私の名前はファウスト。この都市と契約した『都市探索者』であり、人々からは『黄泉(よみ)歩き』と呼ばれています」


「あっ……ごめんなさい、僕はユウキです」


「ユウキ、いい名前ですね。君の話は聞いています」

「えっ?」


「君たちを求めたのは私なのです。この『都市』の市長にお願いして、私に協力してくれる人を求めていたのです」


「僕たちを……? で、でも! ファウストさんが黄泉歩きっていうことは、貴方は十層まで到達したっていうことですよね?」


「はい、その通りです。 私のジョブのレベルは100。そして今は十一層へ挑戦している所です」


「僕たちはダンジョンに潜ったことがないです! それに、ジョブすら無いのに、どうやって協力なんて……!」


「いえ、出来ますよ。あなた達にはある取り柄がありますので。」


「取り柄? 僕たちに……?」


「はい。それはあなた達が何の神にも染まっておらず、それでいて、とてもとても強い意志が有るという事です」


「神の力、ジョブやスキルの本質は人の心です。手から火を出したり岩を砕いたり…‥そのすべての力を形づくるのは、人の意思なのです」


「すみません、言っている事がよくわからないんですが……」


「大丈夫です。時間をかけて、一つ一つ説明していきますから。さっそく明日から《《授業》》を初めます。今日はもうおやすみなさい」


「はぁ……わかりました。」


「それでは」


「あ、あの!」


「なんでしょう?」


「ファウストさんの歌を聞いて思い出したんです。僕の前に『都市』に入った子のうちの一人に、ヒナタっていう子がいるですけど……」


「ほう。」


「なん、だろう……なぜか、貴方の歌で、彼女の歌を思い出したんです。」


「ヒナタ………‥ヒナタ……あぁ!」


「思い出しましたよ。私は歌を彼女に教えてもらったんです」


「本当ですか?! あの……僕、彼女に会いたいんです」


「なるほど……それで君は『都市』に入りたがっていたのですね! 君の意志を支えて居たのは彼女だったと」


「いや、その……」


「恥ずかしがらなくてもいいですよ。――恋ですね」


「あ、あ……その、それで、ヒナタに会えますか?!」


「彼女は今、とても忙しくしていますからね……ですが、君が彼女と並び立つほどに努力すれば――」






「えぇ。きっと会えるでしょう。」


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