ユウキの怖れ
『ひどい怪我ですね』
「……『カッパの薬瓶』でも血止めにしかならないか」
ユウキはナイフで自分の腕の大部分をそぎ落とした。
血は止まったが、バーバラに包帯を巻かれた腕は大きくへこんでいる。
じくじくと赤く染まっていく包帯が痛々しい。
「バーバラさんこれって――」
腕を元に戻せるか? という俺の疑問に、彼女は首を横に振った。
『ごめん。ここまで肉を失ったのをすぐには戻せないよ。
……あたしの治療術って半端だから』
「そんなことないよ、ありがとう」
『……うん』
どうしたもんかな。
このケガをそのままにして放り出すのは、あまりにも……。
「大国主。カッパの薬を繰り返し塗れば、この傷を癒せるか?」
『うむ。カッパの薬は刃物による傷に対して効果が高い。ナイフで腕を削いだのなら、一週間はつけ続けるとよいじゃろう』
「そっか」
俺は視線を下げ、自分の手に握っていた物を見る。
そして、それを彼のケガをしていない方の手に押し付けた。
「こいつを持っていけよ。その怪我に塗り続けるんだ」
「え、でも……」
「いいんだ。プレゼントかなんかだと思ってくれ」
俺はカッパの薬瓶をなかば無理矢理にユウキに持たせた。
ナイフで肉をえぐった時の深い傷で、彼の左腕はまともに動かなくなってる。
放って置いたら、一生物の傷になるだろう。
だが、表示枠すら出せないユウキは正真正銘の無一文だ。
手当てを受けたり、水薬を買うことができない。
どうせ浜離宮の二層で拾えるんだ。これは彼が持っていたほうが良い。
「その薬瓶は一日5回まで自由に使える。朝昼晩、忘れずケガに塗って、その傷を良くするんだ。指が動かないままじゃ困るだろ?」
「はい……あの、ありがとうございます!」
俺は涙を浮かべるユウキの髪をくしゃりとして、頭をなでた。
「中で働けば、そのうちジョブも手に入るさ」
「…………」
「どうした?」
「その、ジョブは絶対手に入れないと、いけないんでしょうか。自分の手……今はこんなですけど、自分の力で働くのは、いけないことなんでしょうか」
そんな答えが返ってくるとは思わなかった俺は、ユウキへの答えに詰まった。
上位のジョブを手に入れることは、幸せへの道。
それが今の世界の常識だからだ。
……いや、そんなの最初っから決まってるわけじゃない。
これは「そういうもん」として、勝手に俺たちがルールを見出してるだけだ。
そうか、「前へならえ。」か。
これは誰かの真似をしてるだけで、自分の頭で考えたわけじゃない。
だけどそれじゃ、生活が苦しくなるばっかりで……。
ダメだ。堂々巡りで、考えが同じところを回っているだけだ。
考えているようで、何も考えてないな。
「ハハッ」
「あ、あの?」
「いや悪い、ちょっとね。」
「神様……ウチの大国主はこんなやつだけど、たまに役に立つから」
『こんなとは何じゃい! 不遜じゃぞ!』
「だったら普段から役に立ってくださいませんかですぅー」
『キェー!』
「その、そうじゃなくって……僕は怖いんです」
「ん、怖いって?」
「ジョブを手に入れた人たちが、どこか前と変わっていってる、そんな気がして……」
「えっと、どういうことかな?」
「みんな、神気を使ってジョブを手に入れて、武器が使えるようになったり、物が作れるようになって……剣を使う人は急に荒っぽくなったりしませんか?」
「そりゃぁ、多少はなるだろうさ。自分に戦う力が身につけば、誰だって少しは荒っぽくなるよ。そうでないやつもいるし」
「僕はそれが何か、取り返しがつかないこと、そんな気がして……」
ユウキの疑問には師匠が答えた。
探索者村で酒を飲んでたはずだが、受け答えの様子はしっかりしてる。
まるでシラフみたいだ。
「頭の中に新しいモノを入れたら、その分何かが押し出される。たしかに、そんな事が有るかもしれないね……」
「でも、それは普通に勉強しても同じことだよ。新しい考えや方法を学べば、人は変わっていく。自分で選ぶか、他人に選ばされるか……でも最後は自分だよ」
「…………」
腕に巻かれた血に染まった包帯を、ユウキは見つめる。
彼は何を思っているんだろう。
『ユウキくんのように教会や寺社で神に祈ることで彼らと契約し、ジョブを得ることを恐れる人は、珍しくないです』
「そうなのか? 銀座じゃ一刻も早くって感じだったけどな」
『生活の苦しいところではそうでしょう』
「何も言えんわ」
『もっとも、彼らもユウキくんとは怖れている方向性は少し違いますが』
「違うって?」
『――神に支配される、と』
「なるほどね。」
「ユウキ、きみが都市に入れる理由はその……信仰を持たなかったことだ」
「だから、きっとそれでも何か良いんだと思う。でもそれで不幸せって感じたら……やっぱナシって変えても良いと思う。俺はね」
「……あの! お兄さんの名前、教えてもらってもいいですか」
「ツルハシ男でいいよ。名乗るような立派な名前じゃない。あ、でもみんなの前ではヒミツな?」
「え?」
「こいつはちょっとワケ有りでね。兄さんって呼んどきゃいいよ」
「は、はい」
『ユウキくん、私はラレースです。もし困ったことがあったら、聖墳墓教会に来て私の名前を出してください』
「は、はい!」
バーバラと師匠も名乗り、師匠に至っては怪我を膿まないようにする方法まで一緒に教えていた。この人なんだかんだ面倒見良いよなぁ……。
(――ん、もう時間か。)
俺たちの前に「市民候補」とやらの選別を行ったオッサンと兵士が歩いてくる。
オッサンたちは俺達の前で立ち止まると、言葉を冷たく言い放った。
『市民、時間だ。いつまでも待たせるな』
「わかりました!」
ユウキは俺から渡されたカッパの薬瓶を大事そうにしまうと、彼と同じく、腕を削いで認められた他の二人と一緒に、『都市』の中へと向かった。
ひとまず落ち着く所に落ち着いた、か。
「ありがとうございます。みなさん!」
「またな、ユウキ」
「はい、お兄さんも!」




