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黄泉歩き


◆◆◆


 国際展示場の上層、お台場の全てを見下ろせる一室で、男は外を眺めていた。


 彼の名はサカキ。このお台場の『都市』の市長であり。国際展示場の主だ。


 サカキは首元のタイを緩めると、鈍い鉛色の空から視線を下に移す。


「また増えたな」


 色も形も様々なテントとバラック。無数に立ち並ぶそれらは複雑な色彩を織りなして、豪華な絨毯(カーペット)のように見えた。


 この『都市』の中に入ろうという者たちが思い思いの手段で寝床を作り、列をなしているのだ。


『安全は何よりも得難(えがた)いものになりましたからね』

「お前のような『都市探索者』が言うと説得力があるな」


『世界で生きられる場所を見つけたら、まず作るべきなのは頑丈な壁とドアです。ソファやベッドでは身を守れませんので』


「全く……周辺の治安を維持するためのコストも馬鹿にならん。ゴミは増えるし、衛生状況も……何よりあの悪臭!」


「都市探索者」と呼ばれた男は、静かに部屋の外周を歩く。

 身にまとった分厚い装甲コートが揺れるが、衣擦(きぬず)れの音さえさせなかった。


『ですが、そういった悪いことばかりではありません「第十層」より下へ向かうには、彼らの協力が不可欠ですから』


「……また補充が必要なのか? 黄泉(よみ)歩き。」


『はい。研究とはあらゆる可能性を試すもの。』

『不適切な可能性をつぶすにはその分、「コスト」が掛かりますので』


「……手配しよう」


『ありがとうございます。かなり形にはなってきたのですが……まだ足りません』

『手指は完成しましたが、胴はまだまだ改善の余地があります』


 そう言って「黄泉歩き」と呼ばれた探索者は、コートの(そで)をめくって見せる。

 すると、上着の下から(むくろ)(かたど)った甲冑が現れた。


 いや、これはただのデザインではない。一つ一つの部位が彼の動きに合わせてうごめいている。これは文字通りの外骨格スーツなのだ。


 骸骨を(かたど)ったマスクを愛撫(あいぶ)しながら、彼はゆったりとした態度を崩さない。

 反面、サカキは落ち着きなく体を揺らしていた。

 

『娘の帰りが遅い父親のようにそわそわしていますね』


「当たり前だ。これが知れたら……」


『心配することはありませんよ。証拠は《何も残りません》から』


「こんなことなら……ファウスト、お前と――」

『契約しなかった、ですか? いいえ。知っていても、貴方(あなた)ならしましたよ』


「…………。」


『その節はお世話になりました。私が「都市」と契約することで、貯まる一方だった神気に、多くの使い道ができましたからね』


 ――「都市探索者」とは、「都市」と専属契約を結んだ探索者だ。

 彼らは都市であらゆる支援と便宜を受ける代わり、優先的に戦利品を提供する。


 本来なら、『都市』の指導者が一介の探索者を歓迎することはない。しかし、「ファウスト」は好意と畏怖(いふ)をもって迎えられている。これだけでも、この『都市』がどれだけこの男に頼っているかわかる。


 彼はふらっと出かけると、帰ってきた時に必ず莫大(ばくだい)な富を『都市』にもたらす。


 この探索者はそういう存在だった。


 昨年から今年にかけて、彼は『都市』に200億以上の神気をもたらした。

 その大半はサカキの(ふところ)に入ったのだから、ファウストに対して彼が言いなりになるのも当然の事といえた。


『……そうでした。リクエストがあります』

「リクエスト?」


『次は「無地」がいいですね。何色にも染まっておらず、それでいて燃えるような情熱と強い意志を持つ。そういった素材が欲しいですね』


「わかった。よく言っておこう」

『お願いします。――それでは私はこれで』


 ファウストは言うだけ言うと、音もなく扉をくぐって消えた。


 部屋に一人残されたサカキは額に汗を浮かべ、深いため息を吐く。

 スーツの中のワイシャツは、冷や汗で背中にべっとりと張り付いていた。





「……化け物め」

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