黄泉歩き
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国際展示場の上層、お台場の全てを見下ろせる一室で、男は外を眺めていた。
彼の名はサカキ。このお台場の『都市』の市長であり。国際展示場の主だ。
サカキは首元のタイを緩めると、鈍い鉛色の空から視線を下に移す。
「また増えたな」
色も形も様々なテントとバラック。無数に立ち並ぶそれらは複雑な色彩を織りなして、豪華な絨毯のように見えた。
この『都市』の中に入ろうという者たちが思い思いの手段で寝床を作り、列をなしているのだ。
『安全は何よりも得難いものになりましたからね』
「お前のような『都市探索者』が言うと説得力があるな」
『世界で生きられる場所を見つけたら、まず作るべきなのは頑丈な壁とドアです。ソファやベッドでは身を守れませんので』
「全く……周辺の治安を維持するためのコストも馬鹿にならん。ゴミは増えるし、衛生状況も……何よりあの悪臭!」
「都市探索者」と呼ばれた男は、静かに部屋の外周を歩く。
身にまとった分厚い装甲コートが揺れるが、衣擦れの音さえさせなかった。
『ですが、そういった悪いことばかりではありません「第十層」より下へ向かうには、彼らの協力が不可欠ですから』
「……また補充が必要なのか? 黄泉歩き。」
『はい。研究とはあらゆる可能性を試すもの。』
『不適切な可能性をつぶすにはその分、「コスト」が掛かりますので』
「……手配しよう」
『ありがとうございます。かなり形にはなってきたのですが……まだ足りません』
『手指は完成しましたが、胴はまだまだ改善の余地があります』
そう言って「黄泉歩き」と呼ばれた探索者は、コートの袖をめくって見せる。
すると、上着の下から骸を象った甲冑が現れた。
いや、これはただのデザインではない。一つ一つの部位が彼の動きに合わせてうごめいている。これは文字通りの外骨格スーツなのだ。
骸骨を象ったマスクを愛撫しながら、彼はゆったりとした態度を崩さない。
反面、サカキは落ち着きなく体を揺らしていた。
『娘の帰りが遅い父親のようにそわそわしていますね』
「当たり前だ。これが知れたら……」
『心配することはありませんよ。証拠は《何も残りません》から』
「こんなことなら……ファウスト、お前と――」
『契約しなかった、ですか? いいえ。知っていても、貴方ならしましたよ』
「…………。」
『その節はお世話になりました。私が「都市」と契約することで、貯まる一方だった神気に、多くの使い道ができましたからね』
――「都市探索者」とは、「都市」と専属契約を結んだ探索者だ。
彼らは都市であらゆる支援と便宜を受ける代わり、優先的に戦利品を提供する。
本来なら、『都市』の指導者が一介の探索者を歓迎することはない。しかし、「ファウスト」は好意と畏怖をもって迎えられている。これだけでも、この『都市』がどれだけこの男に頼っているかわかる。
彼はふらっと出かけると、帰ってきた時に必ず莫大な富を『都市』にもたらす。
この探索者はそういう存在だった。
昨年から今年にかけて、彼は『都市』に200億以上の神気をもたらした。
その大半はサカキの懐に入ったのだから、ファウストに対して彼が言いなりになるのも当然の事といえた。
『……そうでした。リクエストがあります』
「リクエスト?」
『次は「無地」がいいですね。何色にも染まっておらず、それでいて燃えるような情熱と強い意志を持つ。そういった素材が欲しいですね』
「わかった。よく言っておこう」
『お願いします。――それでは私はこれで』
ファウストは言うだけ言うと、音もなく扉をくぐって消えた。
部屋に一人残されたサカキは額に汗を浮かべ、深いため息を吐く。
スーツの中のワイシャツは、冷や汗で背中にべっとりと張り付いていた。
「……化け物め」




