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地上の脅威

<ケェェェーン!>


 俺たちが埠頭まで先を急いでいると、異様な鳴き声が聞こえた。


 この声を例えるなら、うーん。

 180度後ろに首をねじられたニワトリみたいな鳴き声だ。


「ラレースさん聞こえました?」


「一難去って……といったところですか。あの鳴き声は、間違いなくぬえです」


 鳴き声が聞こえただけで、やつの姿はまだ見えない。 

 これがいわゆる「地上の脅威」というやつだ。


 話はちょっと昔に戻る。

 この世界にダンジョンが現れてすぐ、ある事件が起きた。

 ダンジョンからモンスターがあふれ出し、地上にいた人間や建物を襲ったのだ。


 もちろん、各国で軍隊がその対応に当たったが、通常兵器ではどうにも出来ず、国によっては核兵器や毒ガスといった大量破壊兵器まで使用された。


 そこへ神様が現れて、神気と引き換えにありがたいお力をお貸しくださり、人間の手でモンスターをしばき倒せるようになった。


 だけど、全部は狩りきれなかった。

 今もこうして当時の生き残りが地上に残っている。


 連中は人間が勝手におっぱじめた第三次世界大戦もしれっと生き抜いている。

 生き汚さにかけては精鋭中の精鋭。そう簡単には倒せない。


 たまに奇特な連中が奴らを狩ろうとするが、大抵は無駄に終わる。

 狩ろうとしても、殺虫剤を取り出した時の虫みたいに姿を消すからだ。


 奴らは理由もなく何十年も生き残っていない。

 普段は姿を消し、絶対に勝てるときにだけ、奇襲を仕掛けてくる。


 臆病すぎるほど慎重で狡猾。

 なおかつ必要なときは大胆になれる自制心がある。

 そういう奴らだけが残った。


 長年かけて狩りの腕が円熟した連中は、不十分な偽装でキャンプしている迂闊(うかつ)な探索者を頭からかじったり、単独で行動する旅人や行商人を襲う。


 いま鳴き声が聞こえた「(ぬえ)」も、そういったうちの一頭だ。

 さて、どうしたものかな。


「鳴き声がしたのは私達の前の方でしたね」


「ラレースさん、ぬえを避けて、回り道しましょう」


「いえ、ダメです。」

「えっ?」


 意外な答えが帰ってきたので、俺は調子の外れた声をあげてしまった。


「どういうつもりです?」


(ぬえ)が鳴き声を上げたのが奇妙に感じます。奇襲をかけられたのに、なぜ自らその機会を手放したんでしょうか?」


「なるほど……迂回した先で待ち構えてる、とか?」


「だと思います。ツルハシさん、この地図を見てください」


 彼女は俺に表示枠を向ける。

 ――あ。


「ここから迂回すると、開けたエリアを通ることになります。ここは道路ばかりで、身を隠せるものがほとんどありません」


「見通しが良くて、逃げ場が少ない。狩り場にはもってこいですね」


「はい。あの鳴き声はきっと、獲物を誘導することが目的だと思います」


 危ねぇぇぇぇぇぇ!!!

 もうすこしで(ぬえ)の作戦に引っかかる所だった!

 そこらの探索者より頭いいだろアイツ!!


「じゃあ、このまま真っ直ぐいきますか」


「それもダメです」

「え」


「鵺は今のまま、前方で待っていても、有利に戦えるからです」

「なんですとっ!?」


「もう一度地図を見てください。この先の橋を渡らないと埠頭に行けません。鵺が誘導している場所よりはマシですが、橋の上も逃げ場がなくて危険です」


「むむむ、ではどうするんです?」


「ここは相手の策にかかったフリをしましょう。まず迂回するように見せかけ、そのままUターンします」


「戻るにしても、橋まではさすがに遠すぎるんじゃ……あっ」


「そうです。ツルハシさん、無ければ作ればいいじゃないですか」


 片手の人差し指を立て、ヘルメットを被ったまま首を傾げるラレース。

 それにウインクしてみせる彼女の顔を俺は幻視した。


◆◆◆


 《《それ》》は虎の手でコンクリートの壁に爪を立ててへばりつき、身を隠していた。遠くに見える獲物の様子をうかがうためだ。


(ゼッタイ聞こえたはず。どうする? ドウスル?)


 (ぬえ)の顔は、赤く染まったサルのものに酷似している。

 彼は獲物の動きを見て、その顔の口を三日月のようにしてあざ笑った。


(――うん、ウン。かかった! カカッタ!)


 眼下の白と黒の人間が、進む方向を変えたのを彼は見た。

 自分の目論見(もくろみ)が成功したことを確信し、彼は動く。


 背中を丸めて背骨の力を足にためると、死んだ空にばっと躍り出した。


 鵺の跳躍の力をまともに受けた廃ビルの壁は白煙を上げながら崩れ落ち、真下にあった自動車を押しつぶした。


 アスファルトの道路を4本の爪で切り裂きながら、鵺は狩り場へと向かう。

 彼のお気に入りの場所に登れば、あとは獲物を待つだけだ。


 足場にした都バスをペシャンコに踏み潰し、雑居ビルの二階に鵺は巨躯を滑り込ませた。ここはお気に入りの「巣」のひとつなのだ。


(さぁ、こい! コイ!)



(オカしい……ゼンゼン、コない)


 まるで獲物が現れる気配がない。


 これが病人であったり、足を引きずっているならわかる。

 だが連中は普通に立って歩いていた。


 鵺は何かに気づいたように、頭を持ち上げる。

 その顔からは、先程のいやらしい笑顔は完全にかき消えていた。


(マサカ――!! ヒッカケられたのは、オレ?)


 巣から飛び出すと、弾丸のように鵺は走り出した。


(キット最初ノ橋に戻ッタナ! オレの足ナラ追いツケル!!)


 そのとき、廃墟を駆ける彼の目に見慣れないものが目に入った。


 コンクリートの橋だ。先程までこんな橋は無かった。


 鵺は地面を切り刻みながら足を止めると、橋に鼻を近づけた。


(スンスン…… 人間の臭イがする。ケド)


 彼は臭いを追いかけようとするが、出来なかった。


 橋は途中から床が消えているからだ。さらに向こう岸の橋には高くそそり立つ壁があり、鵺の脚力でさえ、飛びつくのを難しくしている。


 そしてもうひとつ。

 壁にはツルハシを持った男がこちらに向けて舌を出している落書きがあった。


(……バカにしやがっテ!!!)


<ケエェェェェェェーンッ!>


 怒り狂った鵺の鳴き声が廃墟にこだました。

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