互いの境界線
「時間切れ? 「都市」に戻るって……?」
彼女の口から出てきた、「時間切れ」という言葉に軽くパニくった。
彼女が俺とずっといることは無い。
そう思っていたが、まさかこんなに早いとは思わなかった。
「私たちの自由な外出時間は72時間までと決まってまして……」
「なんか公務員みたいですね」
「えぇ。実際、似たようなものです」
「今から寝て、鉱床を三層に戻したとして……残り時間は12時間。」
「それまでに地上を歩いて『都市』に戻らないといけません」
「それで相談なのですが」
「俺にラレースさんが住んでる『都市』まで来てくれ。ですか?」
「はい。その通りです。」
「私は勝手に外へ出る事ができません。言ってしまえば騎士も軍人ですので……。しばらく任務や遠征で、遠いところへ行くことも十分有り得ます。」
「げっ、それだと……」
「はい。その間、ツルハシ男さんは無防備になってしまいます」
「その間、ずっと俺が隠れているってのは?」
「それが今度はいつ来れるのか? 確かなお約束ができません」
「むむむ……」
「以前には、6ヶ月の長期にわたっての遠征もありました」
「外にいるジジイみたいに干からびそう」
「プ、し、失礼しました」
思わず吹き出し、広げた手を振り回して照れるラレース。
なにこれかわいい。
……おっと危ない。
マスクで俺の(ニチャァ って顔が隠れてよかった。
「オホン!」
「このままだと、ツルハシ男さんを守り切るのは難しいです。一旦都市に帰って、正式にダンジョン攻略の指示を受ければ、そうした制限がなくなります」
「そっか、長期遠征していることにすれば良いのか」
「はい!」
「でも、浜離宮を攻略するっていう任務がなかった場合は?」
「そこはご心配なく。私が任務を作ります」
「マッチポンプ……? 何か自作自演みたいな感ありますね」
「緊急事態が起きているのは確かですよ?」
「まあ、それは確かに。」
ラレースさんは敬礼のポーズを取って誰かのマネを始めた
おそらく彼女の上司たちのマネだろう。
「閣下!ダンジョンの形が人の手で変わりました、大事件です!!」
「うむ、すぐさま現地へ行き、何が起きているのか調べなくては!」
「おや、たまたまその場に居合わせていたラレースという騎士がいるようです」
「なんと!ではその者に調査を任せるとしよう」
「っていう感じですね?」
「ラレースさんもしたたかですね」
「ツルハシ男に影響されたかも知れません」
「げふ」
何か少し……彼女と打ち解けてきた気がする。
いや、待て!!
ここで距離感を誤るなよ、ツルハシ男。
ここで間違いを犯すと、何お前キモッってなるのだ。
小学校、中学校の時の教訓を思い出せ。
となりの席の子に、いつも机の間を開けられていた時のことを。
勘違いをして踏み込み過ぎるな。
ここでラレース、なんて呼び捨てして、彼女と距離をつめようとしてみろ?
「は?」とか「あ?」とか言われたらどうする。
彼女は俺を「都市」に誘っているが、それは彼女が俺に好意を抱いているわけじゃない。これはあくまでも、野生動物保護とかそっちのベクトルだ。
動物と人間、男と女、お互いの境界線を守るのだ。
リスクは避けろ。OK?
「す、すみません、怒りました?」
「いえ違います!! ぜんぜんそんな!!」
クッ! 彼女の肩の上のマリアが「フッ」みたいな顔してる。
何か腹立つ!
「話を戻しましょう。『都市』の場所は? 俺は『銀座』なんですけど」
「私は『お台場』から来ました」
「わぉ。ラレースさんって結構遠い所から来てたんですね」
お台場は、東京湾に浮いている人工島だ。
昔は巨大な橋で東京都とつながっていた。
しかし、第三次世界大戦で橋は崩壊。陸から行く手段はない。
これは見方を変えれば、地上から来る脅威からは守られると言う事だ。
他の「都市」に比べると、お台場は比較的安全な場所。
安全な場所には、お金持ちとお偉い方々が集まる。
ハイソでセレブな上級国民が住む『都市』。それがお台場だ。
……まてよ、お台場に行くには、海を渡っていくしか無い。
ヨット、ボート、イカダにタライでも何でも――
水の上に浮くものなら何だっていいが、とにかく海を渡る手段が必要だ。
「ラレースさん、海を渡る手段はあるんですか?」
「えぇ。仲間に知らせれば、船で回収してくれるはずです」
「なら問題はなさそうですね」
「はい、地上を歩くことに集中して大丈夫です」
その後も少し話し込んでから俺たちは眠りについた。
明日の移動の手はずから、都市のこと、街の人のこと。
俺と彼女は全く違う世界に住んでいた。
見えない境界線で隔てられた、異なる世界に。
だけど、言葉をかわすたびに互いの境界線は波打っていく。
オレと彼女、その間にある境界線は、考えや言葉をぶつけると波打ち際みたいに動く。それで俺はいっとき、彼女が自分と同じようなモノの考え方をしている。そう思いそうになる。
だけどこれは勘違いだ。
動いているだけで、一線はいつでもそこにある。
このラインを踏み越えるとどうなるか?
大抵は対岸の相手に「どんっ」と押されて、自分の所に押しもどされる。
ちょっと痛い目を見るだけで終わることがほとんどだ。
ただ、お互い押し合って、間違った方に転がると……。
敵になる。




