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職人の朝は早い

◆◆◆


 護符作り職人の朝は早い。

 アトリエに同居している邪悪な探索者が出かける前に、ワシは用意を始める。


 先日の探索者との戦いで、護符の在庫が全て燃え尽きてしまった。

 なので早急に数を(そろ)えなけらばならない。


 丸太のような荘重(そうちょう)なパピルスのロールをワシは作業場に広げた。


 まっさらな草の紙。

 これが護符の材料になるのだ。


「ピュイ~?」

「ファファ、まぁ……好きで始めた仕事じゃからの」


 わしはパピルスを風で切り刻んでいく。

 ここではちょっとした狂いも許されない。


「こうして白い紙と向き合っていると、身が引き締まる思いじゃの」


 居候(いそうろう)の探索者たちが出かける時間になっても、作業は終わらない。時間が昼を回った時、ようやく紙を護符の形に合わせて断ち切ることが終わった。


「さぁ……本物に追いつき、追い越すときじゃ」


 紙片に一つ一つ手作業で飾り字を書き込んでいく。

 インクはもちろん、イケニエとなった人間の血液だ。


 もっぱら吸血鬼たちのシモベから(ゆず)ってもらっている。

 しかし、最近はあまり良い血が取れない。

 粘り、発色、良い品質の血を探すのは困難を極めるのじゃ。

 

 だが、(なげ)いても仕方がない。出来ることをするまでじゃ。



 ――リッチは字の一つ一つ、優雅な曲線に熟練の技、ぬくもりを込める。

 口よりも「護符」という作品で語る。静かな鬼の姿がそこにあった。


「ジジイ、いるかー!!?」<バァンッ!!>

「ホアアアアアアッッ?!!!」


<ガッシャン!!!><パリンッ!>


「あーインクが、ほら掃除しないと」

「誰のせいじゃ!! いきなり(おど)かしおって!!」


『いけません、すぐに……?! ――これは……血ッ!!』


「アッ! いや、これは、そのじゃな?」


『人間の血液をインクにするとは……やはり討滅しなければ!!』


 ワシの前の女騎士は戦鎚(ハンマー)を取って構えた。いや待って気が早い!!


「待てっ! これは献血! 献血で集めたからセーフぢゃ!」


『そ、そうでしたか、つい早合点(はやがてん)を――』


 ワシの言葉を受け、騎士が戦鎚を収めようとしたその瞬間じゃった。


「血のインクってお前……これ、紙も人間の皮だったりする?」

(ツルハシィィ!!!!? テメー余計なこと言うんじゃねぇぇぇ!!!)


『……スゥ――』


「いえいえそんな。ワシってばロハスでオーガニックにこだわっております故?」

「エジプトから直輸入した100%植物由来のパピルスを使っております!!」


「くんくん、あ、ほんとだ。ちょっとだけ青臭い」

『大変失礼いたしました。』<ガシャン>


 やっと女騎士は戦鎚をしまってくれた。

 危うくまたバラバラにされるところじゃった……。


◆◆◆


「ジジイが内職してるとは思わなかった。あれって手作りだったんだ」

「逆に聞くけど、死霊術の護符とかコンビニで売ってると思う?」


「無いな。……そうだ、護符をしまうの手伝うよ。どこにおけばいい?」

「そこの戸棚じゃ」


 俺はジジイの機嫌を取るため、手伝いを始めた。

 すると、怪しんだ表情をしたジジイの、冷た~い視線が俺に突き刺さる。


「ツルハシ男、今度はワシに何を頼むつもりじゃ?」

「あ、わかった?」

「当たり前じゃ。気色悪いからさっさと言わんか」


「実はこれなんだけどさ」


 俺はあの怪物が落とした鏡を所持品から取り出すと、ジジイに見せてみた。


「ほう、鏡か」

『あ、それは……おわかりになるのですか?』


「うむ。自身の姿を写し身(うつしみ)に代える鏡、『空蝉(うつせみ)』じゃな。」

「まーたどこで拾ってきたんじゃこんなモン」


「え、もう鑑定終わったの?」

「んなもん、一発で出来るわ。ワシこれでも不死者の王よ?」


「マジか……すごかったんだなジジイ」

「ワシ的には、お主の態度のほうがすごいぞ」


「ん、でもなんでジジイ、スキル使えるの?」

『あっ、そうですよ! モンスターがなんで神の力をつかえるんですか』


「何を今さら……神には悪神も邪神もおるじゃろ」


「あっそれもそうか」

『言われてみればそうですね……モンスターにも信仰があるんですね』


「で、この『空蝉(うつせみ)』は何が出来るんだ?」


「簡単なことよ。空蝉は持ち主の姿を、映した者に変える鏡じゃ」

「そして姿を戻すには、その鏡の(おもて)をなでれば良い」


『なるほど、試してみましょう』

「え、ラレースさんに使っていいの?」

『ええ、面白そうです!』


 俺に「使え」という彼女の声はどこか弾んでる。

 きっとラレースは、新しい家電とか好きなタイプだな。


 俺は鏡の表面を彼女に向けた。

 すると。即座に鏡を持っていた俺の手がラレースの篭手と同じものになった。

 こりゃすごい。


「すごい、一瞬で変わった!」

『あの、スゴイのはスゴイんですけど……その』


「うむ。身長がそのままじゃな」


 二人の言う通りだった。

 確かに鏡で《《姿》》はそっくり変わった。


 しかし、俺の身長は相変わらずそのままだった。


 姿を変えられるのは確かにすごい。

 だが、これで誰かのフリをするというのは、ちょっと無理がありそうだ。


 ただ変装するとか、そういう用途なら全然ありだが……。

 

「鏡の表面をぬぐえば戻るんだっけ?」

『声もそのままですね』


 むむ、本当に見た目だけか。

 俺は鏡をぬぐって、いつもの冴えない姿に戻る。


「なんともなってない?」

『ええ、尻尾も、とがった耳もありませんよ』


「まあ、ちょっと面白いオモチャくらいか」

『そうですね。危険なものでなくてよかったです』


「ふむ……とある昔話に、人をおどかし、金をせしめるために獣の姿になった男の話がある。男は妻に鏡を売られてしまい、死ぬまで獣の姿で暮らすことになった。もし使う気なら、肌身離さぬようにな」


『だそうですよ?』

「怖ッ!!!」

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