職人の朝は早い
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護符作り職人の朝は早い。
アトリエに同居している邪悪な探索者が出かける前に、ワシは用意を始める。
先日の探索者との戦いで、護符の在庫が全て燃え尽きてしまった。
なので早急に数を揃えなけらばならない。
丸太のような荘重なパピルスのロールをワシは作業場に広げた。
まっさらな草の紙。
これが護符の材料になるのだ。
「ピュイ~?」
「ファファ、まぁ……好きで始めた仕事じゃからの」
わしはパピルスを風で切り刻んでいく。
ここではちょっとした狂いも許されない。
「こうして白い紙と向き合っていると、身が引き締まる思いじゃの」
居候の探索者たちが出かける時間になっても、作業は終わらない。時間が昼を回った時、ようやく紙を護符の形に合わせて断ち切ることが終わった。
「さぁ……本物に追いつき、追い越すときじゃ」
紙片に一つ一つ手作業で飾り字を書き込んでいく。
インクはもちろん、イケニエとなった人間の血液だ。
もっぱら吸血鬼たちのシモベから譲ってもらっている。
しかし、最近はあまり良い血が取れない。
粘り、発色、良い品質の血を探すのは困難を極めるのじゃ。
だが、嘆いても仕方がない。出来ることをするまでじゃ。
――リッチは字の一つ一つ、優雅な曲線に熟練の技、ぬくもりを込める。
口よりも「護符」という作品で語る。静かな鬼の姿がそこにあった。
「ジジイ、いるかー!!?」<バァンッ!!>
「ホアアアアアアッッ?!!!」
<ガッシャン!!!><パリンッ!>
「あーインクが、ほら掃除しないと」
「誰のせいじゃ!! いきなり脅かしおって!!」
『いけません、すぐに……?! ――これは……血ッ!!』
「アッ! いや、これは、そのじゃな?」
『人間の血液をインクにするとは……やはり討滅しなければ!!』
ワシの前の女騎士は戦鎚を取って構えた。いや待って気が早い!!
「待てっ! これは献血! 献血で集めたからセーフぢゃ!」
『そ、そうでしたか、つい早合点を――』
ワシの言葉を受け、騎士が戦鎚を収めようとしたその瞬間じゃった。
「血のインクってお前……これ、紙も人間の皮だったりする?」
(ツルハシィィ!!!!? テメー余計なこと言うんじゃねぇぇぇ!!!)
『……スゥ――』
「いえいえそんな。ワシってばロハスでオーガニックにこだわっております故?」
「エジプトから直輸入した100%植物由来のパピルスを使っております!!」
「くんくん、あ、ほんとだ。ちょっとだけ青臭い」
『大変失礼いたしました。』<ガシャン>
やっと女騎士は戦鎚をしまってくれた。
危うくまたバラバラにされるところじゃった……。
◆◆◆
「ジジイが内職してるとは思わなかった。あれって手作りだったんだ」
「逆に聞くけど、死霊術の護符とかコンビニで売ってると思う?」
「無いな。……そうだ、護符をしまうの手伝うよ。どこにおけばいい?」
「そこの戸棚じゃ」
俺はジジイの機嫌を取るため、手伝いを始めた。
すると、怪しんだ表情をしたジジイの、冷た~い視線が俺に突き刺さる。
「ツルハシ男、今度はワシに何を頼むつもりじゃ?」
「あ、わかった?」
「当たり前じゃ。気色悪いからさっさと言わんか」
「実はこれなんだけどさ」
俺はあの怪物が落とした鏡を所持品から取り出すと、ジジイに見せてみた。
「ほう、鏡か」
『あ、それは……おわかりになるのですか?』
「うむ。自身の姿を写し身に代える鏡、『空蝉』じゃな。」
「まーたどこで拾ってきたんじゃこんなモン」
「え、もう鑑定終わったの?」
「んなもん、一発で出来るわ。ワシこれでも不死者の王よ?」
「マジか……すごかったんだなジジイ」
「ワシ的には、お主の態度のほうがすごいぞ」
「ん、でもなんでジジイ、スキル使えるの?」
『あっ、そうですよ! モンスターがなんで神の力をつかえるんですか』
「何を今さら……神には悪神も邪神もおるじゃろ」
「あっそれもそうか」
『言われてみればそうですね……モンスターにも信仰があるんですね』
「で、この『空蝉』は何が出来るんだ?」
「簡単なことよ。空蝉は持ち主の姿を、映した者に変える鏡じゃ」
「そして姿を戻すには、その鏡の面をなでれば良い」
『なるほど、試してみましょう』
「え、ラレースさんに使っていいの?」
『ええ、面白そうです!』
俺に「使え」という彼女の声はどこか弾んでる。
きっとラレースは、新しい家電とか好きなタイプだな。
俺は鏡の表面を彼女に向けた。
すると。即座に鏡を持っていた俺の手がラレースの篭手と同じものになった。
こりゃすごい。
「すごい、一瞬で変わった!」
『あの、スゴイのはスゴイんですけど……その』
「うむ。身長がそのままじゃな」
二人の言う通りだった。
確かに鏡で《《姿》》はそっくり変わった。
しかし、俺の身長は相変わらずそのままだった。
姿を変えられるのは確かにすごい。
だが、これで誰かのフリをするというのは、ちょっと無理がありそうだ。
ただ変装するとか、そういう用途なら全然ありだが……。
「鏡の表面をぬぐえば戻るんだっけ?」
『声もそのままですね』
むむ、本当に見た目だけか。
俺は鏡をぬぐって、いつもの冴えない姿に戻る。
「なんともなってない?」
『ええ、尻尾も、とがった耳もありませんよ』
「まあ、ちょっと面白いオモチャくらいか」
『そうですね。危険なものでなくてよかったです』
「ふむ……とある昔話に、人をおどかし、金をせしめるために獣の姿になった男の話がある。男は妻に鏡を売られてしまい、死ぬまで獣の姿で暮らすことになった。もし使う気なら、肌身離さぬようにな」
『だそうですよ?』
「怖ッ!!!」




