深層へ
銀座で一夜過ごした次の日は、大雨になった。
まったく最高の探索日和だね。
光越の外壁に据え付けられている時計の針が中央を目指し、日が高くなるにつれて、次第に外の気温も高くなってきた。
そして、雨とともに来襲した湿気が体を膜のように包みこみ、そう簡単に体から暑さを逃さない。マジヤバイ、パない。殺人的な不快さだ。
しっとり、ジットリを通り越して、マスクの裏はべっちょりってかんじ。
一刻も早く、ダンジョンに逃げ込みたいぞ。
ダンジョンの中は温度も湿度も基本一定だから、夏涼しく、冬暖かい。
今日みたいな最悪な天気とは無縁なのが、数少ないダンジョンの良いところだ。
探索な必要な買い物を終えた俺は、メンバーと合流して浜離宮に向かう。
あまりにひどい湿気のせいで、ふわふわだったナナのきぐるみの冠羽も、ぺちゃんこになっていた。
『あいにくの空模様ですね……』
「べちゃべちゃ……」
「まったく! 暑くてたまりませんな!」
「その格好で暑いとか言いだしたら、もう何も出来なくね?」
「レオさんが服着たらどうなっちゃうんですかね~」
ダラダラ歩いても、ダンジョンにはものの数分で到着する。
銀座を出て浜離宮ダンジョンに入った俺たちは、探索者村で適当な場所を探すと、簡単な打ち合わせを始めることにした。
「ダンジョンの中はいつも通りで助かりますね」
『ですね、流石にあの湿気は堪えます』
「さて、今日は初日ですから……パーティーメンバー同士の連携力を慣れさせるの目的として、進むのは4層までにしようかと思いますが、どうでしょう?」
「普通、初日で4層は、ほどほどって言わないかな~?」
「うん。普通は1日1層。」
「さすがツルハシ男さん! 強気ですな!」
『皆さんご存知だとは思いますが、ツルハシさんは障害を撤去できますので、無理なスケジュールではないと思います』
「本当?」
「ハハハ! ナナ、ツルハシ男さんを信じるのですぞ! ダンジョンの厄介な罠やギミックは、ツルハシ男さんが何とかしてくれますぞ!」
「はい、トラップやフロアのギミックの処理は任せてください。ただ、モンスターとの不意の遭遇は俺でもどうにもできないので、そこは頼みます」
「うむ! 任されましたぞ!」
隊列、互いの役割、戦闘方、掛け声などなど……初めてパーティを組んだ相手と必ずやるすり合わせをすませた俺たちは、第一層へ向かった。
もう昼だというのに、探索者村にいる人の気配はそう多くない。
普段だったら、昼食を取る新人探索者でごった返すんだが……。
配信でミラービーストをぶちのめし、クソたわけに磨きのかかったダンジョンを直したと言っても、昨日の今日だからな。
やっぱ、ダンジョンの手直しも配信しとけばよかったか。この様子なら、ダンジョンの様子を配信しながら進むのが良さそ……ん?
3人組の探索者が俺達の横を通って、ダンジョンの中に入っていった。
だが、探索者たちの装備はどう見ても普段着と大差ない。前衛のスーツは厚手のレザージャケットやオーバーコートだし、後衛はごく普通の布の服だ。
『あの人達……初めてダンジョンに入るように見えますね』
「完っ全に普段着ですね。最初はみんな、あんなモンですが……」
「むむむ! あんな装備で大丈夫ですかな!」
「それ、ほぼ全裸のお前が言うの?」
あの初心者たちも、レオにだけは、装備のことを言われたくないと思う。
ま、ズブのど素人でも、3人もいれば第一層のザコは倒せる。
せっかく罠を一掃したんだ。ぜひ、モンスターとのバトルを楽しんでほしい。
「さて、第一層は特に用事もないですし、壁を抜いて2層へ行きますか」
『ですね。サクサクいきましょう』
「ツルハシさん~。今日は配信しないの~?」
「一応、再確認ですけど、みなさんが配信画面に映りますけど……配信、やってもいいですか?」
メンバーから俺の配信を拒否する声はあがらなかった。
なら、お言葉に甘えてやっちゃうか。
俺はいつも通り表示枠を出し、配信を始める。
「こんにちは『ツルハシ一本でダンジョン開拓します』です。今日は――」
もはや慣れたものとなった、いつもの挨拶をしているその時だった。
「「わぁぁぁぁぁ?!」」
ダンジョンの奥から大きな悲鳴が上がった。
声のした方に向き直ると、悲鳴の主が見える。
あの探索者3人組だ。
全員ぼろぼろになって、両足と腕が変な方向に向いている1人をおんぶしながら、彼らはこちらに向かってくる。
そして、その3人組に追いすがろうとしているモンスターが彼らの背後に一体。
白く可愛らしいウサギの頭をした、マシュマロゴーレムだ。
可愛らしいファンシーな見た目にそぐわず、こいつは切断耐性が高く、なかなか剣では倒せない。その弾力のある腕でマッシブなストレートを繰り出し、鎧の上から探索者を殴り殺すことに定評のある、肉弾系モンスターなのだ。
『フンッ!』
<ごすッ!!!>
2本の足で歩く白いウサギさんが横を通りすがった瞬間、ラレースはマシュマロの頭、ピンと立つ耳の間にハンマーをめり込ませ、即死(?)させた。
マシュマロゴーレムは、瞬きする間に人間を殴り殺せるくらいの力がある。
しかし、ダンジョンの常識では、肉体的な強さ=モンスターの強さではない。
シンプルな攻撃手段しか持たないこいつはザコだ。
何もギミックを持っていないモンスターは、数少ないダンジョンの良心であり、探索者にとっては「獲物」でしかない。
これに負けるようじゃ、先が思いやられるな、この初心者パーティ……。




