08. 共同生活一日目
龍烈「この小説を読むときは~。部屋を明るくして。画面から、離れて読んでくれよな(☆)」
アイ「……」
龍烈「何も言わなくなっちゃった」
朝食?を食べ終えた俺はアイと一緒に家の掃除をしつつどこにどんな物が置いてあるのか、仕舞ってあるのかを説明した。
その後Vtuber活動について軽く説明しそれが終わった頃には、もう18時頃。
アイが作ってくれた夕食を食べて、配信の準備を終わらせた。
「よし、大体準備は終わったかな。後は――」
そう切り出し座っているゲーミングチェアを回転させ、俺の右側にいる身体の後ろ半分が壁に埋まっているアイの方に向き直る。
「アイ、まさかそこでずっと見てるつもり」
アイがこくりと頷いた。
さて、どうしたものか。こんなに近くに人、ではなく神様がいると思うと緊張していつも通りのテンションで配信を出来そうにない。こんな状態で配信をしたら、『あれ、なんかいつもよりテンション低くない?』とか『なんか初コラボしている時みたい』とか『何で緊張しているの?』みたいなコメントが来て、そのコメントを見てしまい歯切れが悪くなって、『なんかあった?』とか『なんか隠してる?』みたいなコメントが沢山来て、言い逃れができなくなって、でもアイの事は話せないからどうしようそうだ近いうちにグッズが発売するじゃんそれの試作品を近いうちに受け取るからどんな感じなのか気になっちゃっててみたいなことを言えば何とか誤魔化せ――。
「弟次? どうしましたか?」
アイの心配する声が聞こえ俺は我に返った。
「え、あ、うん。大丈夫だよ」
反射的に口にしたその言葉にアイは首を少しだけ傾けた。
俺はこれ以上考え事をしないように、軽く息を吸って少し長めに吐いて考え事を吐き出す。そして口を開こうとしたが俺より先にアイが口を開いた。
「やはり、ずっと見られているのは恥ずかしいのですか?」
ギクリ。
図星を言われてしまい思わず一瞬目を逸らしてしまったが、直ぐに視線を戻し笑顔で答える。
「そんなことないよ。全然そこにいていいから」
観察されることを許可したのは俺自身だ、今になってダメと言うのは非常識にも程がある。
それに俺が頑張れば良いだけだ。緊張せずに普段通りの配信をすれば良いだけのことだ。
「宜しいのですか?」
「うん、全然大丈夫。あ、でも声は出さな――」
本当に一瞬だった。俺のことを見つめるアイの雰囲気が変わったのは。
その一瞬だけで俺は蛇に睨まれた蛙のように全身が動かなくなった。
「嘘、ですよね」
再び図星を言われてしまい体がビクッとなり心臓が跳ねた。また目を逸らしそうになったが、今度は耐えた。
俺は図星を言われて困惑している気持ちをおくびにも出さず、今まで通り少しだけハッチャけながら口にする。
「何言ってんの、そんなわけな――」
「弟次、忘れていませんか。私が人間でない事を」
その言葉を聞いて思わず声が漏れる。
「まさか」
「ご想像の通りです。私は相手が嘘をついているのかどうかを見極めることができます」
今俺の目の前にいるのは人ではなく神様、常識が通じない相手。そんな存在に嘘をつく、騙そうなんて端から不可能だったんだ。
恐らくさっき一瞬だけ雰囲気が変わったのは、俺が嘘をついているのかいないのかを判断するために何かをしたのだろう。
俺はアイの人知を超えた力っぷりに呆れていつもより長く、そして大きなため息をついた。
嘘がバレるのなら、もう本音を話す以外にないじゃないか。観念して、頭を下げながら包み隠さず本音を話した。
「ほんっっっとにごめん! 流石にそんなに近くでずっと観察されると緊張するし恥ずかしいです!」
俺の精一杯の謝罪にアイは――。
「分かりました。では、これから配信中は弟次を観察しません」
そう言ったアイの口調は淡々とではなく柔らかく感じた。
頭を下げていたためアイが今どんな表情をしているのかは分からなかった。
「ごめんね、こんなことになって」
頭を上げて「ありがとう」と感謝を述べようとしたのに、気が付いたらまた「ごめん」と謝っていた。本当にこの癖は治らない。
話し合いは終わったと思い俺はゲーミングチェアをモニターが置いてある机の方に戻そうとしたが、アイが口ごもっていることに気が付き、思わず声を掛ける。
「どうした?」
「……あの」
アイは目を泳がせ言葉を詰まらせながら話し始めた。
「ごめん、って言うの、やめて、ほしい、です。なんか、嫌、です」
「あ、うん。分かった」
「では、失礼します」
こんなアイを見たのは初めてだった。なので、頭の中に思い浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。
俺は数秒間、頭が真っ白になる。
ハッと我に返った時には、もうアイはいなくなっていた。
「やっぱ感情あるじゃん」
そうボソッと呟いてゲーミングチェアを机の方に向き直す。
そろそろ配信を始める時間だ。
俺は瞼を閉じて何度か深呼吸をする。そして、両頬を軽く叩いて瞼を開ける。
「よし!」と声のトーンを上げ、配信を開始した。
*****
リビングに戻った私はテレビのリモコンを手に持ち消そうとしたが、リモコンに付いているある一つのボタンに目が行った。
「YoTube……」
YoTubeとは、世界最大の動画共有サービスのこと。ユーザーが撮影・編集した動画を自身のチャンネル(ユーザーアカウントのこと)にアップロードして配信することで、他のユーザーがその動画を閲覧することができる。
そして、このYoTubeには撮影中の映像を、リアルタイムで視聴者に配信できるライブ配信サービスがある。
そう、今まさに弟次はこのYoTubeでライブ配信をしようとしている。
「弟次の配信が見れる……」
その事実に気が付いた私は思わず声に出していた。
実は弟次の配信――Vtuber龍烈の配信を一度見てみたかった。
私は迷わずYoTubeのボタンを押す。私は神なのでテレビでYoTubeを見る方法を知っている。なので、スムーズに龍烈の配信を映すことが出来た。
『はい、こんにちわー』
配信はまだ始まったばかりのようで、龍烈がリスナー(視聴者)に向けて挨拶をしていた。
【こんちわー】【こんにちわー】【こんにちわー】【ちわっす】
テレビでも配信のチャットを見ることが出来るので、勿論見れるように設定した。
私はリモコンを机に置いた後、座布団の上で正座をする。
そして、龍烈をまじまじと見つめてポツリと呟く。
「龍だから名前が龍烈、安直ですね。…………人のこと言えないか」
*****
「すまん、ちょっとトイレに行ってくるわ」
そう言って一時的にミュートにする。マイクの音が配信に乗らないようにしたのだ。
俺は鼻歌を歌いながらゲーミングチェアから立ち上がり、配信部屋を出てトイレに向かおうとした――が、配信部屋から出た俺の方を向いてきたアイの顔を見て足が止まる。
「……笑ってるの、それ」
アイが両手の人差し指で口角を上げて、少しだけ口を開き目を閉じていたのだ。
この笑っているように見える表情を作っていたアイは、俺に声を掛けられことで人差し指を口角から離して目を開け元の無表情に戻る。
「笑顔の練習です」
「えがお?」
笑顔にしては少し変に感じて首を傾げる。しかし、直ぐにテレビに龍烈の配信が映っているのを見つけてピンときた。
「なるほど。龍烈の表情を真似したわけだ」
前にも話したが、Vtuberというのはキャラクターを用いて配信している。そのため、表情は漫画やアニメ寄りな表情となり、現実とは少しだけかけ離れた表情をしている。
その例えは笑顔が一番わかりやすいだろう。漫画やアニメでの笑顔は目をつぶっているが、現実ではよほどのことが無い限りそうはならない。ほとんどの人が目を開いて笑っているか、目をつぶっているように見えるほど目を細めて笑っているのかになる。
今アイは龍烈の笑顔の表情を真似していた。だからアイの表情が変だと感じたみたいだ。
「いけなかったのですか?」
「う~ん……そうだね。現実じゃあそんな笑い方は普通しないから、龍烈の真似はあまりしない方がいい」
アイは「そうなんですか」と言ってテレビの方を向いた。
俺もこの話は切り上げてトイレに向かい、リビングから出るドアに手を掛ける。その瞬間にアイの言動にピンと来るものがあった。
俺はドアから手を放し、回れ右をして歩きながらピンと来たものを口にした。
「もしかして、表情の練習してたの?」
アイが俺がいる後ろを向いて答えた。
「はい。表情を練習することで、自ずと感情も理解出来るのではないかと思いまして」
「確かに。笑えば自ずと心も笑顔になる、っていうしな」
そう言った後、アイの傍までやって来た俺はニヤッと笑う。
「そんなアイさんに朗報です! 俺は今、表情の練習ができる素晴らしいアイデアを思い付きました!」
腰に手を当て胸を張り、ドヤ顔をする。そんな俺をアイはジト目で見つめてきた。
「本当なんですか?」
「なんでそんな疑ってるの。本当だよ」
ん? っていうか、ジト目なんて出来たの。いつもの無表情は何処にいった。
「では、そのアイデアというのは何ですか?」
まだ疑っているようでジト目のままで問い掛けてきたアイ。一旦ジト目には触れず、俺はフッと笑い答えた。
「それはね、アイが龍烈を動かすんだ」
龍烈「今回の話はどうだったかな? 面白いと思ってくれたなら、ブックマークや評価をしてくれると嬉しいぞ(☆)。あと、感想や誤字報告は遠慮しないで、じゃんじゃんしてくれよな(☆)」
龍烈「次回予告!」
龍烈「表情練習の内容が俺を動かす、とは一体どういうことなんだ?」
龍烈「次回、《09. 表情の練習をしよう》お楽しみに!」
アイ「……お楽しみに」