06. 女神様の正体(5)
感情を理解できていない女神様、アイ。そんな彼女に俺は感情を教えると啖呵を切ったものの――、
「教えるっていっても、俺は何をすればいいんだ?」
教える方法が、全く思いつかない。
そもそも感情なんて誰かに教わらなくとも知らず知らずのうちに理解できているものなのだから、教えるといってもどうすればいいのだろうか。
「私は元々、人間の感情表現を見て感情を知ろうとしていました。ですので、弟次が何か特別なことをする必要はありません。普段通りの生活をしてください」
「なるほど。そうなると、俺は四六時中アイに観察されるってわけか」
自分で言った言葉を思わずオウム返しする。
「四六時中観察される……」
数秒間その言葉の意味を考え、答えにたどり着く。
「俺、神様と一緒に暮らすんだな」
神様と一緒に暮らす。そんなこと夢にも思わなかった。もしかしたら俺は世界で初めて神様と一緒に暮らした人間になったのかもしれない。
「一緒に暮らすね~……アイって家事とかでき――るとか以前に、家事なんて任せられるわけないだろ」
何せアイは神様だ、家事を手伝わせるなんて恐れ多い。
さらに、普通は誰かと一緒に暮らすとなるとその人の食事代やら電気代やらが掛かってくる。なので、何かしらの家事を手伝わせるのは当たり前といえるだろう。
しかし、一緒に暮らす相手が神様となると、食事代やら電気代やらが掛からない。そうなると、わざわざ何かを手伝わせるのは申し訳なく感じる。
「手伝いますよ。見神者を観察対象にするのなら、何でもいいからそいつのことを手伝えよ。そうじゃなきゃ神の名が廃るってもんだ、とあの方も言っていましたし」
「あの方、って誰?」
俺の思考とは裏腹にアイは家事を手伝う気まんまんの様子なので、その必要はないと言おうとした。しかし、アイが最後口にした「あの方」が気になり過ぎて、気が付いたら質問を投げかけていた。
「秘密です」
「よし、この話は一生しない」
その答えを聞いた瞬間、俺はそう決意した。
この話題は絶対に深堀してはいけない。何故なら、俺の質問に全て答えていたあのアイが、言ってはいけない事を口にしたあのアイが、秘密と言ったのだから。
もしも、あの方が誰なのか知ってしまったら確実に殺される。そんな予感しかしない。
「それで私は何を手伝えばいいのですか? なんでも完璧にこなせます」
「何もしなくていいよ。今の生活にはもう慣れたし、今さら手伝いなんて必要ないよ」
「いえ、手伝います」
「いやいや、本当に何もしなくていいから。アイは寛いでてよ」
「……そうですか。弟次がそれでいいなら」
少し不満そうな雰囲気をアイから感じ取る。そんなにも家事がしたいのだろうか。
だけど、さっきも言った通りアイに家事を手伝ってもらうことは申し訳なく思う。だから、これでいい。これでいいのだ。
******
それからも俺とアイは他愛のない会話を続けた。
気が付いたらお菓子は無くなりジュースも殆ど残っていない。そろそろお菓子パーティーもお開きかなと思ったその時、大きなあくびが出た。
壁に掛けられた時計を見ると、もう五時を回っていた。
「まじか、もう五時。時間立つの早いなー」
「私としたことが忘れていました。人間には睡眠が必要でしたね」
アイはハッとした表情を浮かべた。ずっと会話をしていたからか、何となくだがアイの表情を読めるようになった気がする。
いや、それよりも――。
「人間はってことはアイは……」
「私は神なので必要ありません」
予想通りの言葉が返って来た。もう驚きを通り越して飽きれてしまう。
飲食必要なし、睡眠も必要なし、呼吸も必要なし、等々あまりにも規格外過ぎる。正しく、全知全能。
俺がアイの事を考えている中、当の本人はというと周囲を見渡した後、部屋の隅に視線を向けていた。
「あそこに掛け布団や敷布団が畳んであるのですが、二人分ありますよね。なぜですか?」
「たまに妹花、俺の妹が泊まりに来るんだよ」
「妹さんがいたのですか。仲が良いのですね」
「……まあな」
残っていたジュースを一気に飲み干す。空っぽになったペットボトルを持ちながら立ち上り、そのまま天井に向かって大きく伸びをする。「ぅ~」と唸る声が出た。
「そろそろ寝ますかね~」
「ゴミは私が捨てておきますので、弟次は寝る支度をしてください」
そう言ってアイが立ち上がろうとしたのを俺は制する。
「いいよいいよ、俺がやるから」
「私もお菓子を少し食べましたので、掃除をする権利はあります」
そう言ってアイは机に置いてあるゴミを幾つか持ち始めたので、思わず口にする。
「ごめんね」
「……この行動の何処に貴方が謝る必要があるのですか?」
「え゛!……えっと~その~……無意識に誤っちゃったというか何というか」
「何故?」と言われても、自分でもわからないのだから説明のしようがなかった。「ありがとう」と言おうとしても、いつも「ごめん」と言ってしまう。止めようとはしているのだが、なかなか止められない。
どう説明したらいいか迷っていると、アイがポツリと呟いた。
「私には分からないことなのでしょう。それで、ゴミ箱は何処に?」
「キッチンの所にあるよ」
アイの呟きは聞こえていたが、聞こえなかったふりをした。
俺とアイはゴミを持ってキッチンへ向かう。俺がまず分別してあるゴミ箱にゴミを捨て、キッチンの奥へ入りアイのスペースを確保する。その後すぐにアイがキッチンへ入りゴミを捨て出ていく。
俺はキッチンから出ていかず、蛇口をひねって常に台所に置いている布巾を濡らした。
軽く濡らして蛇口を閉めた時、キッチンの前で立ち尽くしていたアイが聞いてきた。
「何時に起きるつもりなのですか?」
「ん~、十二時には起きるよー」
布巾を絞りながら答えると、アイが「そうですか」と小さな声で呟いた。
未だにその場で立ち尽くしているアイを通り過ぎて机の前まで来た時、ふと思い付いた。
寝ないのであれば漫画や小説を読むのはどうだろう。少しは感情を知ることができるのではないか、と。
「あのさー、暇なら漫画とぉっ!」
振り返ってそれを提案をしようと声を掛けた。しかし、アイが配信部屋のある壁の中へと消えていくところを目撃してしまい、驚いて大きな声が出た。
心臓が跳ね上がり体がビクッとなりながら一歩後づさる。驚いて手に力が入りまくったので布巾を落とすことはなかった。
「静かにしてください」
壁からアイの顔が生えてきて、また心臓が跳ね上がり体がビクッとなる。
心臓の鼓動が速いのが感じ取れる。まるで運動をした後のような速さだ。
アイは一瞬だけ怒った表情をしたが、すぐに元の無表情に戻っていた。
「もしかして、私に話し掛けましたか?」
俺は首を縦に振る。この一連の流れに驚きと恐怖を感じ、声が出せなくなっていた。多分、今の俺の顔は真っ青だろう。
アイの全身が壁から出てくる。
「すみません、少し考え事をしていました。私に何の御用ですか?」
「えっと……あの……」
驚きのあまり何を言おうとしたのか忘れてしまった。というか、さっきのことが気になって他のことを考えられない。
「なに今の、壁をすり抜けたよね」
「さっきのですか。私たちの体は何でもすり抜けることができる状態になれるんです」
「なる、ほど……」
声を振り絞って何とかその言葉を口にした。
この時、俺は初めてアイに対して恐怖心を覚えた。
光速早着替えは確かに人知を超えてはいるのだが、着替えるのが速いだけ。ある程度、現実味のあることではあった。
だが何でもすり抜けられる、これは完全に人間の範疇を超えている。しかも、その状態になったアイに人間は為す術がないときた。
その事実を知ってしまったら、アイに恐怖心を覚えるのは必然だった。
「それで、何の御用だったのですか?」
「ごめん、何でもない」
気が付いたらそう口にしていた。
アイは首を傾げながら「そうですか」と言って、また壁の中へと消えていった。
しばらくの間、俺はアイが消えていった壁をジッと見つめ続けた。
******
座布団を部屋の隅に置いて、机をテレビの近くまで動かし敷布団を敷く場所を確保する。
敷布団を敷いて寝転がり今までの出来事を思い返す。
さっきまでの出来事は全部夢だったんじゃないだろうかと考えてしまう。このまま寝て、目が覚めたらアイは俺の家にはいない。そんな気がしてしまう。
「神、か……」
思わず口から漏れる。
アイは人間ではない、それは分かった。だが、まだ神だと断言はできない。神だと思っている幽霊なのかもしれないし、俺を騙している悪魔である可能性も――。
「アイが神だろうが何だろうが関係ないって決めたじゃないか。それよりも、これからどうするかだ」
口にすることで思考を無理やり切り替える。
感情の教え方なんて知らないのにその場の勢いで感情を教えるなんて言ってしまった。どうやってアイに感情を教えるのかを考えなければ。
そして、これから先アイとどう接していけば良いのだろうか。
「ダメだ、頭痛くなってきた。もう寝よ」
考えるのを止めて瞼を閉じる。その瞬間、一気に疲れがドッと押し寄せてきた。非日常的なことが起こり過ぎて、いつも以上に疲れが溜まっていたようだ。
瞬く間に俺の意識は夢の中へと落ちていった。
龍烈「今回の話はどうだったかな? 面白いと思ってくれたなら、ブックマークや評価をしてくれると嬉しいぞ(☆)。あと、感想や誤字報告は遠慮しないで、じゃんじゃんしてくれよな(☆)」
龍烈「次回予告!」
龍烈「女神様と出会った青年、弟次。彼の運命は――――」
龍烈「次回、《07. 朝ご飯というより昼ご飯》お楽しみに!」
アイ「前書きと後書きで遊ばないでください」