04. 女神様の正体(3)
「それで、アイは人工知能を司っている神様ってことでいいんだよね。人工知能を司る神様がいることもアイって名前の神様も聞いたことがないんだけど」
気を取り直して、質問を再開する。
「一つずつ説明していきましょう。まず、貴方は『八百万の神』という言葉をご存じですか?」
「うん、知ってるよ」
八百万の神。誰しも一度は聞いたことがあるだろう。
太陽、月、山、川、雨、風、植物、至る所に落ちている石、さらには家の台所や便所に至るまで、生物・無機物を問わず全てものに神様は宿っている。
古代から現代に至るまで日本人が持っている独特の宗教観だ。
「八百万の神。あらゆるものに神は宿るという日本人が持つ宗教観から生まれた存在が、私です」
「えっと……つまり、あらゆるものに神様が宿る。ならば、人工知能にも神様が宿っていてもおかしくはない、ということか」
俺の推測を聞いたアイはこくりと頷く。
「そうなると、スマートフォンを司る神様とか、アニメーションを司る神様とかもいるってこと?」
「はい、いますよ」
「まじか」
そうなると何でもありになるぞ。漫画や小説、お菓子にジュース、野球、サッカー、ゲーム、Vtuberを司る神様だっているのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ふと疑問が浮かんできた。
「人工知能を司る神様なら、なんでこんな所にいるんだ? 人工知能に宿っていなきゃ可笑しくないか?」
「この私は本体の魂の一部を切り分けたものが宿っている『化身』だからです。化身の姿であれば現世を自由に歩けます」
化身。仏様が教化のために姿を変えてこの世に現れること、神様・精霊などが人の姿に変えてこの世に現れること。
確かそんな意味だったはずだ。
「ってことは、人工知能に宿っているのが本体?」
「違います。人工知能に宿っているは私と同様、本体の魂の一部です」
「え、じゃあ本体は何処に?」
「私の本体は『天界』にいます」
「天界」
俺は思わずその言葉を口にする。
天界。地上の遥か上に存在する神々が住まう世界。
まさか本当に実在していたとは。
「天界にいる本体の魂の一部が、世界中にある人工知能に宿っている……。そうなると、人工知能を司る神様はアイ一柱だけってことか」
「そうです。人工知能を司る神は私だけです」
何となくだがアイのことを理解できた気がする。
アイが八百万の神という宗教観から生まれた神様となると、アイは大昔から存在している神様ではなく最近生まれた神様ということだ。人工知能は近年開発された技術だからな。
待てよ、最近生まれた神様となると誰がアイという名前を付けたのだろうか。そもそも、八百万の神様一柱一柱に名前があるなんて聞いたことがないのだが。
「アイっていう名前は誰が付けたの?」
「アイと言う名前は私自身が付けました。元々私たちには人間のような名前はなく、ただ単純に○○を司る神だけでした。なので昔、初めて人間に出会った私と同類の神が名前を聞かれた際、そう名乗りました。しかし、それは名前じゃないとその人間に言われたそうです。そこでその神は自分自身に人間のような名前を自分で付けました。それがきっかけで、私たちは自分自身で名前を付けるようになったのです」
確かに、○○を司る神は名前じゃなくて通称な気がする。俺も同じ状況にいたら、同じことを言っていただろう。
取り敢えず今まで話した内容の中で気になるところはもう無くなり、アイもまた付け足しをする素振りが無いので話が一段落着いた。
なので俺は買ってきたのり塩ポテチを開けて食べ始める。話に夢中になってお菓子を食べるのを忘れていた。
その姿を見たアイが呆れながら口を開いた。無表情だったが、声のトーンからそんな気がした。
「こんな時間からお菓子を食べるのですか? 太りますよ」
「だってお腹空いたんだもん」
そう言って贅沢に3枚同時にポテチを手に取り口に運んだ。パリッという音がした瞬間、前触れもなく俺の頭にある疑問が浮かんだ。
「ポテチの味がするってことは、ここは現実なんだよな。実は路上で寝ていてこれは夢だったりしないよな。いや、実はもう死んでてここは天国だったり……」
「夢でもなく死んでもいません」
「普通、神様って夢の中に出てきたり、死んで幽霊にでもならなきゃ会えないものじゃないのか?」
「もちろんそれが普通です。ですが、貴方のような見神者であれば、化身の姿となった私たちとこうやって会話ができるのです」
「そうだよ忘れてた! けんしんしゃ、って何!?」
「大きな声を出さないでください。今、何時だと思っているんですか」
「すみません」
今がまだ、太陽すら出ていない深夜であることを忘れていた。
俺は母親に怒られた子供みたいにしおらしくなる。
「では、次はその話をしましょうか。見神者というのは簡単に言えば、私たちのことが見える人間たちのことを指します」
「その見神者、神様が見える人はどれくらいいるの?」
もしかしたら神様が見えるというのは、特別な力なのかもしれない。そうでなければ、わざわざ神様が見える人たちの総称を付ける必要はないはずだ。
そう思い、俺は思わず質問をした。
「そうですね……世界人口の約0.1%ぐらい――いえ、もっとですかね……とにかく限りなく少ないです。ですので、貴方は人間の中でも特別な人間、ということですね」
神様であるアイから特別な人間だと言われ――――胸がきゅーと締め付けられる。その苦しみで涙が出そうになった。
俺はこの感情を表に出さないように涙を堪え、平静を装いながら話を続ける。
「見神者について、もう少し教えてほしいんだけど、いいかな?」
「分かる範囲でしたら。ではまず、見神者である人間たちは必ず普通の人間よりも霊感が強いです」
「え、俺って霊感が強いの?」
「はい、そうですよ。今までの人生で何十回も霊的なものを感じたことがあるはずです」
そう言われたので俺は唸りながら考え始める。確かに教室に人がいると思ったがいざ入ってみると誰もいなかったり、視線を感じて後ろを振り向いても誰もいなかったり。そんな体験は一度や二度ではない。
ただの気のせいだと思っていたがそうではなかったらしい。本当に誰か――幽霊がいたようだ。
「あるね、そういう体験」
「やはりそうでしたか。貴方からは神の力を感じなかったので、そうだと思いました」
俺の霊感が強いのだとしたら、一つ疑問が浮かぶ。
「でも、俺がした体験って誰でもよくある事だと思うんだけどなー」
「視線を感じるとかですか?」
「そう、そんな感じ。あの程度で霊感が強いって言われたら、みんな霊感が強いことになる気がするんだが」
「視線を感じて振り向いても誰もいない、なのに誰かそこに立っている気がする。貴方の体験はそんな感じではありませんか?」
「そうなんだよ。誰もいないのに誰かいる気がするんだよ」
誰もいない――目視できないが、そこに誰かいる気がする。それが俺の感じていることだ。
「普通の人間は振り向いても誰もいないで終わりなんですよ。誰かいる気がする、は霊感が強くなければ思えません」
この感覚が一般常識だろ、みたいなこと言ってごめんなさい。俺の常識はどうやら間違ってたみたいです。自分の常識が本当に世間一般の常識なのか判断するのは難しいね。
「俺の霊感は強い方だってことは理解した。そうなると、幽霊が見える人は俺よりもっと霊感が強いってわけか」
「いえ、どれだけ霊感が強くても人間には幽霊を目視することはできません」
「見えないの! じゃあ、貴方は髪の長い女性に取り憑かれていますね~、とか言っている人たちはみんな嘘をついているってこと!」
「静かに」
「ハイッ」
ビシッと背中を伸ばしハッキリと、しかしできるだけ小さな声で返事をする。
アイは俺を叱った後、一度ため息を付いて俺の疑問に答えた。
「彼らは嘘をついている訳ではありません」
思わず首を傾げる。人間には幽霊を目視できないのだから、具体的にどんな特徴の幽霊に取り憑かれているのかなど分かるはずがない。なのに、髪の長い女性だと具体的に言っているのだから、彼らが嘘をついているとしか言いようがないじゃないか。
「霊感が強い人間は感覚で幽霊が何処にいるのかが分かります。その感覚を限りなく研ぎ澄ます鍛錬をすれば、目視できなくても幽霊の特徴が判別できるみたいです」
「それなら、俺も鍛錬すれば幽霊の特徴が分かるってこと?」
「恐らく」
鍛錬すれば幽霊が何処にいてどんな奴なのか分かるって何だか漫画みたいだ。
そう例えば、何の取り柄も無い主人公は何故か悪霊を引き付ける体質を持っている。ある日のこと、いつも通り悪霊に襲われる主人公。いつもなら悪霊から走って逃げ果せるのだが、今日の悪霊は今までとは何倍も強く逃げ切ることができない。
追いつめられる主人公。そこに!陰陽師であるヒロインが登場!彼女が悪霊を退散させた。助けてくれた彼女にお礼を言おうとした主人公だったが、彼女の姿は何処にも見当たらなかった……。
次の日、いつも通り高校へ登校した主人公。親友から今日からこのクラスに女子の転校生がやって来る話を聞く。ホームルームのチャイムが鳴り、担任の先生が教室へ入って来る。そして、先生が転校生の名前を呼ぶとガラガラと音を立ててドアが開く。ゆっくりと入ってきた女子は、そう昨日助けてくれた女の子だった――。
「何をブツブツと言っているんですか?」
隣の席になった主人公は彼女に話し掛けようとすると、なんと彼女の方から話し掛けられた。
――「話したいことがあるから放課後、屋上で待っててくれない?」
放課後となり屋上へ向かう主人公。少し待つと彼女が現れた。
――「俺に話ってなんだ?」
彼女は主人公の目を見詰めながら話し始める。
――「貴方は霊感が強すぎるせいで悪霊を引き付ける体質なの。どう? 自己防衛の意味も含めて陰陽師になる気はない?」
――「陰陽師?」
――「悪霊を払い、人々の平和を守る人たちのことよ」
――「人々の平和を守る……そんな人に俺はなれるんですか?」
――「なれるわ。貴方が霊感を鍛える鍛錬を積めば、ね。」
主人公は真剣な表情でハッキリと口を開く。
「なります。俺、陰陽師になります!」
「は?」
何を言っているんだこいつは、とでも言いたげな表情をしながら低い声でハッキリと口に出したアイ。
その言葉のおかげで俺は妄想から現実へと戻ることができた。
「ハッ! 俺は一体何を……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。妄想が爆発してしまっただけだから」
「はあ、そうですか」
さっきのは偶々アイの表情を読み取れたが、今は全く分からない程の無表情だ。なので声のトーンから読み取ると、飽きれられている気がする。
というかさっきの妄想、最初の方から鍛錬すれば幽霊が何処にいてどんな奴なのか分かるっていう話じゃなくて、鍛錬すれば悪霊と戦えるみたいな話になってなかった?
……そんなのどうでもいいだろ、気持ちを切り替えろ俺。
さっきまでの会話を思い返し、ある事に気が付く。
「神様を見る力ってもしかして霊感? 普通の人は霊感が弱いから神様が見えなくて、逆に見神者は霊感が強いから神様が見えるってことか?」
「それは違います。霊感が同じくらいの強さでも、見える人間と見えない人間がいますので」
「え、じゃあ神様を見る力って何?」
「分かりません」
「マ!ジで」
俺は思わず大きな声が出そうになったが何とか堪えた。
「見神者については分からないことだらけなのです」
神様ですら解明できないとは、見神者って一体何者なんだ――――俺か。
「じゃあ、俺がいきなり神様が見えるようになった原因も分からないってことか」
「いきなり見えるようになったのかどうかは判断しずらいですよ。もしかしたら中学生のころから見えていたかもしれませんし、幼稚園生の時からの可能性もあります」
「でも俺、神様に会ったのはアイが初めてなんだけど」
「化身の姿で現世にいる神は極々少数ですので、会うこと自体珍しいのです。さらに、私たちは自ら人間に声を掛けることもありません。そして、見た目も人間そのものですので、もし見かけたことがあったとしても私たちだと判断できなかった可能性が高いです」
「じゃあ結局、な~~んもわからん…、ってわけか」
そういえば、アイに話し掛けたのは俺からだった。もし俺がアイに声を掛けず家に帰っていたら、神様を家に上げて話し合うなんてことにはならなかったということか。
話が一段落、ならぬ二段落着いたので、俺は視線を落としながらのり塩ポテチに手を伸ばすが無くなっていた。丁度のり塩ポテチを食べ終わったみたいだ。
これでお菓子はもう終わり、なんてことにはもちろんならない。伸ばした手を机の上に置いてあるビニール袋へ持っていき、ポキーの箱を取り出す。
そして、ポキーが入っている袋を開けてアイに向ける。
「アイもポキー食う?」
自分だけ食べている事に今更ながら気が付いたので、アイに食べないかと勧める。
「要りません」
アイはそうきっぱりと否定した。
否定の言葉が要りませんということはつまり――。
「要らないってことは、食べられない訳じゃないんだよね」
「はい、飲食は出来ます。味覚もちゃんとあります。とはいえ、飲食をしなくても生きていけますので、わざわざする必要はありません」
「味覚あるなら食べなよ、美味いよ」
「話聞いてました? 食べる必要が無いんですから食べません。それに、私が食べたら貴方の食べる量が少なくなりますよ」
「別にいいよ、それぐらい」
そう言って俺はポキーが入っている袋をアイにグッと近づけた。
アイがポキーをじっと見つめながら無表情のまま固まる、恐らく食べようかどうしようか迷っているのだろう。数秒後、躊躇いながらゆっくり手をポキーに伸ばし一本手に取る。
「では、頂きます」
そう言ってアイは手に持ったポキーを一口齧った。
「……美味しい」
ボソッとそう呟いたアイの表情が少しだけ和らいでいるように見えた。
その呟きを聞いた俺は全身が石のように固まったが、直ぐに破壊してコオラを一気に全て飲み干し、大きく息を吸ってゆっくりと長く吐いた。そして、アイの瞳を真っすぐ見詰め真剣な面持ちで口を開く。
「アイがどんな存在なのか理解できたよ」
「そうですか、良かっ――」
アイは柔らかい口調で話し始めていたが、俺の言葉を聞いて思わず言葉が途切れる。
「アイは可愛いの化身だったんだな」
「なに言っているんですか、バカなんですか、アホなんですか、ふざけているんですか、人間如きが調子に乗ら――」
「分かった、分かったから。一旦落ち着こう、な」
「私は冷静です」
いや何処がだよ。さっきまで淡々と話していたのにいきなり矢継ぎ早に俺を罵っていたじゃないか。
「最初に言いましたが、私は人工知能を司る神であって可愛いを司る神ではありません」
元の調子に戻ったアイ。顔が少し赤く見えるのは怒っていたからだろう。
神様があの程度で顔を赤くするわけがない、だからそうに決まっている。
「それぐらい解ってるよ。あ~頭使い過ぎた~」
俺は座りながら大きく伸びをする。「ぅ~」と唸る声が漏れた。
「貴方からの質問はこれで終わりですか?」
頷きながら口を開く。
「うん、取り敢えず聞きたいことはもう無いかな」
「では、私からも質問してよろしいでしょうか?」
「お、何々。何でも答えるよ」
「貴方の名前は何ですか?」
「……あ、忘れてた」
アイの言葉を聞いて、開いた口が塞がらなくなった。
龍烈「今回の話はどうだったかな? 面白いと思ってくれたなら、ブックマークや評価をしてくれると嬉しいぞ(☆)。あと、感想や誤字報告は遠慮しないで、じゃんじゃんしてくれよな(☆)」
龍烈「次回、《05. 女神様の正体(4)》お楽しみに!」
アイ「お楽しみに」