03. 女神様の正体(2)
「ここが俺が住んでるマンションです」
「いや近」
狸原神社から歩いて二分ぐらいで着いたからだろう、アイ様はそう呟いた。
俺が住んでいるマンションは三階建てで、一つの階にはそれぞれ四部屋ずつある。
マンションのエントランスを出ると目の前に階段があるのでそれを上る。
二階の一番奥の部屋、204号室が俺の住んでいる部屋だ。
「ただいまー」
家の鍵を開けた俺は家の中には誰もいないがそう口にした。その姿を見たアイ様が質問を投げかけてくる。
「誰かと一緒に住んでいるのですか?」
「いえ、一人暮らしですよ」
「では、何故ただいまと言ったのですか?」
「何となくですよ、何となく」
家の玄関はそこまで広くないので二人も入れない。俺は急いで靴を脱ぎ、アイ様を家に上げる。
「お邪魔します」
そう言ってアイ様は家に上がった。
そして、履いていたヒールを脱ぐ――と思いきやヒールが音もなく一瞬のうちに消滅し、黒い靴下が露になる。着ていた黒色のカッパもヒールが消滅するのと同時に消滅した。
黒色のカッパは家に向かって歩き始めたその瞬間に、警察官の服装の上から前触れもなく一瞬のうちに着ていたのだ。
あの時は驚いて体がビクッとなりながら奇声を発してしまった。そして今もヒールと黒色のカッパが消滅したのを見て、体がビクッとなった。まだ人知を超えた力には慣れそうにない。
俺がヒールと黒色のカッパが消滅したことに驚いているのを余所に、アイ様はドアの鍵を普通に手でかけた。そこは人知を超えた力を使わないらしい。
「取り敢えず、リビングに置いてある座布団にでも座ってくつろいでてください。俺は風呂に入ってきます」
******
俺は体を洗いながらアイの立ち姿が気になった理由を考えていた。
真冬の深夜なのにスーツしか着ていなかったからなのか。それとも土砂降りの雨が降っていたのに傘を差していなかったから。
いや違う。そんなことではなかった。
声を掛けなくちゃいけない、無視しちゃいけない理由があったような気がするんだが……。
「思い出せん」
ポツリと呟いた俺の言葉が風呂場全体に響き渡る。
体を洗い終わり湯船に浸かったことで肩の力が抜け、少しは冷静になれた気がする。なので、今までの出来事を整理していた。
人工知能を司る神アイ、彼女はそう口にしていた。彼女が神であるのは明確だ。何せアイは無から有を生み出したのだから。そんなこと人間にはできない。
……いや、待てよ。能力者や異世界転生者、幽霊や悪魔であればいけるのでは?
この世界は超能力が存在する漫画やアニメのような世界であることが分かった。ならば、能力者や異世界転生者、幽霊や悪魔がいてもおかしくはないのではないだろうか。そう考えると本当にアイは神なのか?
取り敢えずアイは神と名乗っている能力者であると仮定しよう。何故わざわざ神を名乗る必要がある。それに持っている能力が全く予想できない。生成系の能力者であれば、髪が乾いた理由とその後一切濡れなかった理由が説明できない。二つの能力を持っている可能性もあるが、やはり神を名乗った理由が分からない。もしかしたら、自分の事を神だと思わされている、洗脳されている可能性もある。そうなればあの発言も納得でき……ないな。自分の事を人工知能を司る神だと思わせる意味が分からない。普通にお前は神だと思わせばいいだけで、お前は人工知能を司っている神なのだと思わせる必要はないはずだ。
そんなことよりも土砂降りの雨に打たれていたことの方が重要だ。神だと洗脳されていたとしても、どんな能力を持っていたとしても、土砂降りの雨の中境内の真ん中に突っ立つ意味は何だ? どう考えても普通じゃない。人間としてあり得ない行動だ。いや、あり得ないとは言い切れないか。雨に打たれるのが大好きな人間がいても可笑しくは…………忘れていた。そもそもアイは呼吸をしていない。だから、能力者でも異世界転生者でもない。そうなると、幽霊や悪魔の可能性が――。
「――って、何考えてんだ俺」
気が付いたら妄想が爆発する、俺の悪い癖だ。いや、悪い癖なのか?オタクはみんなこうなのでは……。
というかさっきのは妄想といえるのだろうか。どちらかというと考察で――。
「アァ、もう!」
大きな声を出ながら勢いよく立ち上がり、無理やり思考を止めた。こうでもしないと永遠に考えてしまいそうだった。
「アイが神だろうが何だろうが関係ない。俺の平和な日常は終わりを告げた。この先の俺の運命は如何に。次回、女神様に質問タイム。お楽しみに」
良く分からないポーズを取りながら、そう口にした。
…………顔が赤いのは風呂に入ったからであって、決して恥ずかしくなったからではないぞ。
******
パジャマに着替えた俺はリビングに入るためのドアを開ける。
「……座ってて良かったんですよ」
アイ様は座布団に座らず隣の部屋がある壁一面の本棚を背にして無表情で立っていたのだ。
俺が不思議そうにそう口にしたら、アイ様が俺の方を向いてきた。
「お風呂から出たのですね」
俺が風呂から出ていたことに気付いていなかった様子を見るに、どうやら考え事をしていたらしい。
「あの、早速ですが質問してもよろしいでしょうか?」
俺は話しながら机に向かう。
「構いません。あと私に敬語は使わなくて良いです」
アイがそう言ってきたので、もう開き直って友達感覚で話すことにした。
「じゃあ俺にも敬語を使わなくていいよ。あ、座って座って」
アイに座るよう促しながら、俺はアイと机を挟む形で座布団に座る。
「私は誰にでも敬語を使うのでお気になさらず」
「ふむ、それじゃあ俺で敬語を使わない練習をしてみるのはどうだ?」
「……どうして、そこまでして敬語を止めさせたいのですか?」
「そりゃあ敬語って堅苦しいし、なんか距離感じるし」
それに、アイは俺よりも圧倒的に目上の存在だ。敬語を使われる道理はない。寧ろ俺が敬語を使うべきなのだ。
「…………そうですか。では使わないよう善処します。いえ、善処するね?」
敬語を使わない話し方が合っているのか分からず最後の言葉が疑問形になったみたいだ。
頑張って敬語を使わないようにしている姿が、少しだけ可愛いと思ってしまった。相変わらず無表情だけど。
「それで質問の内容は何ですか? あ、何? 簡単なことなら答える、よ」
「そうだった。えっと、今着ているそのスーツ。もしかして、何もないところから生み出した?」
そう、アイの服装が警察官の服装ではなく出会った時に着ていたスーツに戻っていたのだ。だから、聞かずにはいられなかった。
「うん、そうだね。これは私が作りました」
無から有を生み出す、それは自然の摂理に反すること。それをアイは当たり前のようにやってのけた。
やはりアイは普通の人間でないのは確かだ。だが、神様だと決まったわけじゃない。
そうだ、まだ神様だと決まったわけじゃない。
次の質問に移ろう。風呂での考察中の最後に思い出した内容。質問をしなくても分かり切っていることだが、質問をせずにはいられない内容。
「次の質問にいくね。アイは呼吸をしているの?」
「していません。神に呼吸は必要ないですから。……あ、敬語になってしまいました。あ、また」
これでアイが人間でないことが確定した。してしまった。
アイは人間ではない、ならば何者か。
頭を少しだけ上に向け目を閉じながらゆっくりと長く息を吐いた。気持ちを落ち着かせるために。
「なるほど」
そう呟いた後、俺は頭を元の位置に戻しながら左手を顎に乗せてニヤリと笑った。
「なるほどなるほど、アイは神様なのか。だから女性特有の甘いか――――」
「変態」
「グハッ!」
アイの無表情の冷たい視線が俺の心臓を刺し、思わず胸を抑える。もちろん吐血はしていない、自ら口にした。
「いきなり気持ち悪い事言わないでください」
「ごめんごめん。だって気になっちゃったんだよ」
「……貴方が考えている通りです。私は神なのでそういう香りは出ません」
渋々ながらもちゃんと説明してくれた。
まさか説明してくれるとは思っておらず、気まずい空気が流れ始める。
その空気をすぐにでも振り払おうと机に置いてあるビニール袋の中から買ってきたコオラを取り出す。
キャップを開けてそのまま一気にぐいっと飲み干し本題に入ろうとしたのだが、一口だけ飲んですぐに口から離した。
「なんか温!」
冷たくないわけではないのだが、思ったより冷たくなかった。
当たり前だ。買ってきたジュースを冷蔵庫に入れず、家に帰って直ぐに暖房をつけたこのリビングに放置したのだから。
もし暖房を付けていなければ、部屋の温度が低くコオラはより冷たかったかもしれない。いやそもそも冷蔵庫に入れなかったからだろ、ちゃんと入れろ過去の俺!
「そんなバナナ、いやバカな(泣)」
キンキンに冷えたジュースを飲むためにコンビニに行ったのに、これでは何のために行ったのやら。
「バカですね」
そんな俺を見てアイがボソッと呟いた。その言葉を俺は聞き逃さなかった。
「バカって言った方がバカなんです~」
「私は神なので、貴方よりは頭いいですよ」
「正論パンチ止めて……」
龍烈「今回の話はどうだったかな? 面白いと思ってくれたなら、ブックマークや評価をしてくれると嬉しいぞ(☆)。あと、感想や誤字報告は遠慮しないで、じゃんじゃんしてくれよな(☆)」
龍烈「次回、《04. 女神様の正体(3)》お楽しみに!」
アイ「お楽しみに」