第9話 夕日に濡れる教室にて、後編
京と赤城。両者はノロノロと立ち上がる。
身体を蝕むのは痛みと疲労感。顔を歪め、身体を引きずりながらも
気持ちは勝手に前に進んでいく。
口からは決して弱音は出ない。無論、痛いことが好きなマゾヒストだからではない。
痛いことを口にした瞬間、相手に弱音を見せたことになる。
弱音は心の根底に存在する源泉みたいなもので
それを敵に聞かれるということは、京や赤城、否。男という生き物にとって
最も敗北を感じる瞬間だ。
故に二人は口を紡ぐ。余計な言葉と共に吐き出さないように。
そして、距離を詰める。詰めて詰めて詰めまくり、額をこすり合わせる。
表情は険しく鋭い視線でにらみ合う。最もこの距離では相手の表情など
判ったものではないが、気迫というものがこの行動を引き起こさせる。
「ドゥオラァァァァ!!」
「アァァァァァァァ!!」
咆哮! そしてゴツ、という鈍い音が教室に響いた。
パッチギ。いわゆる頭突きだ。
お互い引くことなくパキケファロサウルスの如く何度も頭をぶつけ合う。
額からは血が滲み、お互いになすりつけ合う。
だがお互いやめようとはしない。
引かないことでしか、根性を見せれないからだ。
「ダラッシャァァァァ!!」
京は一際大きな声を出し、脳内麻薬を無理矢理溢れさす。
そして強烈なパッチギをブチ込んだ。
赤城は思わず仰け反り、身体のバランスを崩した。
「赤城ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
京は拳を握り直した。そして赤城の頭部めがけて何度も打ち殴る。
赤城は思わず膝から崩れそうになるも、徐々覚醒し
赤城も打ち返していった。
再び始まるノーガード均衡状態。それを打ち破ったのは赤城だった。
「ッガァ!!」
がむしゃらにブチ込んだのは膝だった。
跳躍するのに十分な距離が出来、たまたま飛び上がったそれは
京の顎を綺麗に捉えた。
「ボーイ。」
荒々しく呼吸を繰り返しながら、赤城は京を見た。
膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れている。
瞳は完全に飛んでおり、今何を喰らったのかさえ理解していないだろう。
しかしそんな状況でも、身体は再び立ち上がろうとしている。
赤城は酸素を吐き出した。そして覚悟を決める。
「巻き込んでゴメン。
でも、僕は行くよ。あの女を殺しに。」
「お、俺に、勝ってから、言い、やがれ。」
「もし勝った段階で意識が飛んでたらどうすんの?」
「後、で。ラインして、やんよ。」
「そっか。じゃあ待ってるよ。」
立ち上がろうと藻掻く京の頭を、赤城は引っ掴んで無理矢理起こす。
膝立ちの状態で手を離し、そして満面の笑みを浮かべた。
「終わりだ。百々川 京。」
赤城から放たれたのは綺麗なミドルキック。
美しい軌道を描きながら、スピードを加速させたその脚は、
まるで斬首の刀のようで、京の後頭部を確実に捉えた。
ゾンビのように何度でも立ち上がってきた二人の喧嘩を終わらせる
そんな説得力さえ纏った一撃を喰らい、京は力なくぶっ倒れた。
もう動かない。少し寂しそうな表情で京を眺めた赤城は、
フラフラとした足取りで教室を出ていく。
勝敗が着いた。
京は負けた。