第7話 泣いた赤鬼
「あーあ。来たんだ。」
そのビルはただひっそりと何かから隠れるように存在し、
京が開けた扉はまるで何年も空室であったかのように
ボロボロに錆びついていた。
まるでここに人間など居ないと物語っているようで、
京自身も茜の言葉がなければそんな固定概念を植え付けられて居ただろう。
「おう。久しぶりだな。」
ぶっきらぼうに告げた嵐は京を一瞥することなく、椅子に腰掛け、パソコンに向かっている。
その背に適当な言葉を投げかけ、京は部屋をひとまず眺めた。
ワンルームマンションで洋室。玄関には靴が一足のみ。
洋室と思わしきその部屋に存在するのは、金髪の少女と椅子に机、パソコンが4台。
最も特徴的なのは壁という壁に取り付けられたモニター。
モニターフェチなどという造語さえ想像させてしまうそれはインテリアとしては最低。
「この部屋はモニターの妖怪にでも取り憑かれてんのか?」
「妖怪なんていねぇよ。居るのは金の亡者さ。」
嵐はモニターの一つに指を指す。
ハッキリ言ってどれを指したのかなど全く分からなかったが、その一つに注目。
そこに写っているのは、街の光景。路上、公園、駅、コンビニ。
街のあらゆる場所が分割されてそこに映し出されている。
「んだこれ。なんか妙に高い角度から写ってんな。」
「ニッシッシ。そりゃーそうだ。
それ全部監視カメラのモンだからな。」
「は?」
察しの悪い京に嵐は呆れたようにため息を付く。
「警察、警備会社、あらゆる民間企業から公共機関をハッキングして
監視カメラの映像をパクって、そこから出てくる情報を売りさばいてんの。」
「そんなもん出来るもんなんだな。」
「セキュリティーのかかってるのは流石に骨が折れるけどね。
ここまでやるまでに約2年かかったけど
おかげで今じゃ街で知らないことは基本的には存在しないね。」
なんでそんなことをやり始めたのか。
この建物はどうなっているのか。
一体いくらかかったのか。儲けはいくらなのか。
上げれば疑問は尽きないが、今日はそんな話を聞きに来たわけではない。
腹を決めると、京は口を開いた。
「嵐、赤城の何をしってるんだ?」
「画面越しになら知りすぎてて困るね。
赤城の頭が真っ赤に染まった瞬間はここで眺めていたし、
アイツが街でアウトローをやっているところも、
何を追い求めているかもな。」
「なんでも知ってるじゃねーか。」
大きな高笑いが部屋に響いた。
嵐は身体を大きく仰け反らせ、わざとらしく笑うことで酸素を吐き出し切る。
やがて声が小さくなり、音がスッカリ聞こえなくなった瞬間、鋭い視線が京を射ぬいた。
「キョー、話を聞きたきゃ玄関の扉に鍵をかけな。
ここから先は地獄って奴さ。引き返すなら今のウチだからね。」
案に引き返せ、と言いたいのだろう。
しかし言葉の途中で京は怯むことなく動き出していた。
ノータイムで鍵をかけた目の前の幼馴染に、嵐は視線を緩めた。
「ウチが赤城を初めて見たのは、ココ。画面の先はとあるビル。
その時アイツは髪の毛を血で真っ赤に染めて荒れ狂っていた。
これが後に赤城が少年院に入る原因となった、半グレを半殺しにした事件な。」
「お前それリアルタイムで見てたのかよ。」
「無数に流れる日常に異分子が混ざれば気になるもんだろ。
それに、タダの不良同士の抗争じゃない。
その中に一人、麻縄で縛られた少女が座ってたのさ。」
「縛られてた少女?」
「そ。画面越しでも分かるその震え方。
つまりは人質さ。」
「クソかよ。」
「でもウチは不思議だった。
半グレって基本金にならないことはやらないからさ。
ただ画面の向こうにいる男はただのイケメンだし、
震えている人質の女ってのも別に金持ちって感じもしない。
だから気になって色んな角度からカメラを動かして見ると、
柱に隠れるようにして眺めている女が写ってたんだ。」
「女?」
「そ。まるで放火犯みたいな感じ。
その光景を興味深く見つめてんのさ。
その後その女のことしばらく追っかけてたんだけど、
ソイツ、中学生のくせに街のクラブやストリートギャングの集会に参加してたんだ。」
「なにもんなんだ、ソイツ。」
「聞いて驚くなよ、政治家の一人娘さ。」
「政治家の娘?」
「そ。赤城が出てきて少し後に、その女は街から出ていった。
赤城はその女の居場所をウチに聞いてきたのさ。」
「話を聞いてっと、その政治家の娘ってのが赤城に半グレを差し向けた
張本人って感じだな。
んで、ソイツどこに居るんだ?」
京が質問をすると、嵐は片手を差し出した。
何かを要求するように手を上下に揺らす。
何も察しないでいると、呆れながら嵐は口を開いた。
「200万。」
「あ?」
「こっから先は課金制になりまーす。」
「そんな大金持ってるわけねぇだろ。」
「ニッシッシ。そりゃそーだ。
ウチにメリットがない以上、こんな危険な代物売っぱらう理由はないぜ。」
冷やかしは帰りな、と手で追っ払う仕草をし、
再び嵐はパソコンに向かった。
その背を眺めながら、メリットという言葉を脳内に引っ掛け続けた。
自分が差し出せる200万の価値とは何なのか。
野球のバッドが100本分という価値観を深く考えていると
嵐は背を向けながら控えめに口を開いた。
「ーーキョー。なんでそんな必死なんだ?」
「あ?」
「街がどうなろうと、ぶっちゃけキョーにとっちゃどうでもいいだろ?
キョーは何を守りたいの?」
質問にすぐには答えられなかったが、
答えは一つしか無かった。
「全部だな。街のこの雰囲気もめんどくせーし、赤城とお前がぶつかんのもめんどくせー。
俺はあのバカにまだスタンガンの礼してねぇから、お前がアイツをぶっ潰すのは嫌だし、
そんでもって、アイツがお前を傷つけるもんなら、それは絶対に許せねぇ。
全てひっくるめて俺がかっ飛ばしてやるよ。」
根拠など何一つとしてないのだが。それでも何故かこの質面倒くさい問題を
三塁線を突き破るホームランのようにぶっ飛ばせる自信しかなかった。
「ーー元高校球児の癖になーに言ってんだばーか。」
呆れたように嵐は呟く。
そして振り返ることなく、続けた。少し控えめに、望むように呟いた。
「条件。飲んでくれるなら教えてやる。」