最終話 夢を捨てた少年は再び夢を拾う
「ーーなるほどね。」
学園のテラスにて、茜は呆れながらコーヒーを啜った。
反対の席には京はパーカーにジーンズとラフな格好で
顔の傷を隠すようにフードを深めに被っているが、
姿勢だけはナイアガラの滝ばりに垂直を保っている。
赤城の件から数日後、京は今回の顛末を語りに来ていた。
「あれから赤城は頻繁に瑞浪に会いに行ってるそうな。
ただ、頻繁過ぎて逆に来すぎだって困惑してるらしいよ。」
「不良がストーカーになってんじゃないの。
まぁ記憶が戻らないんだから仕方ないわね。」
瑞浪の記憶は戻らない。
しかし、二人はそれでも前へ進むことを決めた。
過去をなかったことに出来ない。そして失ったものを取り戻すことは出来ない。
ただ、それでもそれを受け入れる以外に道はないのだ。
それは京自身にも響いた。
「あれ斬新な解決方法だよな。
問題を考えることを放棄するって。」
「結局この世の中って理不尽なのよ。
どれだけ健康に気を使っていても、飲酒運転の事故に巻き揉まれることだって
あるし、節約を心がけていたって親や兄弟の借金を肩代わりすることだってある。
理不尽を受け流すことも時に重要なの。」
「茜でさえ理不尽を感じることがあんの?」
「まぁ思うように行かないってことは山ほどあるわ。
例えば大人しく真っ当に生きてほしいけど、アタシから遠ざかって
街のアングラで悪さをする妹とか。
生傷を増やしまくる幼馴染の男のこととか。」
ジロリ。茜の視線は顔の擦り傷や青タンをなじる。
非難するような視線に居た堪れなくなった京は思わず咳払いをした。
「いや何ていうか、運動神経がいいから余裕だと思ったんだけど
実際喧嘩してみると思ったよりも向こうが強くてさ。」
立ち上がりその場で軽々とロンダートからバク宙。
元気と運動神経の良さをアピールするも
茜は今日一番の不機嫌な表情となる。
「バカキョー、これ以上傷を増やすと殺すわよ。」
「怖ッ!!
本末転倒じゃん。」
などと軽口で受け流したが、恐らく茜は本気で殺しにくるだろうと京は確信した。
「さて、そろそろ行くよ。Z組の輩がこんなところを彷徨いてるの
見つかったら、何言われるか分かったもんじゃないからな。」
「バカキョー。これからどうすんのよ。」
「やることはある。俺が助けた女の行方を探してみる。
ただその前に今回の礼に嵐の買い物に付き合わなきゃなんないけど。」
京が乱闘騒ぎを起こして助けた少女は確かにウチの生徒だったが、
その後京は学園で一度も見かけたことはない。
礼の一つもないなんて礼儀のなっていない女だ。とは思っていなかったが、
今回の1件で万が一乱闘騒ぎがショックで不登校になってないか
少し不安を思うようになったのだ。
最もこの学園で特定の一人を見つけるなど、殆ど不可能に近い話ではあるが、
今の京にとって時間つぶしには丁度いい出来事だった。
「嵐と買い物?」
「そ。それと交換条件で赤城の知りたがってる女の居場所
教えてもらったんだ。」
「へぇー。」
不機嫌。不快感。茜の身体に纏う雰囲気を察知し、京は走り出した。
「待ちなさい。まだ話は終わってないわ!」
「椅子を置いてからなら立ち止まるよ!」
「アンタが逃げるからでしょ。
だからこれでアンタを仕留めるのよ。」
「どんな理由だよ!」
「待ちなさいバカキョー!」
逃げている京の頭の中で、嵐がどこからかこの映像をみて笑い転げているの
ではないかという疑念が浮かんだ。
百々川 京 高校一年。
自身が全力で取り組んでいた野球を失うも、まだ平穏な日常は訪れることはない。




