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(シリーズ)『千字短編小説の館』

マスコット・ボーイ

作者: 近江ハタケ


「おい、そこのお前」


控え室で野球帽を被ったマスコットの頭を外し汗を拭いていたら、突然声をかけられた。「え?俺すか?」と、一応返事しとく。

——誰だっけ、このおっさん。


「今日が初日だったよな。お疲れさん」


ぽんと肩に手を置かれる。なれなれしいやつだな。おい。


「ほい、これ。頑張ったご褒美。明日からも頼むよ」


思い出した。球団職員のおっさんだ。

記憶の中で、面接のとき暇そうに頬杖をついてた姿が重なる。

おっさんの手には赤い包みのお菓子。パッケージでガキが笑ってる。ビスコ、だっけ?


「……なんすか、これ?」

「見りゃ分かんだろ。ビスケットだよ」

「びす……けっと?」

「馬鹿、韻を踏んでんだよ。マスコットの中の人だろ、お前は。言わばマスコット・ボーイだ」


がはははとおっさんが笑う。

——ビスケット。マスコット。くだらねー。


「どーも」


一応受け取っとく。非正規とはいえ、ようやく手にした定職だ。簡単に手放したくない。


仕事帰りにこっそり屋外グラウンドに出る。

観客のいなくなったグラウンドはひどく間抜けな感じがして寂しい。

俺はこっそり右バッターボックスに立った。幸い照明はまだ点いていて、ピッチャーマウンドがよく見える。

つい数時間前まであそこに本物のプロ野球選手がいたんだ。いまではそれが夢か幻みたく思える。


俺は頭の中でバットの輪郭を思い描く。ミズノのやつがいいな。軽くて振りやすいやつ。

マウンドにピッチャーの姿を思い描く。ダルビッシュだ。ダルビッシュが振りかぶる。来る。外角低め一杯。ストレートだ。俺はバットを思い切り振り抜いた。

真芯をとらえた白球が、満員の観衆が待つレフトスタンドへと運ばれていく。

俺がガキの頃何度も夢見たのと同じように、その軌跡は美しい放物線を描きスタンドに吸い込まれていった。



「おい!なにやってんだ!!」


背後で誰かの怒声が上がり、俺は現実の世界に引き戻される。やべえ。下手したら初日早々クビか?


「すんません!すぐ帰ります」


顔を手で隠しながら全力でダッシュする。

やべえ。やべえ。なにがやべえのか自分でも分からんけどとにかく走る。走る。


なんとかひと気のないところまで来て息をついた。

久々に全力疾走したから立っているのも辛い。

膝が笑うってこういうことか。なるほどね。俺って全然体力ねえな。


プロ野球選手になるなんて夢、やっぱ無理だったわ。

なぜだか自然と笑いがこみ上げた。

しゃあねーな。明日もお仕事がんばってみっか。




子供の頃見ていた夢を実際に叶えられる人間は果たしてどれくらいいるのでしょうか。

叶わないなら叶わないなりに美しい夢、というのもあるのかなと思って書きました。

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