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週休三日の公爵令嬢  作者: やまのみ
5/5

第5話:Side リュカ・アヴァロット

明けましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いします





 薄紫の大きな瞳が、鍋の中身をじっと見つめる。

 触り心地の良さそうな柔らかな髪が頬にかかると、陽の光を集めてきらりと輝く。調薬している間だけは、誰にも邪魔されずに彼女を見つめることができる特別な時間だった。


 グレースと婚約を結んで8年。自由奔放な彼女に振り回されてばかりの年月だった。









 アヴァロット家はフォークより先に魔術書に触れると揶揄されるほどの、いわゆる魔術師一家というやつだった。代々一族では厳格な魔術教育を施しており、家督を継ぐ上でも強い力を求められる。

 アヴァロット家を継ぐならば誰よりも強くなければいけないと、幼い頃から魔術を叩き込まれ、自我がはっきりする頃には同年代で敵うものは誰もいないほどの実力をつけていた。

 この頃には最年少での魔術師団入団も確実と囁かれるようになり、どこかに自惚れがあったのだろう。

 他の奴らとは違うと思い込み、気づけば友達と呼べるような人間もいない。とにかく魔術や勉強に真面目に打ち込んでさえいれば全てが上手くいくと思っていた。

 その結果、元々の性格も災いして自分の意思を口にすることもなく、無口で余計なことも必要なことも話さない子供が出来上がってしまった。

 周りの大人たちからも寡黙で冷静な良い魔術師になると褒めそやされ、当時はその言葉を疑うこともしなかった。







 そんなある日、メイソニア王国第二王太子主催のお茶会……という名の大規模なお見合いパーティが開催された。

 正式にうたってはないが未来の王太子妃探しの意味合いが強く、せっかくなら社交に出る前の貴族の男子達にも機会をあげようという計いらしい。

 例に漏れずアヴァロット家にも招待状が届いたのだが、鍛錬の時間が減ると思うと乗り気だったとは言えない。


 いつになく堅苦しい服を着て連れてこられた会場には、同世代の子供達が着飾った格好でひしめき合っていた。

 俺は最低限の挨拶を済ませるとお役御免とばかりに食べ物が置いてあるテーブルへと移動する。立食形式のお茶会は気楽な様子で、色気より食い気の社交前の子供達でひしめき合っていた。


 さすが王太子主催、見た目も品揃えも一級品だと、見渡す限りのご馳走に満足すると、俺はお目当ての食べ物……チーズケーキを手に取った。

 何を隠そう当時の俺は、家族に甘いものが好きだと言い出せず社交の場でしかケーキを食べられなかったのだ。

 ……笑ってくれ。我ながら不器用すぎると呆れてしまう。


 大好きなチーズケーキを食べながらひと心地つくと、会場全体を見回す。親に連れられて挨拶をした子もいたが、彼らは知り合いを見つけると輪を広げて和気あいあいと談笑しだした。

 彼らと俺は違うのだからわざわざ混ざって話す必要はない。そう自分に言い聞かせるが、何故か胸のあたりがギュッと痛んだ気がした。謎の痛みは手で押さえても治まることはなく不思議な心地に首をかしげていると、急に周りの子供達のざわめきが大きくなった。

 王太子でも近くに来たのかと声を辿ってあたりを見回した途端、一気に人波が割れた。


 何が起きたのかと驚く間も無く、波間から悠然とした足取りで、長い髪をたなびかせた恐ろしく可愛らしい少女が歩いてくる。

 ふんわりと広がる淡い紫のドレスを身にまとった少女は、腰まで伸びたアッシュブラウンの髪を揺らし優雅な身のこなしで歩いている。躊躇いのない足取りでテーブルに来ると、大きな瞳を輝かせながら並べられたケーキを食い入るように見つめた。

 その真剣な横顔はまるで妖精のように華やかで可愛らしく、すぼめた唇さえ桜の花びらのように色付いていて思わず見入ってしまう。


この子は一体ーーー?


 疑問のままに見つめていると、ふと視線に気づいた少女がくるりと振り返る。白い肌に印象的に映える薄紫色の瞳は、意志の強さを表すように真っ直ぐこちらに視線を向けた。


「チーズケーキ!」


 ……え?

 急に大声を出したので驚いて周りを見回すが、どうやらこの少女は俺に話しかけているらしい。


「なぜチーズケーキにバルサミコ酢をかけていらっしゃるの? おいしいのかしら?」


 …………っああ! 俺の皿のことを聞いてるのか。手元を見てようやく理解する。なんとなく美味しい気がしてかけてみたそれに突っ込まれ、内心慌てながらもどうにか相槌を打つ。


「うん……」

「まあ! そうなのね。わたしも食べてみるわ!」


 そう言うと少女は意気揚々とチーズケーキにバルサミコ酢をかけて大きめの一口を頬張る。最初は笑顔で食べていたが咀嚼するごとに彼女の顔色が曇っていくのがわかった。


「…………わたしにはあまり合わないみたい」


 飲み込んで一言、眉を寄せながらポツリとこぼした。

 ……やってしまった、家族から散々お前は味音痴だ馬鹿舌だと言われていたのに俺のオススメなど食べさせてしまった。


「ごめん……」

「どうしてあやまるの? 好みは人それぞれちがうものだとお祖母様がいっていたわ。あなたの好みの味を教えてくださったのでしょう?」


 そういって残りのケーキを頬張る少女は優しい笑顔を浮かべた。


 俺は猛烈に恥ずかしくなった。

 普通の令嬢であれば何てものを食べさせるのかと責められる場面のはずが、この少女は俺の味覚も否定せず優しく笑ってみせた。

 それに対して相槌しか打てず他に何を言っていいかも分からない、そんな自分がとても情けなく感じたのだ。

 今考えれば、味音痴だと家族から言われると、君はどのケーキが好きなのかと、そう話していけばいいだけのことだ。でも当時の俺にはそんな気の利いた言葉は出てこなくて、年下の女の子相手に相槌を打つのが精一杯だった。

 俯いたまま固まってしまった俺を不思議そうに見つめながら彼女は笑顔で手を差し出した。


「わたしグレース・ハルフレット」


 貴族らしくない飾り気のない挨拶に毒気を抜かれた俺は、気がついたら彼女に応えるように手を出していた。


「俺はリュカ・アヴァロット……です」

「よろしくねリュカ!」


 グレースは繋いだ手をブンブンと振りまわして屈託のない笑顔を向けた。


 彼女ともっと話したい、仲良くなりたい。

 この短いやり取りの中で、自分にはないものを全て持っている陽だまりのような笑顔に心を全部奪われてしまった。

 これが好きという感情だと気付くのに数日かかることになるのだが、この日からグレースのことしか考えられなくなり、慣れない体は知恵熱を出して家族をひどく心配させることになる。


 初恋なんだ、どうか許してほしい。

 恋どころか生まれて初めての感情ばかりで、頭も心も、何もかも追いつかなかったんだ。



 初対面のお茶会から数日後、グレースは予言の魔女として初めて一人で店に立ち、俺は記念すべき一人目の客となった。


 俺の悩みなど言うまでもない。




***




 予言の魔女だと打ち明けられたのは婚約してからしばらく経ったときだ。ハルフレット家のご両親とも家族ぐるみで仲を深めていくなかで、グレースが教えてくれた。

 これは、魔術を生業にしていた俺には青天の霹靂だった。


 そもそも今メイソニア王国には……いや大陸全土にも魔女は存在しないとされている。

 ここ数百年大陸では魔法ではなく魔術が使われている。魔術とは魔法陣の力を借りて魔力の道筋を作り扱いやすくしたもので、魔力の少ない人間でも使えるように人為的に整えられた技術だ。

 一方で魔法は自身の魔力を純粋媒介して発動させるもので、より純度の高い魔力と本人の資質が求められるらしい。

 魔女とは魔法の執行者の総称だ。

 魔力を一般的にも使いやすくするために魔術が考えられたが、発展して行く過程で純粋な魔法を使える人間が減っていき、ついには魔術のみが残った。

 ……というのが、メイソニア王国の誰もが知るところの歴史だろう。


 一説には、魔法に必要な精霊たちが文明の発展と共に力が弱くなり魔法が使えなくなっただとか、そもそも魔法は空想上のもので存在しないだとか、様々な説が囁かれていた。



 グレースの魔法は、存在も力も全てが規格外だった。雑貨屋でしか魔法は使わないと決めているらしいが、見せてくれる力はどれもこれも異次元で、理に反さない限りどんな望みも叶える力があるのだと思う。


 そんな彼女の力を目の当たりにして、どこかふっと肩の力が抜けたのを覚えている。

 アヴァロット家を継ぐならば誰よりも強くなければいけない。

 呪いのようにまとわりついていたその教えも、グレースの前ではなんの意味も持たない。俺が魔術の腕をどれほど磨こうと、グレースからすれば指先で跳ね除けられる程度の力しか持たない。そんなの、笑わずにはいられないだろう。俺の人生を全否定するようなものだ。

 でもその滅茶苦茶な力が俺には酷く心地良かったんだ。


 一方グレースは自身の類まれな力の希少性には全く頓着がなく、雑貨屋に来る客たちの悩みの解決のために予言の力も、必要であれば魔法も惜しげも無く振る舞う。

 常に優しく、気高く、それでいて王国中の民に寄り添い、多様性を受け入れる姿に、惚れ直さない方が難しいというものだ。







 日々穏やかに過ごすなかでお互いに絆を深めてきたが、ある日を境に一変することになる。


 グレースに自白剤を盛られたのだ。


 まさか婚約者に薬を盛られるなんて誰が想像する?! しかも伝説の魔女特製の自白剤を。

 口下手が過ぎた自覚はあるし、いつかこの気持ちを伝えなければと思っていた。明日、明後日、来月……と伸ばすうちに3年も経ってしまったのは完全に俺の落ち度だ。それでも強制的に言わされるのでは心の準備が出来ないじゃないか。

 気が付けば普段グレースに思っていることが全て口から漏れていた。


「リュカ、私リュカが大好きよ。リュカも私のこと好き?」

「うん。大好きだよ」

「!! じゃあ、どこが好き……?」

「可愛いし優しいし一緒にいて飽きないくらいおもしろいところ。でも一番は大変なお役目を背負っても、前向きに頑張っているところ。すごく尊敬してる」

「あ……ありがとう……」


 思い返しても、あれほど恥ずかしい思いをしたのは生まれて初めてだった。でも、それ以上にあんなに嬉しそうな顔をしたグレースを見たのも生まれて初めてだった。

 照れて顔を真っ赤にさせながら浮かべる笑顔は本当に幸せそうで、俺の言葉一つでこんなにも感情を出してくれるのかと純粋に驚き、心がポカポカと暖かくなった。

 惚れた弱みというものだろう、あの顔見たさに毎度差し出された薬を飲んでしまうのだから、俺も相当やられている。


「これも品種改良した自白剤なんだけど、今度は桃味……」

「だから、自白剤なんて飲むわけないだろ?! あー、でもなんだか喉が乾いたな。甘いジュースみたいな、桃味のものが飲みたい気分だ。し、仕方ないからこれを飲むか。しょうがなく飲むんだぞ?」

「飲んでくれるの? やったー! はいどうぞ」

「うん……」


 その後も何かと理由をつけて薬を飲ませてくるが、惚れた弱みというやつで。自ら飲んでしまっているのはどうかこのまま触れないままでくれ。

 不器用な俺と突飛な彼女の、二人だけのコミュニケーションなんだ。




***




「それで? 俺の右手と左手をくっつけて一体何がしたかったんだ?」

「そうじゃなくて……もう、いいからさっさと飲んで!」


 出来立ての新薬を目の前で紅茶に仕込んだグレースは、白い頬を膨らませ焦れたように無理やり紅茶を流し込んできた。驚きながらもどうにか口に入った分を飲み込むが気管に入って思い切りむせる。


「ぐっ、ゴホッゴホ……何をするんだ!」

「左手出して」


 彼女は俺の左腕を無理矢理持ち上げると優しく手を握りしめ、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「これでしばらく離れられないからね」






 ……………………参った。


 何なんだこの可愛い存在は。こんなの好きになってしまうばかりだ。二の句が継げないでいる俺をよそに満足そうに紅茶を飲むグレースを恨めしげに見つめる。

 確認しなくてもわかっているさ。俺の顔は傍目から見てもわかるほど真っ赤に染まっているのだろう。優しく握りしめられた手を繋ぎとめたくて、同じ力で握り返した。


「こんな回り諄い事をしなくても手ぐらい……」

「手ぐらい繋げるって? 嘘ね、絶対私の手を見つめたまま固まって動かなくなるわよ」


 核心を突かれてしまいぐうの音も出せない。


「これも悪くなかったでしょう? また今度来るときは新しい薬を用意しておくから、楽しみにしていてね」

「楽しいのは君だけじゃないか……」

「嘘つき。リュカは素直じゃないんだから」


 予言の魔女には嘘も通じない。

 ああ、嘘だよ。

 初恋のように高なる胸が痛い。


 抗議のように握り締められた手を、それ以上の力で握り返す。言葉よりもはるかに雄弁なこの顔は、みっともないくらいに赤くなっているだろう。

 グレースはやっぱり照れたような笑顔で見つめていて、その顔を見るだけで俺は王国中の誰よりも幸せだと実感してしまうんだ。





読んでいただきありがとうございます

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