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パパがくれる報酬

作者: 甘宮るい



「何か、結果を出せば好きなものを1つ買い与えよう。結果を出した報酬だ」

 父は私が六歳の頃、そう言った。そろばんを習い始めた次の日だった。父に目標を与えられた気がした。何ででも、結果を出そうと誓った。

 父は偉大な人だった、とても尊敬されていた。父の話をいろんな人から聞いた。賢明な父は、私の憧れだった。父は、1人の人間としてとても優れていた。

 物心ついた頃から、父に認めてもらいたかった私は努力を重ねた。結果を出せば、父は私を認めてくれると、その言葉を聴いて私は思った。そろばんを始めて2年経つ頃には一級に合格した。

 模試や検定も、率先して受けるようになった。小学校高学年になるころには、全国模試で上位10%に入ることができるようになった。中学生になるころには、欲しいものがなくなった。ゲームは買ってもらっても使わない、パッケージを眺めていても開けずに部屋の隅に追いやられていた。服にはあまり興味がなくなってしまった。その頃には、普段着を披露するような時間はなく、友達と遊ぶ機会なんて年に一度もなかった。気がついたら、私には友達と言える人がいなくなった。

 中学1年生の間に、英語検定準2級と漢字検定3級に合格した。その頃には“何か欲しいものができたら言います”と、そんな形にしていた。2年生に上がると、結果を申告しても“そうか”としか言わなかった父が家庭教師を付けてくれた。東大卒、という看板を掲げた二人の教師はとてもプレッシャーになると共に私を、始めてご褒美をもらったあの瞬間と同じような喜びで包んだ。それから私は、その頃には何故入ったかもわからない吹奏楽部をやめた。身だしなみにも気を使わなくなった。そんな時間すら惜しかった。

 中学2年生の後半に差し掛かった頃、父が体調を崩した。それでもタバコもお酒も、父はやめなかった。危機感を感じた。焦りを覚えた。身を震わせるような恐怖を、私は味わった。

 興味のなかった分野に手を出し始めた。ワープロ検定や簿記の勉強も始めた。その頃にはついに漢字検定準一級に合格した。英語検定は2級に合格してから、見えない壁にぶち当たった気がしていた。リスニングが苦手なのかもしれないと気づいてからは、毎日の勉強に加えてリスニングの問題を解く時間を作った。

 焦る気持ちは増えるのに、時間は減る一方だった。いや、正確に言えば減ってはいない。それなのに、減っている気がした。足りない。その頃には家庭教師の先生が、毎日来るようになっていた。

 中学3年生に上がって、進路希望を提出する時期にさしかかった頃、父が入院した。癌だった。余命半年という重い宣告を父は易々と受け入れたようだった。父は、自分の人生に満足していると語っていた。

 それから、受験校も決まらないまま父は多くの財産を残して最期の日を迎えた。医師が出て行った白い箱の中で私は、人から聴いていたものとは違う父の弱い姿を始めてみた。先が真っ暗になった。父は、私がこれから生きていくのにも苦労しない程の財産を残した。そこから、ご褒美を自分で買いなさいと言った。途端、涙があふれた。その時、やっと気がついた。

 ミッションであり仕事であったけれど、励ましでもアドバイスでも導きでもあったこと。

 ご褒美は報酬であったけれど、紛れもない愛情であったこと。

 父の手を久しぶりに握って、私は思い出した。そろばんの5級に合格した日、父が幼い私の頭を撫でてくれたこと。それから私は、ただ父に頭を撫でてほしかったこと。ただ、褒めて認めて、父とたくさん話がしたかったこと。

「ほしいものが、あります」

「ん、買うと、いい」

「撫でてください、褒めてください」

 父の手を、自分の頭に乗せた。父の指に力が一瞬はいる。

 そして、長く続く耳鳴りのような機会音がした。

「それが、私が一番欲しかった報酬です」

 一瞬、力が入ったはずの父の手は、やんわりとしたまま私の頭の上に乗っていた。

サイトにUPしていたものをこっちにもと持ってきました。

オリジナルサイトのものです(https://tukikage0123.wixsite.com/amamiyarui)

約2年前に書いたものなのですが、自分の父を思い浮かべながら書いたので

たまに自分でも読みたくなります。


パパが死ぬまでにもう一度、撫でられたいです。

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