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Candle in the Dark 【lightness】  作者: WAKA
Dark Seeker
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First of many

 私たちは身支度をし、馬車でオーゼル街へと向かった。夕刻に降った雨のため道はすっかりぬかるんでいる。窓をすり抜けてくる冷たい空気は湿った枯れ葉の香りがした。

 町に入る寸前で馬車を止めるよう御者へ声をかけ、私たちが戻るまでは待つようにと伝えた。


「行きましょう」


「ええ」


 リズの柔らかな声に振り返ってぎょっとした。一瞬だけ見えた横顔に鋭さがあったのを私は見逃さなかった。それは見間違えかと思うほど別人のようだった。初めて私の血を吸った時に見せた、無機質で冷たい鋭さがあった。


 リズは行き先がわかるのか、一人で歩きだしてしまう。

 私は横に並んで歩を進めたが、もう一度リズの顔を覗くことはしなかった。

 オーゼルは暗くひっそりとしていて、ガス燈だけが煌々と輝いている。石畳にできた水たまりが、ガス燈の光を反射させている。家々の窓はカーテンが閉まっていて、その奥は空虚な暗闇があることを想像させた。


 住民はオーゼルの怪物を恐れている。夜は家に引きこもり、鍵をかけて息を殺しているのが賢明であると知っているのだ。道を歩いてもすれ違う人などいるはずもない。


 あまりにも静かだ。


 今、この町には私とリズしかいないのではないかという錯覚に陥る。私たちはオーゼルへ来たのではなく、どこか別の世界へ迷い込んでしまったのではないか。夜道で誰ともすれ違わないのは、そもそも人がいないからだ。当然、建物の中にも誰もいない。どの家の扉を開けてまわったところで、からっぽの部屋が広がっているだけ。誰かを見つけようともがくほど、夜に呑み込まれていく。私たちは二人きりで、出口のない夜の町をいつまでも彷徨い続けなくてはならない。


――バカバカしい。集中しなさい


 自らを叱咤し、嫌な想像を振り払う。

 私とリズは口をつぐみ、互いの足音に聞き入るようにして進んだ。


 今夜ですべての片が付く。リズは本物の魔法使いだ。あんな影の化け物など、その気になれば――。


 心でそう思いつつも、何か不吉なものが胸をよぎる。万全を期してここへ来たはずなのに、思いもよらぬ落とし穴に足を取られそうな気がするのだ。路地裏の闇の奥で、何か不吉なものに見られているような。


 それで嫌な想像をしてしまったのだろうか。


 うまく言えない。


 今夜は何かがおかしい。そう感じる。


 隣を歩いていたリズがピタリと立ち止まり、片手で私を制した。

 先へ進むな。無言の動作がそう言っていた。

 リズの目は鋭い光を放っていた。常のような温厚で穏やかな雰囲気を残しつつ、目には凛とした青い光があった。


「久しいな、姫よ」


 老婆が一人、しゃがれた声でゆっくりと近づいてきた。

 この見通しの良い大通りをいつの間に現れたのか、その距離は七メートルほどに迫っていた。


 ケープコートをまとった白髪の老婆。皺の奥で光る瞳のみ、在りし日の美しさを感じさせた。

その老婆が放った言葉は私ではなく、リズに向けたものだ。


「私のことがわからないか。記憶を失うとは。哀れよな、それほどの力を持ち、姫と持ち上げられながらあのような決断をするなど」


 老婆はカカ、と笑った。刻まれた皺を見るに、老齢のはずであるが、見せた口元の歯は白く、また欠けてもいなかった。背筋も伸びていて、とても年寄りとは思えない。


「マダム・ウェブ」


 リズの口から、言葉が漏れた。それは記憶の淵を辿り、自信はないがどうにか絞り出したといった具合の言葉。しかし、その言葉に老婆の瞳が大きく見開かれた。


「ほう、全てを失ったわけではない様子・・・・・・なら、わかるな。我が主のため”デペイズマンの扉”を開かねばならない。それには鍵となるあなたが必要なのだ」


 老婆の伸ばした手を否定するように、リズは戦闘態勢を解かない。やがて老婆の目は私へ向いた。


「娘よ。姫君はもう、お前の言うことしか聞かない。ならばお前も共に来い」


 瞬間、ぞくりとしたものがうなじを走った。

 老婆の瞳に心臓を鷲掴みにされたように、動くことができなくなった。

 リズが私をかばうように前に立ち、息を吐く。それは四足獣が威嚇の際に発するような吐息であった。


「困った姫君よな・・・・・・さて」


 明らかな敵意が周囲を満たす。

 そう感じ取った瞬間、老婆が五指を滑らせると、突如として三つの魔方陣が現れた。円の数、魔道へと通じる文字や式、それらが折り重なって成る魔方陣。その形を判別する前に、揺らめいて霧のように消えてしまう。


 直後、老婆の五指から蜘蛛の糸が放たれた。


 リズが二本の指を滑らせ、凄まじい速度で魔方陣を組みあげる。魔方陣が大気に溶けていくと同時、勢いよく迫る蜘蛛糸はリズの眼前で見えない壁に激突して爆ぜた。


 私たちの前にはガラスのように透明な壁が出来上がっていた。


 呆気にとられる間もなく私はリズに抱えあげられる。


「えっ、ちょっと」


 次の瞬間、私は四階に匹敵するほどの高さにいた。

 彼女が私を抱えて飛んだのだ。瞬時にこのような高さまで飛ぶ経験に乏しい私が悲鳴を上げずに済んだのは、全てが一瞬とも言える間に起きたからだろう。


 着地の衝撃を恐れて思わず目を閉じたが、骨のきしむような痛みは訪れず、さながら羽のように舞い降りることができた。


「っく」


 ほんの一瞬の苦悶の声。それは私に悟られまいと顔を背けたリズからのもの。

 

 常人を凌ぐ跳躍をする前、リズの腕から肉の断たれる音が聞こえたのを思い出す。


「リズ、あんた」


 見れば右腕の付け根に裂傷があった。


 私の頬には数滴の血が跳ねていた。それは、確かに彼女が血の通った者であると疑う余地のないほどに温かかった。


 先ほどまで私たちが立っていた場所には老婆がいる。あの立ち位置――いつの間にか、背後へと回られたようだ。


 その手にはナイフが握られていた。


「この魔法はお見せしていないはずだが・・・・・・もう見破られたか。壁で正解、炎や水でも難なく突き抜ける糸である」


 老婆は蜘蛛糸を止めた透明な壁を忌々し気に眺め、鋭いナイフの一突きを見舞った。リズの作り出した壁は氷のように砕け散って消えた。


 一瞬の間に起った魔法使い同士の攻防。その驚愕よりも、頬にとんだ血の方が気にかかる。


 リズを傷つけられた、その事実にかあっと肩に力が入った。


「なによあんた! いきなりなにすんの!」


 こぶしを握り締め声の限りに叫んでみたのだが、老婆はリズの方しか見ていない。初めから私の声など聞こえていなかったような素振りだ。


 これを侮辱と取らず、なんとする。距離は15メートル内、私でも十分に対応できる。


「光と轟音、汝、刃と化して駆け――」


 雷の詠唱はすんでのところで止められた。老婆に向けた両手はリズに掴まれ、引き下ろされてしまった。


「いけませんコゼットちゃん」


 リズはそれだけで、あとは何も言わなかった。


「姫君と一緒であるから、どのような小娘かと思えば。”早読み”も使えないとは話にならない」


 代わりに、口を閉じていた老婆が嘲笑を込めた声で言う。


「文字通りの小娘よ。やはり、姫君さえ戻ればお前はいらぬわ。姫君を従わせる術などいくらでもある」


 老婆の魔方陣が見破れなかったこと、全て一瞬の出来事で思考が追い付いていないこと、何もかもを見破られているのがわかる。そうでなければ声に嘲笑を含ませていないだろう。

 そして老婆は言った。”お前はいらない“と。かつて母が私に言ったように。

 胸中の葛藤。その怒りの矛先は、全て老婆へと向けられた。


「コゼットちゃん」


 リズが踏み出そうとした私の手を取って、後方へ下がらせた。


「目的を見失わないでください・・・・・・今日、ここへ来たのはダークシーカーを倒すため。魔法使いと戦うためではありません」


 リズの二の腕から流れた血で手首が朱に染まる。


「血が」


「この程度・・・・・・問題ありません」


 傷口に向けられたやるせない視線を遮る、温かな口調と微笑み。リズが指を滑らせると魔方陣が浮き上がり、それはすぐ水面に落ちた一滴のワインのように揺らめいて消えた。治癒がなされ、もう血は流れてこなかった。


「離れていてください・・・・・・彼女は危険です」


「知り合い、なのよね?」


「はい。失った私の記憶と繋がりがあるためか・・・・・・正体までは曖昧ですが・・・・・・会ってしまったのなら倒さなければならない人だと・・・・・・思います」


 その時、町の奥から悲鳴が上がった。


 町全体に覆いかぶさっていた暗闇と沈黙。そこに突き刺さる針のような悲鳴。


「今の悲鳴――女の人の声だった」


 数年間、この町で幾度となく響いた女性の悲鳴。


「リズ、感じる?」


「ダークシーカー・・・・・・いけない、このままでは」


 青い瞳は目の前の敵ではなく、悲鳴の上がった方へ向けられている。


 倒すべき敵と、失われかけている命。その優先順位を示しているかのような視線だった。


「リズ」


「はい」


「――教えて、嘘は嫌よ。全力のあんたなら、あいつを倒せる?」


「・・・・・・はい、倒せます」


「私はここにいても足手まといでしょ、悔しいけど。さっき私を止めたのも、離れるように言ったのもそういうことでしょ・・・・・・なら、二手に分かれましょう。私は影を止めなくちゃ」


「コゼットちゃんっ!?」


 走りだそうとしたが、リズは未だに腕を掴んで離さない。


「離しなさいリズっ、離して!」


「いけない、一人でダークシーカーに立ち向かわないで」


「これまでもずっと一人でやってきた! 行かなきゃ。また繰り返されるの。もう、あれに誰も殺されてほしくないの!」


 エドワードに教え込まれた技のうちに、手首を掴まれた際の脱出法がある。瞬時に身をひるがえし、掴まれている相手の親指を斬るようにして全身をひねる。血で滑ったこともあり、難なく抜け出すことができた。


 一瞬で抜け出した私に驚いたのか、リズはキョトンとした表情で動きが止まっている。


「血をあげたんだから、その分は働いて。さっさと倒して、私を追ってきなさい」


 それだけ言って、振り返らずに走った。


 あの老婆の魔法とスピードは、確かに凄かった。


 けどそれだけだ。


 リズより凄いとは思えなかったのだ。


 たった数日だけど、彼女の魔法は見てきた。


 リズは繊細なガラス細工を作成するように優しく、且つ丁寧に、素早く魔方陣を描く。対して老婆のものは荒々しく歪んで見えた。ああ、リズの方が上手なんだ、と。そう思えた。

この直感を信じるしかない。


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