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Candle in the Dark 【lightness】  作者: WAKA
Dark Seeker
20/32

Unconventional magic

 ノエルの家に行ってから一夜が明けた。

 

 リズが地下室から戻って来た時には、もう腕の雷は消えていた。


 その後、どう念じても生み出すことができない。


『手に雷、ですか・・・・・・無音無動作で魔法を? 詠唱もなく、魔方陣も形成しないで生まれる魔法はありません。例外はありますが、コゼットちゃんは当てはまらないかと』


 腕に出現した魔法の話をしたが、リズが言うにはありえないことのようだ。


『さあ、とにかく馬車へ・・・・・・風邪をひいてしまいます』


 枝葉から零れ落ちる雨粒が髪を濡らし、スカートの裾は地面に砕けた水滴のせいで泥が飛び散っている。そんな私の背を押すリズは全く雨に濡れていない。薄い空気の膜に包まれるように、雨は彼女に当たる寸前で向きを変えてしまう。濡れた地面を行けばブーツに水が染みるはずなのに、彼女が一歩踏み出すとすぐさま大地は乾き、過ぎればまた濡れた状態に戻る。私の体もいつの間にか乾いていて、馬車へ戻った時には雨の痕跡は消えていた。この妙な現象は、リズの眼前に浮かぶ魔方陣のおかげらしかった。


 そして今日は、昨日に閃いた雷の魔法を訓練している。


「光と轟音、汝、刃と化して駆け抜けん」


 詠唱し終えると、両手から青き閃光が放たれる。轟音と共に無数の稲妻が出現。流れ落ちる流水が重なり合って巨大な滝を形成するが如く、稲妻は幾重にも重なりあい一本の強大な雷となった。が、15メートルほど進んだところで炸裂してしまった。跡形もなく散る様は、カーニバルの花火のそれと酷似していたと言えよう。


 自らが生み出した魔法の豪快な退場に、思わず後ずさる。

 未だ、雷鳴がトラウマをえぐり出してくる。決意と心が比例せず、どうしても恐怖で足が震える。スカートの中で震えるこの足をリズは見抜いているだろうか。


「やはり」


 リズの呟きに、コホンと息をついて「ええ、やっぱりね」と同意する。

 私の魔法は半径15メートル以上先に進まない。前回の風にしてもこの雷にしても同様、途中で炸裂して消えてしまう。


 原因は理解できている。


 一言でいうと、私は制御が下手なのだ。力を込めすぎて、途中で消失してしまう。

 悔しさに歯噛みする。

 これでは、シャボン玉を膨らませるのに思い切り息を吐いてしまう子供と同じだ。


「15メートルくらいが限界。不器用な自分が恨めしいわ」


「いえ、私が『やはり』と申しましたのは・・・・・・そのことでは、ありません」


「え?」


「コゼットちゃんの力です。昨日の風の魔法はまだ理解できます・・・・・・一帯に風が吹いておりましたから・・・・・・ですが今の雷。雨雲のないところで、これほどの雷を生み出せるのは上位の魔法使いしかいません・・・・・・はっきり申し上げますと、素晴らしいのです」


 話しながらずいっ、と身を乗り出すリズの眼差しは熱く燃え上がっていた。

 軍隊式の極意を身に着ける度、どこか恐れを含む冷たい目を向けるエドワードとは違う。


「魔法の生成には術者の経験によるところが大きい。身近にある火や水などは比較的容易に生み出せます。ですが、雷となると話は変わります・・・・・・空の上の現象は、なかなかに経験として捉え難いものですので。雷の魔法を使う者のほとんどが、雨雲のある環境の下で、ようやくマナに雷を伝え、使用できるのです・・・・・・コゼットちゃんはすごいのですよ、もっと自信を持ってください」


 効果を上げるために必要な条件を満たす。

 ノエルに見せてもらった本にもそう書いてあったことを思い出す。多数の魔法使い達が雨雲の下でしか生み出せないものを、私は思い通りに生み出せる。


 雷の魔法を容易に使える者はそう多くない。私だけの魔法、という言葉が浮かび、体に熱が駆け巡る。雷に打たれた経験も、そう悪いことではなかったようだ。


「先ほど、コゼットちゃんは魔法の制御のことを気にされていたようでしたが、制御は一朝一夕には身に付きません。焦らずに練習を重ねることで、解決できます・・・・・・余談ではありますが、もっと悩ましい問題を抱える魔法使いもいるのですから」


「――というと?」


「魔法使いは二種類に分かれます。マナを操作して魔法を生み出せる人と、そうでない人。魔法自体は使えるのに、マナから魔法を生み出せない人もいるのです」


「うーん、例えば火は操れるけど、生み出すことはできないような感じ?」


「はい」


 リズの唇からもれた囁きを、僅かに聞き取れた時だった。

 ふわりとそよいだ風を、リズは掌を上に向けることで捕らえた。流れ過ぎていくはずの風が、リズの手の中で螺旋を描いて留まっている。


「生み出せない人たちは、このようにその場の環境で魔法を使わなければならず、どうしても魔法の手数が制限されてしまう」


「そっか。色々なのね、魔法使いも」


「そうですよ」


 手中に捕らえていた風を大空へ放つ。風は川に放り込まれた雨粒のように大気と同化し、青い空の奥へと還っていく。

 それを見つめていたら、そっと背中に手が触れた。


「コゼットちゃんは雷を技として使うことを決めたんですよね。良いと思います」


 私の魔法のことを、リズは自分のことのように喜んでくれた。こんなふうに私を理解してくれる人と時を過ごすのはいつぶりだろうか。心の底から驚嘆して(しとやかなリズなりに)くれたことも嬉しい。胸を張って得意な気分にも浸りたい。だが、まるで子犬をあやすように頭を撫でられるのは・・・・・・まあ、我慢しておこう。


「これから練習して、もっと上手くなってやるわ。さあ、そろそろ昨日の夜のことを話しましょう」


 頭を振って、リズのたなごころから離れる。


「地下はどうだった? 何かわかったの、ダークなんとかっていうやつ」


「ダークシーカー。その痕跡がありました。ダークシーカーはかつて私が戦っていたものです」


「戦っていたって。あんた記憶が」


「うっすらとではありますが、覚えているのです」


 遠き日を振り返るように、空を見上げるリズ。その形の良い鼻梁に、陽の光が当たっている。


「ダークシーカーとは、コゼットちゃんの言う”影”のことを指します・・・・・・普通の人にはその姿を見ることができません。迷宮入りしてしまう事件や、事象の説明がつかない自然現象・・・・・・その原因は大抵の場合ダークシーカーの仕業。彼らは夜な夜な人の住む村や町に現れ、ある特定の目的を果たすのです・・・・・・目的は個体により異なりますが、共通しているのは全て人に害なすということ。人が存在する限り、ダークシーカーが出現するのは、珍しいことではありません。本来、ダークシーカーは獣が山から山へ根城を移すように、一時だけ人々が集う場所には自然と現れます。すぐに次の場所へ移るのですが、特定の地に住み着く場合もある」


「オーゼルにいるのは後者の方ね」


 リズが頷く。


「ダークシーカーの出自は未だ多くが謎に包まれています。この星の始まりから存在していたのか、人の歴史と共に生み出されたかは判明していません・・・・・・かつてその生態を調査した者達によれば、積もり積もった人間の怨恨がダークシーカーへと象られたという報告も」


「・・・・・・ねえリズ。ダークシーカーを調査していた人達はどうしてそれがわかったの――何をしたの?」


「・・・・・・創り出す術を見出してしまった。必要な詠唱さえすれば、ダークシーカーを生み出すことは可能なのです。もはや・・・・・・隠すことはできませんが、コゼットちゃん」


「なに?」


「あの時、ノエルさんが歌ったもの。あれこそがダークシーカーを生み出す詠唱そのものなのです」


「詠唱って。あれは、オーゼル街に伝わるただの民謡よ。ノエルが考えたものじゃない」


「ただの歌ではありません。魔法の言葉が隠されています」


 大っぴらに残せば存在を消されるため、特定の者にのみ読み解ける暗号として残す。

 かつて、宮廷の書庫へ忍びこんだ時に教えてもらったこと。まさかあのような民謡が、魔法使い達の遺した詠唱であったとは。


 詠唱や魔方陣を用い、マナに働きかけることによって魔法は生まれる。それが歌であっても何ら不思議はない。


「一定のリズムと抑揚をつけることで、発動する仕組みです。ノエルさんはそれを使って」


「・・・・・・私を助けるためにノエルは。それで影が生まれたの」


「コゼットちゃん」


 リズは努めて優しく諭すような口調になった。


「私にやらせてください。魔法使いはダークシーカーを観測し、接触することができる。私はそれらを討つべく選ばれた狩人でした」


「私でも倒せる?」


「倒せます・・・・・・ですが・・・・・・あれは」


「なによ」


「あれを討つのは、コゼットちゃんが今よりも魔法を使いこなせるようになってから。そして、荒ぶる心に整理がついてからです。その間にも、ダークシーカーは人を襲い続ける」


 リズがしなやかな手を伸ばしてきた。胸中が渦巻いている状態の私は、意図が分からないままにその手を握る。


「私はそのために、あなたに起こされたのでしょう・・・・・・お望みとあらば、今夜にでも討ち取ってご覧に入れます」


 言われた通り、猶予はない。これまでの出現傾向を見ても、あの影はひと月もしない内に現れる。そうなれば次の犠牲が出るだけ。自分のエゴで誰かの身が危険にさらされることなどあってはならない。


「コゼットちゃんはお城で待っていてください。今夜中に倒します」


「いや、ついていく」


 リズは一瞬だけ困惑の表情を浮かべたが、すぐ諭すような愁いを帯びた瞳を向けてきた。


「コゼットちゃん」


「いやよ! あいつとの付き合いはリズより長いの。消えるのを絶対に見届けるんだから!」

きっぱりと主張する。


 いざとなれば、リズの足首にしがみついてでもついて行くつもりだ。


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